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4-2 脇役少年VSヒステリック少女

 都丸杏奈とまるあんな。夜空に似た紺色の髪をサラッと伸ばし、シャープな目つきとネクタイを挟むほどの巨乳を持つ美少女だ。見た目だけでいうと男子からの人気が高く、去年の学園祭で行われたミスコンの投票では一年生部門で一位になっていた。ミスターコンの方はというと、当然聖だ。

 しかし外見のアドバンテージがマイナスになるくらい、とにかく気が強く口が悪いのだ。サバサバ毒舌キャラを自称しているが、口を開いて出てくる言葉はむしろ暴言としかいえず、正直なところ苦手なタイプの人だった。男子たちは密かに、ヒステリック杏奈や、ヒステリーの女王とひどい呼び方をしていた。教室までやってきた彼女たちは、明らかに怒っているように見える。


「長瀬、あんた紀里子きりこに告白したんだって? バカじゃないの? いい迷惑なのよ! 興味のない相手に告白されて、紀里子はむしろ気味悪く思っているんだから!」

「え、ええっ?」


 都丸軍団と呼ばれる取り巻き女子を引き連れて、長瀬くんの席を取り囲んだ。いきなりのカチコミにしどろもどろになってしまう。顔が真っ青になる彼を無視して、仲間たちも口々に責め立てる


「わかる? 紀里子、あんたが怖くて昨日から学校も休んでいるのよ!」

「マジで迷惑なんだけど」

「そ、そんなこと言われても……」


 長瀬くんは同じ中学校だったから知っているが、あまり自分の意見を出す方でもないし、おどおどして頼りない印象の男子だ。そんな彼が、勇気を出して告白をしたのに。その答えが精神的な集団リンチだなんてあんまりじゃないか。逃げ場のない場所に閉じ込められた彼の姿が、ふと妹と重なって見えた。


「だいたいあんたみたいなデブが見向きされるわけないでしょ? 身の程知りなさいってのよ!」

「う、うぅ……」

「おい、お前ら。いい加減」


 見かねた聖が立ち上がろうとした、そのほんの少し前。僕は机を、勢いよく叩いていた。考えるより先に、動いていたんだ。教室は静寂に包まれて、都丸さんも鋭い目をパチクリさせており、なにが起きたか理解できていないみたいだ。


「おい、海智かいち?」

「もう、やめませんか。長瀬くんがかわいそうだよ」

「はぁ? 小宮あんた、こいつの肩持つわけ?」


 思えば去年同じクラスだったのに、彼女と会話をするのは初めてな気がする。一瞬僕の名前すら覚えてないんじゃないかと心配したが、杞憂だったらしい。しかし僕のことを睨みつけてくる都丸さんの瞳には、敵意がありありと感じられた。怒っている、めちゃくちゃ怒っている。慣れないことをしたせいで、寒気が体を震わせる。

 こういうとき、平穏に過ごすためには声を荒げちゃいけない。沈黙を貫いてやり過ごすのが正解だろう。実際、僕が動かなかったら聖が物事を解決していたはずだ。でも、振りかざした拳を下げることはできない。深呼吸をして、気持ちを落ち着けて口を開く。


「紀里子はね、このデブに告られて気分悪くしたのよ? 泣きながら、気持ち悪かったってね! 友達を泣かされたのよ? 黙っていられるわけないじゃない」

「じゃあ僕も同じです。長瀬くんは中学校からの付き合いなんだ。告白した勇気を踏みにじられた上に、みんなの前でリンチされて……放っておけないよ」


 泣きじゃくる長瀬くんが僕を不思議そうに見る。うん、そうだよね。長瀬くんと会話した記憶、ほとんどないもんな。どうして助けてくれたのと思っているかもしれない。


「小宮あんた、長瀬と仲良かったの? 初耳なんだけど」


 取り巻きの一人は僕たちと同じ学校出身だ。三年生のときは同じクラスだった記憶もある。「理由なんか、見ていられないってだけで十分だと思います」と返すと、わざとらしく大きな舌打ちをしてこちらに詰め寄ってきた。解放された長瀬くんは、クラスのオタク友達に慰められている。


「なに? 正義の味方気取りなわけ? うちらが悪いって言いたいんですかぁ? ええ?」

「客観的に見ると、みんなそう思っていたんじゃないかな」


 巻き込まれたくないから黙っていただけで、周りも内心彼女の暴力的なヒステリーにうんざりしていたはずだ。「巻き込むんじゃねえよ!」と言いたげな恨みの視線を四方八方から感じるが無視無視。


「長瀬くんは、都丸さんの友達にたった一人で向き合ったんだよ。残念な結果だったかもしれないし、友達は嫌な思いをしたかもしれない。でもさ、だからって大勢の前で一方的に攻撃するのは違うと思う。やっていること、いじめだよ。これ以上、長瀬くんの気持ちを踏みにじらないであげてよ」


 告白された経験がないからこそ、なにも考えずに言えるのだろう。もしかしたら、僕もお友達さんと同じ気持ちになる瞬間が訪れるかもしれない。だからって、長瀬くんが馬鹿にされる筋合いはないはずだ。


「紀里子は精神的苦痛味合わっているのよ! あんたらだって、長瀬に告白されたくないでしょ!? 立派ないじめじゃない!」

「む、無茶苦茶だ……」


 都丸さんの激昂にクラス中の女子は目を逸らす。太っていて冴えない容姿の長瀬くんは、お世辞にもモテるタイプではない。だから、みんな反論できないでいる。彼に同情する男子と、自分だって嫌だと口にはせずとも思っている女子。その中で長瀬くんは縮こまっている。キレている都丸さん相手には落ち着いて話をすることもままならないようだ。むしろ僕が声を上げたせいで、話がこじれてしまった。やっぱり、慣れないことはするものじゃなかったと後悔しそうになった、その時。


「チェスト」

「やひっ! な、なに!?」


 突然、都丸さんが素っ頓狂な声をあげる。なにが起きたのか、本人ですら理解できていなかったと思う。


「さ、真本さん?」

「ク、クズビッチ!?」

「クズビッチ……なんだか、ロシア人にいそうですね。リュボフ・クズビッチ……違和感ないですね」


 真本さんが、都丸さんの大きな胸を揉みしだいていた。……なんで?

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