4-3 ギ○ュー特戦隊
「やっ、やめなさいよクズビッチ!」
超展開とは、多分こういうことを指すんだと思う。長瀬くんの告白から始まった、都丸軍団によるリンチ、そしてクラスの男女を二分にしかねない地獄のような状況の中、飴を咥えた真本さんが、都丸さんの巨乳を好き放題弄んでいる。
しかしクズビッチって、あんまりないいようだ。真本さんがどんな扱いを受けているのか、想像するのは難くない。もっとも、彼女自身は悪口には慣れているのかノーダメージだ。
「やっぱり。悪態をつかれるたびに、もしかしてとは思っていましたが……都丸さんって、虚乳ですね。巨大の巨じゃなくて、虚構の虚です」
「そ、それだけはあ!」
「これ、胸パッドですね」
淡々と言い放つと、またも沈黙が訪れた。都丸さんに同調して長瀬くんを攻撃していた取り巻きも、ざわざわしていたクラスメイトも、真本さんの言葉に耳を疑ったのだ。
「ぶっ! わ、悪い……笑うつもりはなかったんだけどよ……ほんとごめん……海智、尻叩いてくれ……っ!」
聖だけ、こらえきれずに笑ってしまう。「ちょうど五人いますし、偽乳特戦隊ですね」と真本さんが更なる追加爆撃をすると、「ぶふっ!」と他の生徒も吹き出した。都丸さんの取り巻きもむせている。真本さん、あの漫画読んでいたんだ。僕も笑いそうになるが、なんとか堪えた。
「杏奈、胸パッドってほんとなの?」
「必死すぎるだろ、ウケる」
「そういえば急に胸が大きくなった気がしていたのよ」
長瀬くんのことを忘れたみたいに、みんなヒソヒソと都丸さんを嘲る。秘密を暴露されて笑いものになった都丸さんは、「ふざけるなぁ!」と顔を真っ赤にして真本さんに殴りかかる。しかし彼女はさらっとそれをかわす。まるでフィギュアスケーターのように、優雅な動きだ。背後に白鳥が見えた、そんな気がした。
「そうそう。私、実は途中から見ていたんです。そこの彼には悪いですが……全部、録画しています」
「は、はぁ!?」
驚きのあまり口をパクパクとさせる都丸さんに、真本さんは横向きにしたスマホを見せる。そこには長瀬くんを囲い込む偽乳特戦隊がくっきりと映っていた。
「大勢の証人の前でやっていたので、別に録画する必要もなかったのですが……まあ、証拠なんていくらあってもいいものですからね。これを高砂先生に見せたならば……どうなるでしょうか」
「ぐ、ぐぐ……」
悔しそうに歯を食いしばり、真本さんを睨みつける。彼女たちも高砂部屋に連行されるのは遠慮したいのだろう。それに、真本さんがその気になれば全世界中に拡散されてしまう。そうなるとどんな結末を迎えるか。怒りで頭に血が上っていても、そこは理解は出来たようだ。イライラしたまま、教室を出ようとする。
でも、それじゃダメだ。傷つけられた心は、そのままなのだから。「待ちなよ」と呼び止める。
「帰る前にさ、長瀬くんに謝るべきじゃないかな?」
「悪いのは……告白したそっちじゃない。長瀬が告白さえしなければ、うちだって恥をかかずに済んだのよ……!」
自分は被害者だと言わんばかりに、恨みたらしく答える。反撃を食らったことが、よっぽど堪えたらしい。一触即発の空気の中、「あのさー」と聖が手を挙げる。
「長瀬に聞きたいんだけどさ。杏奈の友達に告白したの、いつの話?」
「えっ? それは……ゴールデンウィーク前の、ことで……」
つまり、四月から五月にかけての話を今蒸し返しているということになる。でも休み始めたのは昨日だと言っていた。その間、お友達は普通に登校していたということだ。
「ねえ、本当に長瀬くんのせいで休んでいるの?」
「あ、当たり前でしょ!? だって、紀里子がそう言っていたのよ! そうよ! 長瀬と学校ですれ違うたび……」
「タンマタンマ! 杏奈、スマホ見てみ?」
やや苦しそうに友達をかばい、長瀬くんのせいだと主張する都丸さんに、聖はスマホを見ろと指示をする。いぶかしげにスマホを見た彼女は、数秒固まって「これ、本当なの?」と頭を抱えて尋ねる。首を縦に振った聖は、「嘘を言ってどうするんだよ」と答えた。
