3話 レガティオン、大地に立てず
燈色の装甲の先に、名前も知らない小鳥が留まってピィと鳴く。
豊かな森の中を、大樹よりも尚大きなレガティオンの巨体が仰向けに寝そべっていた。
この兵器の戦場での姿を知らない者なら、ほのぼのとした日光浴に見えなくもない。
操縦室のイドキはその光景を直接見てはいる訳でないが、姿勢制御装置からナノマシンを通じてその情報を得ていた。
尤もそれ以上は分からない。
もしかしたら砂漠の中心に偶々在るオアシスのようなものかも知れないし、逆に周りが水だらけで此処だけしか地上のない惑星なのかも知れない。
開放的な青空の下だというのに、まるで松明一本で暗い洞穴を歩くような気分である。
故に彼女は、更に視界を広めようと考えた。
「起き……って、え。できないの?」
身体を持ち上げて周囲を更に見渡そうとしたが、出来なかった。
両手を地面に付けて上半身を起こす。それだけの事だがロボットと人間では事情が違うのである。
約五万トンの二足歩行ロボットだ。
なんの補助も無しに起き上がれる道理は無い。
起き上がった途端に内装が自重で潰れるか、地面との接触面積が極端に狭い腕部に体重をかけて岩盤が潰れて生き埋めか。
どちらにせよ無理をすればパイロットが潰れる事には変わりなし。
そうした無理を補うのが、未来世界の魔法とも言える反重力システムだが、起動させようとした途端にあまり聞かない警戒音が発さられた。
不意打ちへビクリと肩が跳ね上がり伏せ目がちだった目がパチクリと見開かれた。
「エネルギー足りないから立てないとか、マジで?」
問いかけたところで機械は冗談を言わない。
システムが故障で起動しない訳ではなく、エネルギーが足りないので起き上がれない事に動揺を隠し切れなかった。
何故ならレガティオンのエネルギー機関は『超次元炉』である。
簡単に言えば異次元に繋げる『門』を作り、その内部に存在する無限のエネルギーを取り出す機械だ。
なのでエネルギーが足りないとしたら、先ずは動力炉そのものが壊れているという結論へ辿り着く。
これが使えないなら、この先どうしようもない。
戦場を冷静沈着に駆けていた彼女だが、このような危機は経験した事がない。
押し潰されそうな不安感で冷や汗を垂らして、指示を送る。
「もしかして今ってヤバいんじゃ……超次元炉、起動」
起動に少し間があった。
己の心臓の鼓動が大きくなる事を皮膚で感じ、赤血球から手の平へ酸素が送られて、気付けば手に汗が握られる。
————効率1パーセント
唇が縮まっていた最中の結果報告に、抓ったばかりの口元がひくついていた。
最悪に最も近い情報が来たからだ。
一概に故障と言えど何処まで故障しているかが重要なのだ。
彼女の予想していた最悪のラインは取り敢えずエンジンが動かなくなる程に壊れている事。
つまりエネルギーを取り出せてはいるが、故障により99パーセントは無駄になっているという現代のソーラーパネルより酷い効率だ。
まだマヨネーズの飲み口をドンブリに装着してラーメンの汁でも飲んでいた方がマトモな効率である。
これでは本来の機能を果たせないのは勿論、敵に襲われたら動けないまま偶然見つかって歩兵にだってやられてしまうかも知れない。
経験に勝る知識なし。
捕らえられた兵士ないし現地人がどうなるかを、彼女はよく知っていた。
拠点にされている惑星を「解放」した後に、現地人が自軍の兵隊達に「奉仕」する様子を、何度も見せられていたからだ。
当時は興味も無かったので他人事としてモニターの向こうから眺めていただけだが、あの下卑た目付きが自身に向く光景が頭を過ぎる。
喉奥に悪心を覚える。
その現実へ脳が辿り着いた瞬間、自然と両手が頭を抱えて乱暴にワシワシと銀髪を掻きむしっていた。
疲れて止めた頃には、ヒリヒリとした頭皮の余韻と同時に、涙腺がまるでライターにでも炙られているかのようにじんわりと熱くなってくる。
「え、ええと、どうすればいいんだろ?」
応える者は誰も居ない。マニュアルもない。
寒気に似た感覚が周りから押し寄せる。そうして過度なストレスに晒された瞬間、彼女の目を引いたのはナノマシンの外部情報報告。
大気成分など、どうやら人が生きていける環境ではあるようだ。そして少なくとも、モニターに自分の敵は見えない。
「つまり自分で決めろって事だよね。
籠っていてもどうしようもないなら、外に出るのも試してみようか。
自身の目で状況も確認するのも大切な事らしいし」
大義そうに頷いた。
読んで頂きありがとうございました
【超次元炉】
次元を超える事で無限にエネルギーを得られる機関。
原理としては、二次元に奥行が加わり三次元。そこに時間の概念が合わさったものが四次元。紙に描いた絵が我々に干渉出来ないように、時間の枠内にしか存在しない我々は、時間を外から自由に出来る世界へ、本来は干渉出来ない筈である。
しかし、イドキの居た国ではナノマシン技術の発展により高位の次元へ極一部のみ干渉出来る技術へ至っていた。
時間とはひとつではなく、枝状に分岐している。
仮に何かを過去に行って修正したところで、それは修正した世界線が分岐するだけで元の修正されなかった世界線も存在するのである。
『パラレルワールド』とも呼ばれている概念であるが、その時間軸の一部が自然現象として崩壊する事で、莫大なエネルギーが発生するのだ。
それを超次元炉は己の動力として利用する。
無限に発生する時間軸の内、ひとつが無くなるのは全体から見れば損失はゼロに等しい。
それでも世界がひとつ無くなっているのだから低次元の者にとっては、常に無限に限りなく近いエネルギーを得る事が出来るのだ。