2話 鉄の子宮とゴスロリドレス
少女は死んだ、二度と目覚める事はない。
その筈だというのに、何時もの朝のように目を覚ましていた。
「……夢オチ?」
夢と断定するにはやたらと現実味があった。
しかも今日は何時もと同じなようで何かが違う気がする。
生活リズムが乱れた直後の起床のように瞼がパサつき、頭もボンヤリとしていた。
全ての私生活を研究所に管理されている彼女には珍しい現象だが、違和感はこれだけで済ますにはあまりも大きい。
なので最低限、今の自分がどういう環境に置かれているかを知る為と辺りを見ようとキョロキョロ首を回し、見覚えのない景色に驚いた。
視界いっぱいに見渡すばかりの暗闇があったのだ。
それは今が何時であるかも、此処が何処かも解らせようとしない。
精々が特有の窮屈な空気によって、この場所が星もない野外ではなくて窓や明かりのない室内であると伝えるのみである。
ならばと腕を我武者羅に振り回そうとした。室内であるなら、手は何かにぶつかる筈だ。
文字通り手探りでも、無いよりはマシな情報が得られるのではないかとボンヤリした頭なりに思ったのだ。
故にやたら疲労感のある肘を伸ばした。そして何かに触れる前に感じたのは、箸よりも軽い手首への僅かな重みである。
少しだけ、ホッと安堵のため息。少なくとも丸腰では無いらしい。
手首の『それ』は日ごろから着ているパイロットスーツの一部であると経験が判断し、今の自分がそれを着ているのだと理解したからだ。
故にスーツへ指示を送る。別段声に出す必要も無いが、指示を呟く。
何となく音が欲しかったのである。
「光って。ナノマシン達」
袖の先へ付けられた手を半分覆うような大きな白い『フリル』がぼんやりと光り出した。
フリルに溜め込まれている細胞よりも小さなナノマシン。
その集合体が蛍光灯のように光っているのである。
明かりをこの世に取り戻す事で先ず見えるのが何も映らない真っ黒な正面モニター。
それを鏡とした、予想通り『特別なパイロットスーツ』を着た自身の姿がそこにあった。
さて、彼女の国のパイロットスーツは基本的に黒い全身タイツ型で統一されている。
素材は主にナノマシンと液体金属の混合物なので、脳波を使いナノマシンへ命令を送る事で多機能を内包させることが可能。
例えばナノマシンを放出し操作の補助を行ったり、分子へ結合させることで酸素を一時的に蓄えたり、強度を自在に変化させたり等様々。
しかし彼女が着ているものはレガティオンに乗る為に作られた特別製だった。
スーパーコンピューターを超える演算機能を持ってしても操作が通常のロボット兵器のような手動では追いつけないのだ。
そこで研究所によって考案されたものが、ひだ状の布地を上から付け加えて表面積を増やし、機械への命令に対するナノマシンを大量に使えるようにするというものだった。
手首だけでなく命令そのものは脳波を感知して起こる為、フリルは本来ヘルメットを被る筈の頭部にも装着され、それはまるで『ヘッドドレス』の様になる。
更にナノマシンは、組み込んだ遺伝子を設計図として体内で作られるので、胴体部……正確には腰の辺りから大量のフリルが『ロングスカート』のように伸び、それを黒い布地が保護する為に覆う。
上には『外套』のような形の補助ユニットも装備。
灯が部屋全てに行き渡った時、彼女の眼に映ったのは銀髪で片目を隠した、少し疲れ目な赤目少女の姿。
『ゴスロリドレス型パイロットスーツ』を着ている、見慣れた己の姿だった。
ちなみにドレスはワンピースタイプ。
疑問が無いと言えば嘘になる。
機能を果たす為ならもっと適した形があるのではないか、スカートに保護されているとはいえ脚部の露出が普通のスーツより多いのではないか、そもそも名称が何故ゴシックロリータではなくゴスロリなのか等々。
しかし研究員はこれが最も相応しい形なのだと言うばかりだし、結局向こうが専門家なのだからそういうモノなのだろうと納得し、ずっと使っていた。
よく周りからチラチラと見られる事はあるが、それが戦闘に影響する訳ではないので不便はないし、最早周りの兵士からは「イドキとはゴスロリであるもの」とある程に身体の一部と言ってもいいものだ。
しかし、そう着慣れたものでもドレスで寝るのは身体に疲れが溜まる。ましてや座りながら寝るなら気怠さのひとつやふたつ覚えるものだ。
部屋の全てが露になる事で、とうとう自分は椅子に座ったまま眠っていたのだと理解したのである。
此処はレガティオンの操縦室だったのだ。
何時も寝る筈はない此処では違和感も出るし、全身に気怠さがあるのも当然だと安心した。状況も把握し大分楽な気持ちになったので、機体の周囲はどうなっているのだと指示をする。
すぐさまモニターに映像が表示された。
青い空に白い雲。
見慣れぬ植物が樹海を作り、その上を戦闘機のように大きな鳥が飛ぶ。
さっきまで居た筈の宇宙空間が脳裏を掠めた途端にポカンと半分開いた口が塞がらなかったので、つい無言で頰をムニュリと抓っていた。
「痛い」
痛いので残念ながら夢ではないようだ。
読んでいただき、有難う御座いました。
【ナノマシン】
物凄い小さな機械。ナノボットとも。
作品によって様々な解釈があるが、人工的に有機物を組み合わせ一定の役割をさせる人工生命体のようなものもナノマシンと呼ばれるケースがあり、本作ではこちらの概念を使用している。
遺伝子組み換え人間であるイドキの遺伝子にはその設計図が生まれつき組み込まれており、それを遺伝子を読み込みむ酵素であるポリメラーゼが形にしているのである。