3-3 真本さんとこはるちゃん
「と、いうわけで。彼女は一年生の石坂こはるさん。今日は彼女も交えて、お昼ご飯にしようか」
古今東西ゲームの決着がついた翌日のお昼休み、木陰にレジャーシートを地べたに敷いて、「どうぞ」と二人を座らせる。お昼だけど、アルクトゥールス、スピカ、デネボラの春の大三角形の完成だ。誰がどの星の担当かは決めていない。でも、少なくとも僕は乙女座のスピカではないのは確かだ。唐突に星座が頭に浮かんできたのは、こはるちゃんが綺麗な正座をしているからだろう。
梅雨の合間のいい天気で、正しい意味での五月晴れだ。土の水捌けがいいのか、シートの下の土もぬかるんでいない。ピクニック気分を楽しむとしよう。
「ちゃんと、二人の分もあるからね。気合入れて作ってきたので、残さず食べてね」
二人分作るなら、三人分作るのも大して作業量は変わらない。なにより、初対面同士の相席でもあるので、冷めても美味しいお弁当じゃないと盛り上がらないよね。今年で一番、気合を入れて作ったかも。
「あ、えっとっ。石坂こはる、ですっ! 今日はお日柄もよく……えーと、その……よろしくお願いしましゅ!」
柔道は礼に始まり礼に終わるという。畳代わりのレジャーシートに、緊張を隠せない面持ちのまま一礼をした。厳かな礼儀作法を見せる一方で、噛み噛みのアップアップなギャップが愛らしい。
「あの、小宮くん。状況が読めないのですが……彼女、この前の子ですよね?」
「うん。あの時の子。いろいろあって仲良くなったんだ」
対する真本さんは、サプライズゲストに困惑を隠せずにいる。あらかじめ言ってしまうと逃げ出してしまうんじゃないかと考えて、お昼まで黙っていた。
「ほら。真本さんも、自己紹介しなきゃ」
「……真本空音です」
九音で終わらせちゃったよこの人。別に面接とかお見合いじゃないし、趣味とか特技を言う必要もないとはいえ、名前だけだと物足りない。
「さかもとくおんさん?」
僕と同じ間違いをした。やっぱり全国の真本姓さんにケンカを売るわけじゃあないけども、坂本に聞こえちゃうんだよな。真本さんも声が小さいから、なおさらと聞き間違いが起きてしまうというか。
「惜しい。『か』じゃないんだ、『な』なの」
「さなもとくおんさんですねっ。あれ? 聞いたことがある気がします」
「でしょうね。私には悪い噂しか流れていないですし。小宮くんはもう手遅れですが、石坂さんはやめたほうがいいですよ。あなたまで、嫌な思いをします」
恨めしそうに僕を見る。真本さんと交流するようになって、僕は彼女と聖以外の生徒と関わることがまるっきり減った。彼女を取り巻く良くない噂に巻き込まれたからだ。でも、僕はそれに慣れてしまった。もともと交友が広いタイプでもなかったし、聖や萌波、彼女がいれば特に不都合もなかったからだ。
でも、こはるちゃんはそうじゃない。真本さんに友達を増やそうとか、二人ならどんな化学反応が起きるのだろうとか考えていた僕は、こはるちゃんが孤立する危険性を完全に失念していた。
「ジー……」
自分の浅慮を恨んでいると、こはるちゃんは真本さんの頬を両手で掴んで、じっくりと値踏みするように見つめる。真っ黒な瞳に、気弱そうなつり目が向き合う。「悪い人じゃありません」と、こはるちゃんは微笑んで手を離した。頬に残る感触を確認するように手で撫でた。
「UFOは嘘ですが、おばけはいるんですっ」
「あの、なにを言いたいのかさっぱり」
「私、自分の目で見たものしか信じないようにしているんです。だから、先輩後輩ですが、仲良くしてくれると嬉しいですっ」
「え、ええ?」
アタフタしていたこはるちゃんと、いつもどおり淡々していた真本さんの立場が入れ替わってしまう。グイグイ来られて、真本さんは少し後退りをする。
「……私と仲良くしても、いいことなんて一つもないですよ?」
「損得で人付き合いはしませんっ。私が先輩と仲良くなりたい、それでダメでしょうか?」
上目遣いで甘えるように言うものだから、真本さんも拒絶しきれない。助けてほしそうに、チラチラと僕に視線をよこした。
「こはるちゃんなら大丈夫だよ。こんな人懐っこい子だから、うまくやれるんじゃないかな」
「はいっ! 彼氏はまだですが、友達作りには自信があるんですっ。だから、よろしくお願いしますっ」
悲観せずとも、性格もいいしかわいいこはるちゃんにはすぐ彼氏ができるだろう。同時に、この子はまだまだ純白な乙女でいてほしいとも思ってしまう。アイドルを応援するファンの気分だ。
「こんなはずじゃなかったんですけどね……」
まっすぐなこはるちゃんに絆されて、真本さんもほんの少しだけ口角をあげる。わずかばかりの変化だが、それだけで僕はホッとするのだった。
「真本先輩のお弁当、パンダのおにぎりがあるんですねっ。私のも、なにかキャラ弁だったりして……わぁ! ワンコだ!」
真本さんにパンダおにぎりを作ってから、キャラ弁に凝るようになってきた。こはるちゃんが犬派なのは、本人が直接言わなくともわかっていた。動物の名前を言い合う古今東西ゲームで、最初から最後まで犬の種類だけでラリーをやってのけたくらいだから、これで犬が苦手ですってわけはない。
めんつゆを塗って色をつけたご飯で顔と手を作り、海苔やチーズを使って完成させたワンコ飯だ。僕の予想通り、お弁当箱を開けると出てきたワンコに、こはるちゃんは興奮を隠せていない。「先輩、これ写真撮ってもいいですか?」と、パシャパシャ撮りながら尋ねる。
「もう写真撮っているじゃない」
「やはは……かわいくてつい……」
「わかりますよ。私も、パンダおにぎりの写真を撮ってしまいましたから。うん、今日も美味しいです」
「かわいいしお弁当も美味しいなんて、すごいですっ!」
見た目も味も自信があったので、こうも喜んでもらえると気分がいい。ゆっくりとした時間が過ぎていき、お弁当箱は空になる。
「ところで。小宮くんは、何か目的があったんじゃないですか?」
食後の飴を舐めながら、真本さんが尋ねる。「そうなんですか?」とこはるちゃんも続いた。
「うん。実はね、一緒にテニス始めようって誘いたかったんだ」
ブンっとその場でラケットを振るふりをする。女性陣は顔を見合わせて、同時に頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。