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6話 自動車くらいの大きなトカゲ

 樹海を天から見下ろすと、一見のどかな草原であるかのよう。

 鼻唄交じりに上を歩いて渡れそうなな錯覚に陥りそうな程、隙間なんてないように見える。


「ん……結構眩しっ」


 だが実際に地面に立って見上げてみると、その錯覚は否定される事になる。


 地面へ向かって様々な大きさをした光の帯が幾重も差し込まれていた。

 ワサワサと上部に群れる、個性豊かな広葉たちは大小様々に隙間を作っているのである。


 地面を覆う枯れた枝葉。微生物に分解されたものを餌にして直接生える若い草。

 それらを踏み締めてイドキは歩く訳だが、元々そういった目的で作られていない靴では慣れぬ大自然に足を取られ、真っ直ぐ立つのも精一杯だった。


 大人の感性ではここで疲れてしまうだろう。

 しかし、この状況を寧ろ楽しめる、子供特有の好奇心は彼女に疲れをまるで与えなかったのである。

 同じ景色に対しても微妙な変化に一喜一憂して、よく横に逸れていく。


 そうして見つかったのは、一本の棒。

 なんの変哲もない枯れ枝であったが、ヒョイと持ち上げると、枯れ葉達が落ちていき、先端が露わになる。


 その先端に一つのキノコが生えていた事によって、更なる興味を引いた。しかも紫色で、ボンヤリと光っているのが面白い。

 無垢な心で目を好奇の色に染め上げる。


 ナノマシンに記録されている既存の物質から成分を導き出し、解析をすると蛍光塗料と同じ原理だというのが分かった。

 (じつ)を分かっているような、分かっていないような反応と共に、取り敢えずは棒をブンブンと8の字に振り回して、紫の軌跡を作ると、顔は疲れ目で無愛想な癖に、愉快な気持ちになっていた。もっと面白い事も歩いていけば見つかるかも知れない。

 なんとも気持ちが緩むものである。


「あ、木苺」


 そんな彼女が次に見つけたのは、細い枝に実り群生する、葉に覆われた木苺達だった。

 葉に隠れてはじめは中々見えないが、よく見ると大量に実っている。


 黄色い宝石のように綺麗な見た目と、食べられる物であるという事実に興味が湧く。

 一応こんなのでも軍人という事で、食べられる動植物は一通り習っているのだ。


 光を当てれば綺麗に反射するのではと、どうでも良い好奇心が、棒の先端────正確には光るキノコを近づける。

 黄色い木苺に紫光を当てたなら色の三原色によって白くなるのだろうか。少しワクワクしたが、その願いは叶わない。


「木が……動いてる?」


 木苺の枝が、急に蛇のような柔軟性と俊敏な動きで、差し出した棒に絡んできたのだ。

 巻き付いて少し止まったかと思うと、一気に茂る草木の中へ引っ張られる。

 突然の事に運動音痴のイドキでは手も離せず、木と一緒に巻き込まれてしまった。


 その最中、脳だけは動くのでなんとか超演算を発動で状況を確認しようとした。

 葉に隠れていたものの、よくよく見ればこの木苺の木は、根本までかなり長い。

 その先には何らかの生き物が大口を開いて此方を待ち構えているのが見えた。


 咄嗟にナノマシンを起動させて風向きを操作し、己の額の辺りに集中させる。空気摩擦で発生した静電気をエネルギーを加え、出来上がるのは玉状のスタンガンだ。

 主な使われ方は暴徒鎮圧など。威力は玉状へ凝縮している為に、直撃すればボディビルダーでも一日は意識を失うレベルである。


「ス……スタンボール!」


 やたらへっぴり腰で大きく開いた敵の口内へ真っ直ぐ投入した。

 物凄く痛いのだろう。突然の衝撃にガラスを引っ掻くような高い鳴き声があがる。


「キィィィィ!」

「ひえっ」


 肌に当たる悲鳴は、棒から手を離させるには十分な防衛本能による刺激を彼女へ与えた。

 動きが自由になり、咄嗟にバックステップ。

 すると正面の草葉を掻き分けて、がさがさと自分を襲おうとしていた生き物の全貌が出てくるのだった。


「おっきな、トカゲ?」


 自動車のように大きいものの、基本は茶色いイグアナ系の生物だった。

尻尾には、葉や枝、そして木苺の果実に擬態するために変化した毛やウロコや(こぶ)が生えている。

 尻尾で掴んだ棒を、そのまま粉々に砕くとポイと捨て、背中の毛がまるで爆発したかの様に逆立った。


 それは身体を大きく見せる威嚇(いかく)行動。

 ノソノソとしているが、少し早歩き気味の歩調は明らかな怒りを表して、イドキが完全に『敵』であると認識された瞬間であった。


「わわわ……」


 歴戦のバイオロイド兵とは思えないようなテンパり方をするが、仕方のない事でもある。

 彼女は兵器に乗って人を何万と殺していても、外を出歩く時は常に護衛の人間が付けられて、己の手では虫一匹殺した事がない。

 白兵戦を味わった事がないのだ。


 例えば人は、爆撃機で沢山の民間人を虐殺出来ても、金属バットで思い切りチンピラの頭蓋骨をカチ割る事には罪悪感がある。

 毒で簡単にドブネズミを殺すが、同じものを素手で握り潰す事には躊躇(ちゅうちょ)する。


 特に今までは『命令』を与える事で、自身を肯定する人間が居たことも大きかった。仕事は最大の言い訳なのだ。


 そして今。

 超演算では、零距離から高出力のマイクロ波を当てて破裂させろと出ているのに、それが出来ないでいたのである。


 なので罪の意識が軽い攻撃を選ぶ。

 唾を飲み込み、大トカゲの居る位置が、光の帯の下という事を確認した。


「光!」


 上から注がれていた日光の向きを操作し、トカゲの両眼を照らし、更に威力も強化する。

 直撃を受けたトカゲは、瞼を閉じて眩しそうに首を振り回し出した。

 動けない事をいい事に、イドキは両手に空気の玉を持ち、連続でそれらを顔面へぶつけ出す。


「スタンボール、スタンボール、スタンボール!

……どう、やった?」


 軽い息切れを起こしつつも前を見る。その視線の先には、かなり不愉快そうな爬虫類の目であった。

 鼻先のウロコが焦げているので、効いてなくはないのだろう。


 しかしそれだけしか効いてないとも言えよう。

 目も慣れてきた大トカゲは、丸太のような脚をゆっくりと持ち上げ、イドキへ突撃した。

 先程とは違ってかなり速い。


「やばっ、逃げよ」


 その迫力にイドキは踵を返して背中を向けて、誰が聞くわけでもない泣き言を漏らしながら逃げ出した。

読んで頂きありがとうございました

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