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3-4 サークル活動

 カコーン、カコーンと小気味よいラリーの音がリズミカルに繰り返される。僕とひじりは、ラケットの代わりにゲームのコントローラーを持って、テニス勝負をしていた。まともに勝負をすれば僕が勝てる見込みはゼロだが、ゲームだと勝率は五分五分だ。


「それぇ! しまった!」


 ラインギリギリを狙った鋭いショットが放たれる。急いでボールを打ち返そうとするが、ラケットの端に当たったせいでふんわりと大きなロブが上がってしまう。


「セイント! スマッシュ!」


 聖の操作するキャラクターが、バスケでダンクを決めるように高く跳び、角度のあるスマッシュを放った。流石にこれは返せない。


「ゲームセット。マッチウォンバイ俺!」


 リアルで惜しい結果だったからか、ゲームで勝った聖は大袈裟なガッツポーズを決める。


「ひーくんー、次の試合はさっきみたいなスマッシュ決めよーね!」


 わがまま姫が聖の後ろから手を伸ばして抱きつき、猫撫で声でおねだりをする。次の試合はいつになるのだろう。夏の新人戦の予選かな。

 我が校のテニス部の県大会の結果はというと、団体の部はくじ運が悪くいきなり強豪校に当たってしまい初戦敗退。個人の部は聖が予選を突破し本戦に進むものの、後一歩及ばず準々決勝で敗退した。ここを勝てたならば、インターハイにも出られたのに。惜しい話だ。


「さすがにあんなに高くは飛べないなぁ……狙ってみるけど」


 高いジャンプ力を活かしたスマッシュは見た目も派手だし、決まれば歓声が上がる。実際プロの中では、漫画ほど極端じゃなくとも見事なダンクスマッシュを決める選手もいた。動画サイトで見ただけでも「おおっ」ってなるのだから、生で見たら雷のような拍手をしてしまいそうだ。


「で、さっき話していたことだけどさ。真本さなもととこはるちゃんとテニスサークルを作るんだって? そりゃ、面白そうだ。部の練習がないときは俺も混ぜてくれよ」

「お兄ちゃんがテ、テテ! テニサー!? 女の子を食べ散らかすことに定評のあるあのテニサー!? ラケットよりビール瓶持っている時間の方が長いあのテニサー!? 人の道を外れたらダメだよお兄ちゃん!」

「全国のテニサーに喧嘩を売ったけど、勝算があるの?」


 外道扱いとはド偏見にもほどがあった。中には萌波が想像するような、擁護不可能な不健全サークルもあるかもしれないが、真面目にテニスを頑張っているサークルが大多数だろう。一部の悪行のせいでテニスサークルそのものが悪く言われるのは少し気の毒な話だ。


「サークルってほどでもないよ。休みの日に、高架下のテニスコートで遊ぼうって話していたんだ」


 別にテニスじゃなくてもよかった。卓球でも、ビリヤードでも、カードゲームでもなんでも構わなかったが、とりあえずこの三人でなにかを始めたかった。自虐の美学を持ってしまった真本さんにとって気分転換になるかもしれないし、イップスで柔道から去ったこはるちゃんも、小さな体にエネルギーを溜め込んだまま燻っていた。

 テニスをしないかと誘った時、二人とも最初はビックリしていたが、お試しでということで来週の土曜日に集まることになったのだ。


「それに、期末テストも近づいてくるしね。気分転換ならいいかなって」


 たった一度の高校生活において、青春とはアクションゲームの強制スクロールステージのようなものだ。時間は決して戻らず、取り逃がしてしまったものは二度と手に入らないし、一度ステージからあぶれてしまった者は、そう簡単に復帰できない。

 だが学生の本分は勉学にある。テストで赤点をとってしまうと追試が待っており、キラキラの青春を謳歌するどころじゃなくなるのだ。

 僕はというと、数学と歴史科目以外は平均点より少し上くらいの点数を取っていた。日本史と世界史は、僕が昔から偉人の伝記を読むのが好きだったこともあり、他の科目より真剣に授業に取り組んでいる。なので先の中間テストでは、平均より遥かに高い点数を取ることができた。対して数学は苦手分野で、赤点とまではいかなくとも悲惨な点数になっている。この前の中間テストも、あんまりいい点数ではなかった。

 そのため現状だと、五教科の試験のある国公立大学は絶望的で、私立文系を目指すほかない。

 ちなみに、親が通訳なんだから英語がペラペラだと思われがちだが、それは偏見だ。街中で喋りかけられた場合、アイドントスピークイングリッシュと情けない日本語英語で逃げるくらいで、聖の方が流暢な発音で会話してくれる。


「なんにせよ、海智かいちがまたラケット持ってくれて俺は嬉しいな。俺のこと誘うだけ誘っといて、自分は高校に入ったらやめたんだもん。感覚取り戻したら、また勝負しようよ」

「いつになるかなぁ」


 高校受験が終わったあとに、聖と公園のコートで勝負して以来、テニスどころかラケットにすら触っていなかった。下手すれば、未経験ながらも運動神経のある真本さんとこはるちゃんよりも、残念なことになるかもしれない。言い出しっぺかつ経験者がそんな体たらくだと、さすがに恥ずかしい。


「そうだよ。お兄ちゃんはまず痩せるところから始めないと。成人習慣病になってもしらないよー?」


 ぷにぷにとおなかの肉を掴みながら萌波が笑う。「ほんとだ、お前太ったな」と聖も悪ノリして掴んできた。右から左からそんなに引っ張られたら、だるんだるんになっちゃうよ。


「まずはラケットの素振りからだな。最近ジョギングしているんだろ? その後にで毎日素振りやってみ? それだけでもだいぶ変わるから」


 久しく使っていなかったラケットは埃かぶっていて、握った感触も懐かしさじゃなくて、初めて触ったような気分になってしまう。一年間の空白でこんなに忘れてしまうものなのか。これは取り戻すまで、骨が折れそうだ。

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