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1-2 妹と幼馴染が付き合って僕の立場は少し微妙

本日二つ目の更新です。

 部活にも委員会にも入っていない僕は、SHRショートホームルームが終わるとすぐに帰路につく。家に帰るまでのルートの途中で、ドーナツショップに立ち寄った。中学の頃は、テニス部の練習後にひじりとよく訪れていたが、今もテニスを続けているあいつとは時間が合わないので、お店に入ったのも久しぶりだった。

 レジに立つ八の字まゆのおばさんが僕の顔を見てパァと表情を明るくするが、隣に聖がいないことに気が付くと、露骨にガッカリしてため息をつく。主演男優横尾聖よこおひじりは、自分の二倍三倍以上年上の相手すら魅了するのだ。

 適当にドーナツを選んで、おばさんに会計をしてもらう。一応接客スマイルは浮かべているものの、その瞳からは、「次は聖くんを連れてきなさい!」と強烈なプレッシャーを送っている。彼女ができたことを知ると、どんな顔をするのやら。


「ただいまー」

「おかえり、お兄ちゃん」


 小宮家は二階建ての一軒家だが、住んでいるのは僕と二つ下の妹、萌波もなみとネザーランドドワーフのロンロンだけ。父さんは通訳の仕事をしており、母さんと一緒にアメリカで暮らしている。帰ってくるのは年に一、二回ほどなので、僕たち兄妹と一匹は大きな家を持て余していた。


「はい、これ。お土産のドーナツ。あとでみんなで食べよ」

「わー、気がきくねぇお兄ちゃん! 愛してるぅ」


 女の子は甘いものが大好きだ。萌波も例外ではなく、ドーナツを眺めながらうさぎの耳にも似たツインテールをぴょんぴょん揺らしている。中学三年生にしては幼い顔つきをしており、身内贔屓を抜きにしてもかわいらしい子なのだが、性格は超が付くほどのわがまま。先に産声をあげて名前が付いた僕は、いつも妹様の思いつきとわがままに振り回されてきたのだ。


「おっ、ちゃんとチョコファッションも入って……こら、ロンロンは食べちゃダメだからね?」


 リビングのテーブルに置いた、ドーナツを詰めた箱を覗いていると、ロンロンがテーブルに乗っかった。うさぎの中でも、ネザーランドドワーフはぬいぐるみのような見た目と、馴れると飼い主に甘える姿が人気だという。ただ野生が残っているのか、ちっちゃな体のどこに隠しているんだというくらいにパワフルで元気いっぱいだ。


「時間が早く過ぎる時計があればいいのになあ……早くひーくん、来ないかな」


 鼻をひくひくさせるロンロンをひざの上に座らせ、右足左足を交互にプラプラとさせている。スマホを持っているのに、何度も掛け時計を見ては「まだかなまだかなぁ」とため息をつく。これで五回目だ。


「好きな人を待つ時間も楽しいんじゃなかったっけ?」

「ちっちっち、女心はケースバイケースってもんですぜ。お兄ちゃんはもう少し、乙女を理解する努力をしなきゃ」


 かけてもいない眼鏡をクイッとするふりをして、得意げに答える。僕の妹である萌波は、小さな頃から聖に懐いていた。他の女の子のような恋心とは少し違って、近くに住んでいるもう一人のお兄ちゃんって感じだったと思う。あいつもことあるごとに、萌波を妹にしたいなんて言っていたしね。ただ、ある事件をきっかけに、聖と萌波は擬似兄妹から、男女の関係へと変わってしまった。


 萌波は、通っていた中学校でいじめに遭っていた。クラスでいじめられていた女の子を庇った結果、今度は自分がいじめのターゲットになってしまった。クラスの連中から無視され、助けた女の子も我が身かわいさにいじめっ子側についてしまう。なんとも腹立たしく、やるせない話だ。学校の大人たちは、それを見て見ぬ振りをして彼女はずっと一人で苦しんでいた。


 恥ずかしいことに僕は、妹が学校で苦しんでいることに気付いていなかった。身体に傷をつける、物を壊すといった形に残るいじめではなくて、周囲にはバレないような陰湿なやり方で追い詰めていた。


『気付かれないよう頑張っていたから。お兄ちゃんは悪くないよ』


 とフォローを入れてくれたが、兄として情けない話だ。萌波のいじめ問題を解決してくれたのは、他ならぬ聖なのだから。


 本来、小宮家の問題は小宮家で解決するべきだ。両親が海外にいて動けないのならば、兄である僕が萌波を救うべきだった。でも僕は、苦しんでいる妹のすぐそばにいるのにSOSにまったく気が付かなかった。

