表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/68

3-7 ラケットを持ってみよう

「んじゃま、始めようぜ。真本さなもととこはるちゃんは初心者だし、海智かいちも練習再開したと言ってもブランクあるしね。今日は軽めにやっときますか」


 ラジオ体操とストレッチを済ませて、テニスサークル『MAGMA』の活動がスタートだ。


 テニスを始めるのに必要なものは、ラケット、ボール、テニスシューズ、テニスウェアだ。テニスウェアは動きやすい服なら代用できるし、テニスボールとラケットはこっちで用意した。もともと僕の母さんとひじりのおばさんは、高校の女子テニス部の先輩後輩関係で、使っていたシューズがそれぞれ、真本さなもとさんとこはるちゃんの足のサイズにぴったりだった。

 本当はもっと自分に合ったものを買うべきだが、お試しでやってみて合わなかったとき、結構なお金をドブに捨てることになる。ラケットもテニスシューズもそれなりにお値段がするから、使わなくて物置で眠らせてしまうのはもったいないのだ。


「どうでしょうか? テニスラケットを持つのは初めてなので、似合っていないかもしれませんが」

「いや、様になっているよ。ベストマッチじゃないかな?」


 ラケットを持っただけなのに、少し照れくさそうにしている。真本さなもとさんはボーイッシュでスタイルがいいので、よく似合っていた。こはるちゃんは背が低く、若干ラケットが大きく見えるが、それはそれでかわいらしい。小さな子には大きな武器を持たせたい同好会の会長なので、こはるちゃんにはデスサイズとかハルバードを装備してもらいたい。


「よっ、とと、わっ、難しいなあ」


 マネージャーの萌波もなみはというと、特にやることがないのか人差し指にラケットを乗せようとして、何度も落としてを繰り返している。僕も漫画に影響されて練習してみたが、これがなかなか難しい。


「わわっ、真本さなもと先輩すごいですっ」

「バランス感覚とか体幹が優れているってことでいいのか、これ? 動画にすればバズるんじゃない?」


 そんな中、真本さなもとさんは涼しい顔をして上に立てた人差し指の上に、ラケットを乗せた。そのまま微動だにせず、それどころか片足を上げひざを九〇度曲げても、ラケットはほとんど揺れていない。まるで指かグリップエンドに接着剤がついているみたいだ。


「むー! 私だってそれくらいできるもん! ジャンプできるもん!」


 変な対抗意識を燃やした萌波もなみは、再びラケットを指に乗せる練習を始めた。本人が楽しそうだから放っておこう。


「まずはラケットの持ち方からだね。いくつか持ち方はあるけれど、セミウエスタングリップがいいかもね」


 教える人によって、初心者はこう握りなさい! の説明はバラバラだが、今一番浸透しているのは、ラケット面がやや下向きになるセミウエスタングリップだろう。僕らも一年生の時に最初に教えてもらった持ち方だし、本屋に並んでいる教本でもこれをオススメしているんだとか。幅広い状況に対応できるバランスのいい持ち方だ。


「こうですか?」


 ラケットを持った真本さなもとさんが僕に確認を求めている。僕の説明があまりよくなかったのか、少し持ち方が違う。


「ちょっと違うかな。こうやってね」


 ラケットを握る手を開いてあげて、正しい場所に持っていく。そしてそのまま、握らせる。


「なるほど、なんだか理解できた気がします……でもこれ、セクハラですよね?」

「ええっ!? あ、いや、その……」


 現役時代、後輩たちに教える感覚でいたので、ごくごく自然に真本さなもとさんの小さな手を触ってしまった。肩を丸めて僕から距離を置く。うまくいいわけが思いつかずあたふたしていると、「イッツア冗談」と舌を出す。毎度のごとく、からかわれてしまったらしい。


「それくらいでセクハラになるなら、世の中のテニスインストラクターさんは仕事ができませんよ」

「からかわないでよー! 真本さなもとさん、テンションが変わらないから冗談なのか本気マジなのかわかりにくいんだし……」


 僕で遊ぶために、わざと間違った握り方をした可能性まである。油断も隙もない子だ。こはるちゃんの方はどうだろう。


「持ち方はいいけど、ちょっと握力入れすぎかな? 握るってよりも、支える感じで……」

「わかりましたっ!」


 真本さなもとさんよりも小さな手で、目いっぱい握っていたので少し余裕を持たせてあげる。力を込める必要があるときもあるが、あんまり入れすぎるとボールがコントロールできず、怪我にもつながる。適度な脱力が大事なのだ。


「ごめんね、教えるためとはいえ手を触っちゃって」

「お気になさらずっ! 柔道をやっていた頃は、男の人とも試合をしましたから、これくらい慣れっこですよっ」


 こはるちゃんのこの反応は少し意外だった。でも、柔道をやっていると、ボディタッチが大らかになるのかもしれないな。それとも、僕が異性として意識されていないからか。僕じゃなくてひじりなら、顔を真っ赤にしてあたふたしていた可能性がある。ちなみにひじりコーチは、萌波もなみの監視のもと体が触れる指導は禁じられていた。


「あっ、私も恥ずかしがった方が女の子らしかったですよね? やはは、次からは恥じらうようにしますっ」

「それだと僕がやりにくくなるから、無理に恥じらわなくてもいいよ」


 みんなして僕をからかおうとして! ふぅと一息ついて気を取り直し、二人に素振りをしてもらう。これについては、いい先生がいるので彼に任せよう。


「今はどうか知らないけれど、中学の頃、ひじりは市内で一番フォームが綺麗って言われていたんだ。動画で見るよりも、実際目の前で見た方が勉強になると思うから、穴が開くまでひじりを見てね」

「ハードル上げすぎだって」


 苦笑いしながらも、ひじりはお手本のようなフォームを見せてくれた。男女で多かれ少なかれ差異はあるにせよ、彼の動きを真似れば効果は出てくるはずだ。基本に忠実で無駄のない彼のプレースタイルを、名前を取って『テニスのひじりバイブル』なんて呼ぶ人もいるとかいないとか。


「ボールはまだ打たないのー?」

「いきなりボールは触らないよ。まずはラケットの重さに慣れなきゃいけないからさ」


 これくらいで飽きてしまうなら、萌波もなみはテニス部に向いていないかもしれない。少なくとも、中学時代のテニス部では一年生はほとんど練習させてもらえず、球拾いと素振りがメインだった。漫画やアニメに憧れてテニス部に入った人も、それが苦痛で何人か退部した。

 体験入部時点でセンスを認められて、特例で練習に参加できたひじりが打ったボールを拾いにいくのは、正直惨めだった。この時点でこいつには勝てっこないって決め込んでいたんだと思う。それでもテニスを中学三年間続けたのは……どうしてだろう。地道に頑張り続ければ報われるって期待していたのかな。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