「……そう。長瀬」
神妙な顔つきをした都丸さんは、ビクッと怯えた長瀬くんに「ごめんなさい」と悔しそうに言って、教室を早足で出て行った。取り巻き四人は、なにがなんだかわからない様子で後ろを追いかけていく。謝罪の言葉は、なかった。
「ねえ、聖。一体どんな魔法を使ったの?」
スマホを見た途端、都丸さんは嫌々ではあるものの、自分の非を認めて長瀬くんに謝罪した。屋久杉ばりにプライドの高い彼女が、口だけでも謝るなんて。催眠アプリ的なものを利用したとしか思えない。「二人とも、これは絶対オフレコな」と言って、送信したメッセージを見せてくれた。
『俺、一昨日有森に告白されたけど、断ったんだよ。それがショックだったんじゃないの?』
有森というのは、休んでいる友達の名字だろう。長瀬くんに告白された有森さんは、つい先日聖に振られたんだ。聖には萌波という彼女がいるが、それを知っているのはごく一部だけで、有森さんは無謀にも挑んでしまい撃沈した。そこまでが事実であり、その先は聖の推測にすぎない。でも休み始めたタイミングを考えるならば、あながち間違ってはいなさそうだ。
「有森さんは私のクラスの子です。読モをやっているとかどうとか……だから自分の容姿に自信があったんでしょうね。でも、横尾くんには伝わらなかった。それがショックで学校を休んだら、都丸さんがどうして休んだの? と聞いたのでしょうね」
「うん。多分、そうじゃないかな」
僕も真本さんと同意見だった。都丸さんに休んだ理由を聞かれた彼女は、聖に告白して振られたなんて恥ずかしくて言えなかった。そこで、あまり女子に人気のない長瀬くんに告白されたことを理由にして、都丸さんに泣きついたんだ。でも都丸さんが仲間を引き連れて長瀬くんのもとにカチコミをしかけることは、想像できなかったのかな。それとも、都丸さんならそうすると理解した上だったのか。まあ、そこは僕たちには関係のない話だ。
「杏奈も杏奈で、彼氏と別れたばっかみたいでさ。いろいろ不安定なんだろうけど、無関係の人間巻き込むのは違うわな」
都丸さんにも事情があったかもしれない。だからといって、長瀬くんに行った仕打ちは到底許せるものじゃない。ここから先は、修羅場の飛び火がこっちに来ないことを祈るしかない。心の中で二拝二拍一礼をしていると、おずおずと長瀬くんがやってきた。
「あ、あの……小宮。俺」
「長瀬くん。大丈夫だった? 怪我はない?」
心配になって尋ねると、何度も首を横に振る。
「俺、小宮とそんなに仲良くなかったのに……助けてくれて、ありがとう」
消え入りそうな声で言うと、深々と頭を下げる。
「そこまでされるものではないよ」
「でも、本当誰も助けてくれなくて……三人がいなかったら、俺」
三人か――僕がいなくても、聖と真本さんは都丸さんを止めていただろう。むしろ僕が手を上げたせいで、余計にこじれてしまったんじゃないかとすら思ってしまう。
「長瀬くん、でしたよね。割り込んできた私が言うのも変な話かもしれませんが……痩せたら、悪くないと思いますよ」
「へ? それ、どういう」
真本さんの突然の発言に、長瀬くんだけでなく僕たちも驚いた。むにむにと太ったお腹を掴んで、「ダイエットすると、モテるようになりますよ」と言う。確かに長瀬くんの顔は悪くない気はする。痩せて、清潔にすると化けるんじゃないか。
「ほ、本当? 俺、変われるかな……」
「努力次第ですけどね。でも、胸パッドを見返すいいチャンスではないでしょうか」
僅かに口角を上げて、柔らかな笑みを浮かべた。
「う、うん……俺、がんばります……」
顔を真っ赤にした長瀬くんは、そのまま走って教室を出る。後ろから高砂先生の注意する声が聞こえた。
「恋に落ちる瞬間、見ちまったな」
「あはは……」
本当に、真本さんはずるい人だ。チクリと痛む胸に気づかないふりをして、僕たち三人も教室を出るのだった。