1-1 脇役少年と妖怪飴女
ネット小説大賞に向けて書き溜めてました。現行小説の更新もじきに再開予定です。
この学校が誰かの撮影するカメラの中だとすると、主演男優は横尾聖だろう。天は二物を与えずなんてことわざがあるが、彼は例外中の例外。
テニス部のエースで、テレビ番組雑誌の表紙でレモンを持つアイドルばりの甘いマスクを持っており、順位が貼り出される実力テストでは学年三傑に名前が載るほどの文武両道だ。文化祭でバンドを組んではギターボーカルでオーディエンスを魅了した。それでいて、困っている人がいるなら放っておけない聖人ときたのだから、もうどうしようもない。刃物恐怖症で、ナイフすら苦手という程度の弱点じゃ彼の地位は揺るがない。シュールストレミング並みに臭い屁を三〇分に一回こいてしまうくらいの欠点がないと、バランスが取れないほどのチートキャラだ。
そんな聖は、とにかくモテる。そりゃそうだ、なんでもできるスーパーマンを好きにならない人はいない。僕が知る限りで、彼に告白した人数は一〇〇人を軽く超えている。ここにはカウントしていないが、聖の幼馴染である僕を介して、ラブレターを渡してほしい、好きだと伝えてほしいとお願いしてきた女子を加えると、二〇人くらい増えるはずだ。そして今日も、僕、小宮海智は人気の少ないプール裏に誘われる。中間テストで数学の点数がイマイチだったから、帰って復習しようと思っていたら呼び止められたのだ。
「小宮先輩。その、ですね……っ」
はい、また一人増えました。確かこの赤髪さん、中学の時に見たことがあるぞ。聖と同じ風紀委員に入っていた子だ。朝のあいさつ運動で、聖の隣でアタフタしていた姿を思い出す。小動物みたいでかわいらしい子だな、と思っていたが、彼女もあいつの惚れたクチだったのかぁ。
「えっと、実は……っ」
呼び出されたときは、少しだけ……嘘、結構期待していた。でも、助演男優にはそんな甘い話はない。もじもじしている姿は愛らしく、このまま眺めていたい気持ちもあるが、話が進まないので僕の方から切り出す。
「大丈夫。みなまで言わなくていいよ。聖のこと、だよね」
本人としては隠しているつもりだったのか、想い人の名前を出した途端に顔を真っ赤にして、頬をかいて「やはは……」と笑い俯いた。
さて、どうしたものか。こういうとき、僕は決まってこうアドバイスしていた。
『気持ちはちゃんと、本人に伝えるべきじゃないかな』
しかし、それができるならば最初から僕のところには来ないだろう。僕に告白を頼んで去っていった彼女たちの恋がどうなったか――言うまでもない。聖も聖で生真面目な性格なので、彼女たちにわざわざ直接断りにいく。直接伝えたいと言われて期待してしまった彼女たちは、ごめんなさいの一言に叩き落されてしまうのだ。
『誰が聖のハートを射止めるのか?』なんてトトカルチョも密かに行われていたのだが、二年に進級する前から事情が変わってしまった。というのも、何度告白されても一向に受け入れようとしなかった彼に、人生初の彼女ができたのだ。これを知っているのは、幼馴染の僕だけだ。本人が恥ずかしがっているのもあるが、少々デリケートな部分もあるので、下世話な週刊誌みたいに喧伝するものじゃない。
仮に「あいつには彼女がいるよ」と伝えた場合、そこから彼女探しが始まってしまう。そうなると、中世の魔女狩りのように地獄絵図が広がるのは見えていた。僕としても、焼却炉で彼女だと勘違いされた子が燃やされるのは嫌だし、聖と彼女には周りに邪魔されることなく、仲良くしてほしい。幼馴染として、兄としてそう考えるのは当然のことだ。
「……でもそういうのは、直接伝えるべきだと思うんだ」
彼女がいることを伏せて、やめた方がいいよと言ってもどうしてと聞かれるだけだ。断ることになる聖に内心謝って、彼女に自分から告白するよう勧めてみる。とはいえ、そこで「そうですね!」と言って、一歩を踏み出す子は今のところ……。
「そうですねっ! 自分で気持ちを伝えないといけませんよねっ!」
「え?」
「えっ?」
いつものように伝書鳩になると思っていたので、自分で告白すると決めた彼女の勇気に素っ頓狂な声をあげてしまう。
「目を覚ましました! この想いは私だけのものですからっ! 私の言葉で告白しますっ! 先輩、ありがとうございましたっ!」
「あ、ちょっ……」
頬をパチンと勢いよく叩いて「おっしゃあ!」と気合いを入れると、突風のように去っていった。小動物っぽい見た目に反して、意外と体育会系だなあの子。
結果はもう見えている。彼女は残念ながら、この映画の主演男優にふさわしい主演女優ではない。きっと傷つくだろう。それでもいつかは彼女にスポットライトが当たって、主演女優賞を手にする瞬間がくることを願わずにいられなかった。なんて、万年助演男優の僕に言われたくもないか。
「イケメン税といっても、限度があるよなぁ」
モテ男にはモテ男なりの悩みがある。告白を断るのは、街中で行われているアンケートを拒否するのとは話が違う。彼女ができたって関係ない。これからも、告白を受け続けるのだろう。その度に精一杯の想いを否定することになるのだから、あいつだってつらいはずだ。フォローになるかはわからないが、帰りにあいつの好きなドーナツを買ってあげるか。
「気の毒でしたね、キュートな子だったのに」
「へ?」
「チェストッ」
教室に戻ろうとすると、不意に声をかけられた。振り向くと同時に、なにかが口の中に入り込む。
「それでも舐めて、元気をだしてください。ドーンマイ」
口の中に甘ったるいラムネの味が広がる。頬が丸く膨らみ、タバコみたいに口から伸びている白い棒を見て、棒付き飴を突っ込まれたことに気付いた。
「ど、どうも?」
いつからいたのだろうか、僕たちのやりとりを見ていたらしい。地べたに座っていたのか、スカートをパンパンと叩いて土や草を落としている。
ネクタイの色は僕と同じなので同級生らしいが、初めて見る顔だった。陽光を浴びた濃いめの金髪ショートヘアは甘いはちみつを垂らしたみたいに輝いており、首には青いヘッドホンをかけている。制服をラフに着崩しているので不良じみた風貌だが、眼鏡をかけているからか知的にも見える。美少女の前に言葉をつけるとすると、『涼やかな』をつけたくなる。自然豊かな山に降った雨や雪が長い年月を経て湧き出た天然水が、炭酸飲料のペットボトルに入っているような不思議なアンバランスさを持っていた。
「小宮くんにも幸があらんことを。グッドラックです」
去り際に金髪さんは笑う。それは、いつか見た記憶がある。諦めが全てを食べ尽くした後の、空虚なものだった。眼鏡の奥の瞳に光はなく、そのまま深い闇に吸い込まれそうな。そんな錯覚すら覚えた。
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