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4話 異世界の空

 レガティオンの胸部中央には、一畳ほどの四角い出っ張りがある。

 内部を守る為に分厚い装甲で出来たそれは、何を隠そう操縦室へ出入りする為の扉。

 いわゆるコックピットハッチだ。


 内側から唸り声にも似た機械音を発して、バコンと重量感のある音に続いてハッチが下へ倒れる仕組みになっている。

 倒れたハッチはそのまま基地内足場へのかけ橋になり、搭乗者は優雅に降機する。

 それが正しい出入り方法。


 ところが今回の機体は仰向けになるイレギュラー。

 ハッチの先端は上へ向いていて、とても歩いて出入り出来るようなものではない。

 そこで状況を打破せしめんと、出入り穴からフリルに包まれた二本の腕が装甲の(ふち)へ向かい一気に伸びた。

 白魚の様に細い指で無骨な装甲を引っ掛け離れないようしっかり掴む。


 そうして下から頭を覗かせるのはパイロットのイドキだった。

 何処か目元が落ちつかない、そのソワソワした様子は巣穴から様子を伺う兎によく似ている。


「大丈夫、大丈夫……多分だいじょーぶ」


 首を左へ、次は右。そして上を仰いで危険がない事を確認して唾を飲み込んだ。

 息を二度ほど吸って吐き、決意を完了させる。

 空を見上げてゆるり流れる雲を見て頷く。


「反重力ジャーッンプ」


 スカートのナノマシンが活発になる。その力の矛先は下へ向かう重力。

 ナノマシンに使える機能は基本的に『強化』『放出』『操作』『記憶』の四つ。

 無から有を作る事も出来なければエネルギー切れだって起きる。万能ではない。


 しかし小柄な女の子一人を持ち上げる程度の力なら持ち合わせているのも確かだ。

 重力の方向性が一部操作され、空を跳ぶ為の準備が完了。


 懸垂(けんすい)の要領で腕を軽く持ち上げると、高い跳躍で一気に全身が空中へ放り出されたのだ。

 棒のような細腕で持ち上げたにも関わらず、まるで宇宙に居るかのようだった。


 グングンと高く彼女は昇る。しかし高さに反比例し、段々と減速。

 高度がハッチを追い抜いた頃にはもはや降下が始まっていた。同時に膝を持ち上げ脚を畳む。


 一方で下からの風圧によりスカートが(まく)れ上り、太腿が半分晒された。

 そんな下半身全てが見える瀬戸際の事だ。下半身が完全に露になることは無かった。


 半分捲れた状態を維持したまま、まるで風に(なび)くカーテンの様に、もしくは大きめのクラゲの様に絶対に見せまいと波打っていた。

 スカート表地(おもてじ)に多く含まれる液体金属の性質によるもので、繊維が直接動いているのだ。


「この機能ってホントに必要なのかな」


 『鉄壁スカートシステム』。

 自動で発動されるドレスの機能のひとつである。


 機動すると、どのような角度から見ても影や裏地に使われるフリルの位置関係でギリギリ見えないように計算されて出来ている。


 無駄な機能に思えるが、作った研究員は「どうしても必要な機能なんです」と上に押し通したらしい。

 彼は「モロ出しよりも見えそうで見えないのが最高なんだ」と訳の分からない事を言っていたが、取り敢えずこれといって不自由なないので疑問は持たずに使っている。


 揺らめくスカートはそのまま反重力でフワフワと。

 パラシュートのような速度でゆっくり降下していく。彼女は下を見つつ、尻をハッチ先端に乗せた。

 途端にスカートは一気に力を失い元の形に戻った。今は脛を少し覗かせるのみ。


「外に出るだけでも一苦労、かな……ん?」


 肩の力を抜いたその時、ふと暖風が頬を撫でた。

 つい片手で頰を抑えて顔を上げると、モニターに映っていた当たり前の光景……一面に緑の絨毯が目の前に広げられていた。

 しかし太陽光の影響だろうか感情の問題か、画面で見る以上のリアリティが感じ取れたのである。

 気付かぬ内にポカリと惚けてジィと見る。魅入ってしまった。


「凄い景色だなぁ」


 森の上は、見たこともない青空が何処までも続く。

 宇宙での生活の方が長い彼女には見る機会が少ないものだったし、仮に見る機会があっても仕事だったのでゆっくりと見る事はなかったのだ。


 内股座りでずっと眺めていると、(ささ)やかで柔らかい風が身体を包む。

 そのまま陽光に溶けてしまいそうな、まるで何時までも此処に居て良いという甘い誘惑が胸中から滲み出した。

 人らしく扱われなかった自分も此処ならやっていけるのかも知れない。

 そうした欲も同じトコロから湧いてきた。薄く、根拠もなくだが。


 危機だというのに、何故かワクワクしていたのだ。見張りの居ない時間というのを生まれて初めて手に入れたからかも知れない。

 つい頭の中に浮かぶのは森の向こうを歩きまわる燈色の巨躯と、それを操縦する己の姿。それを妄想したら口元が緩んでいた。

 腕を組んで首を傾げて彼女は尻の下で寝そべっている己の愛機を見やる。

 視線の矛先のみをそのままにして、傾けていた首が、ゆっくりと反対側に傾いた。

 片眉が下がる。


「やっぱ、こうなってるよね」


 主な機能が使えない時点で予想はしていた。予想通り、どうしようもなくなっていた。

 レガティオンはせめて面影を残しているのみで、『ボコボコ』という言葉がこれほど似あうものもないだろうという位、酷い有り様だった。

 全体がこんなにひしゃげて、よくコックピットハッチが開いたものだという感心から頷く。


「……なんとか動けるようにしないとね」


読んで頂き、ありがとうございました。


【鉄壁スカート】

パンツが見えそうで見えないスカートの事。

ドレス型パイロットスーツはスカート部を取り外してもワンピース水着のようになっているだけなのだが、それでも見せないのは作り手のロマンである。

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