 いじめに苦しむ主演女優の萌波と、彼女の心の叫びにいち早く気付いた主演男優、聖。そんな二人のそばにいただけの、愚鈍な助演男優が小宮海智。血縁と、幼馴染の関係性なだけで、新聞のラテ欄で三番目くらいに名前が来てしまうのだ。それならば名前のないモブキャラの方がまだマシだ。


 怒る聖に教えられて、僕はようやく彼女の苦しみに気付いた。しかしその時にはもう遅く、全てを諦めた空っぽな笑顔を浮かべる萌波に、僕は謝り続けることしかできなかった。


 いじめっ子や大人たちは、それ相応の制裁を受けた。しかし、萌波の心に負った傷は深く簡単には治らない。お気に入りだった制服を着る機会は、高校受験の時くらいだろう。世界一かわいい自宅警備員を自称して、学校に通うことを辞めてしまった。不登校だ、逃げだとネガティブに捉える人もいるかもしれない。でも、僕たちは前向きに考えていた。完全無欠のハッピーエンドとは言い難いが、最後に主演二人が結ばれてこの物語は幕を閉じたのだ。


 そのため、彼女が萌波だと知られるわけにいかない。苦しんできた萌波がようやく掴んだ幸せなのだから、誰にも邪魔してほしくなかった。


「よっす、聖さんが来たぞー」

「ひーくん! おかえりー!」


 部活を終えた聖が、ジャージ姿のままやってきた。僕が帰ったときよりも、明らかに萌波のテンションは高い。少し不健康に痩せた小さな体を走らせて、タックルするかのように抱きついた。


「おっと熱烈歓迎! 部活が終わってすぐ来たから、汗臭いし離れたほうがいいよ?」

「ひーくんの汗はバラよりもいい匂いだから平気だよー。今日も練習、お疲れ様!」


 照れくさそうに笑う聖を無視して、胸に顔をうずめて甘え倒す。兄としては、少々複雑な光景だが、幸せならそれでいっか。


「ねえねえ、ひーくん。ご飯にする? お風呂にする? それともわ、たひぃ、ほっぺた引っ張らないでぇ」

「はい、その先はダメだぞー? それは、高校に入ってからね。我慢我慢」

「いや、高校でも早いからね? 目の前でセンシティブな話はやめてよ?」


 幼馴染と妹のラブラブタイムを見せつけられて、僕はどんな顔をするのが正解なのだろう。イチャつくのは構わないが、兄の前でそういう生々しい話はしないでほしい。


「むー! それまで、他の子とエッチなことしちゃダメだからね? 手も繋いじゃダメ、同じ空気を吸うのもダメ!」

「困らせないで。ほら、晩ご飯食べようよ」


 両親がいないので、家事は兄妹で分担している。ご飯を作ったのも、お風呂を沸かしたのも僕の仕事だ。ちなみに萌波は、掃除と洗濯を担当している。


「いただきます! うん、やっぱ海智かいちの作るご飯は美味いなぁ。俺の母さんにも見習ってもらいてえよ」


 横尾ママは悲しいことに料理が大の苦手だ。メシマズの四文字があれほど似合う人もいない。両親が日本で仕事をしていた頃は、横尾家全員がうちにご飯を食べに来ていたくらいだ。小宮家が子供だけになって以降は、さすがに息子の幼馴染からご飯をたかるのは悪いと思ったのか、おじさんとおばさんが家に来ることはなくなった。しかし聖は、今でもうちで晩御飯を食べている。親としても申し訳なさがあるようで、食費として月一万円を受け取るのだ。


「ひーくんは料理しないの? 少し練習したらできそうだけど」

「無理だって。だいたい俺、刃物がダメなんだし」


 なんでもできる天才肌の彼だって弱点はある。過去のある事件が原因で、刃物を見ると冷や汗が止まらなくなる刃物恐怖症になってしまった。包丁を持つことすらできないのだ。もっとも、それくらいの弱点があったところで、完璧超人の株は落ちやしない。


「才能を丸めた飴があるならさ、俺は真っ先に料理の才能の飴を舐めたいよ」


 もしそんな魔法の飴があるのならば、僕はどの才能を望むのだろうか。少し考えようとしたところで、不意に口の中で甘いラムネ味が広がる。空虚に笑う金髪眼鏡少女が頭をよぎった。

幼馴染と妹は前作主人公なのです。

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