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8話 徒手空拳

 大トカゲの突撃は、やや首を捻り身体は少しだけ浮いていた。

 捻らないと男の身体へ噛み付く事が出来ないし、浮く程飛び込まなければ速度も出づらいからだ。


 そんな攻撃を読んでいた男は、バックステップの勢いを利用して、敢えて後ろへ上半身を反らして倒れながら回転した。蹴り脚として使われた左足の爪先を、今度は軸足にして回ってみせたのだ。

 回転方向は首が捻られる方向へ。腕全体も勢いよく振り回る、その様はまるで横向きになった竜巻の様だった。


 その状態で大トカゲと地面の僅かに開いた隙間へ受け流しながら潜り込むと、途中で足を開いて大トカゲの飛び出した形をした口の中間部を膝で挟んで強制的に閉じさせる。

 更に付け根を足首で、口先を太腿で挟んで三点を抑える事で安定感を取ると、交差させた両手の平を地面に付けて固定。


 流れに身を任せ倒立の体勢になった男。

 大トカゲは勢いのままに、空中へ真っすぐ高々、回転しながら揚げられた。

 

 すると一瞬だけ脚に挟まれた大トカゲの身体が宙で止まる。大トカゲと男、両者の力と体重が合わさった臨界点だ。このままでは、これ以上の力は乗らない。

 だから男はここで足を離して片手を離す。さすればバネの如く、大トカゲの身体は更に上へと放り投げられるのだ。


「◆◆◆……」


 イドキにはなにも理解できないが、男は何やら呟いたのは分かった。

 そう在りながら、投げた反動を利用して避けた時と同じ要領で宙を低空で回る。

 そのまま地面へ片足を付けて右手を腰に貯め、上部に突き出された手は祈るように柔らかく指が畳まれていた。


 突きの構え。


 着地した時の勢いが、片足へ乗り切ったタイミングで、丁度大トカゲが腹を見せて上から落ちてくる。

偶然ではなく、自由落下速度から落ちる時間を導き出せる、そういう技だからだ。

 

 狙いは心臓。

 空中で複雑に回転させた事によって、大トカゲ体内の水分が螺旋の軌道で一点へ収束し、重心は心臓部へに溜まっていく。

 後は、それを叩けば外部からの衝撃によって内部の力が破裂し、腕一本では到底なし得ない強烈な力を出し得るのだ。

 上げた片足で思い切り地面を踏む。否、蹴る!


 男が叫んだ。


「◆◆◆◆◆!」


 地面を蹴ると同時に引手を腰まで引いて上半身を捻じり、拳を突き上げる。

 余りにも強烈な踏み込みからは一陣の風を生み出され、足元の木の葉を羽のように舞い上げた。

 そうした勢いを乗せ音速の壁を突破した拳は、大トカゲの白い胸へめり込む事になる。

 衝撃は心臓から血管を介して全身に伝わり、舞っていた木の葉は一斉に周囲へ散るのだった。


「キェ……」


 大トカゲの口から、声にならない弱々しい鳴き声を上がり血が少し漏れる。その直後、大きく口が開いてアドレナリンで止血されていた大量の血を勢いよく吐き、前方の木々へぶち撒けた。まるで赤いペンキをぶちまけたようだ。


 大トカゲの瞳から力が失われ、四肢は垂れ下がり、白眼を向いた。

 ゆっくりと、そして安らかに拳から地面へずり落ち、はらりと木の葉が巨体に数枚被さる時にはもう事切れていたのであった。


「◆◆」


 地面に横たわる巨体を見届けると、男はとうとうそれを背景として後ろを振り返った。イドキと向き合う。

 しかし、面と向かっても男の容姿はよく解らない。


 何故なら黒髪と両目を除いた顔の上半分は包帯に包まれていたのだ。トレンチコートに身を包んで顔までこうとなると、恐怖の感情が漏れるものだ。

 人とは露骨に怖がらせようとするものより、不明である事を恐れるのだから。

 

 ところがイドキの顔に恐怖の感情は浮かんでいなかった。

 確かに男の顔はよく分からないものかも知れない。もしかしたらヒトの形をしていないのかも知れない。

 しかし包帯の隙間から覗かせる黒い眼は、少し垂れ気味で声は優し気。そして声は不機嫌そうな様子だった。

 彼は両手を広げて木の葉をザクザクと踏みつけながら、未だ腰を抜かして動けないイドキに近付いていく。


 その様は、兄が妹を(たしな)めるような、紛れもない人間の姿だった。

 吊り橋効果なのかも知れないが、それでもイドキにとっては宇宙を超えてやっと自分を人間らしく見てくれる人に会えたのは嬉しい事だったのだ。


「◆◆◆◆◆◆……」


 しかし問題は何を言っているのか分からない事で、超演算とナノマシン記憶能力の併用でそれなりの法則性は掴めそうだが、先ず何を話すべきかまるで分からない。

 何より滅多に外部の人間と喋らないものだから、凄い緊張する。知能指数と感情指数はまた別なのだ。

 なので、まるで組み立てのなっちゃいない言葉しか出てこない。

 

「ふぇっ!?

え、ええええ、ええと……私は道を歩いていたら、えっとええと……あばばばば」

「◆◆」


 男は、イドキの目の前で歩みを止めた。

すると顎を摩ってしゃがんでみせた。今の一声は「よいしょ」とかそういう意味だったのかも知れない。

 彼はそのまま親指を自らに付き付け、声を上げる。


「『ゲイル』」


 言うや否や、今度は人差し指をイドキに向けた。

 一瞬キョトンとするイドキだが、五秒程して、これがはじめて『自己紹介』であると認識する。彼の名前は『ゲイル』なのだろう。

 ゴクリと唾を飲み込んで、かすれるような勇気を吐き出した。


「イ……『イドキ』!」


 少し声が高くなった気がする。

 しかし、小難しく単語だとか文法だとか、そういったものを考える前にお互いに通じ合う事こそが大切なのではないか。

 なんとなく、そう思った。

読んで頂き、ありがとうございました。

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