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10話 魔法と精霊

「それで、お星さまからやって来たっていうイドっちゃんの家はこっちかい?」

「うん……そんな感じ」


 会話を続ける事はや10分ほど。

 スパコン並の処理速度を駆使して、日常会話が出来る程度には『この世界』の言葉を覚えていた。

 しかし妙な事に、言葉を覚えれば覚えるほど何を話して良いか分からず、会話が続かなくなる。

 知りたい事や聞きたい事は沢山あるのに、喋ろうとすると頭が真っ白になって、その癖完璧に成そうとして、あらゆる選択肢を選べずに言葉が出てこない。

 なので結局、ゲイルに話させて相槌を打つばかりであり、その一方で彼はいつの間にやらイドキの事をイドっちゃんと呼んでいた。


「それにしたって驚いた。この『迷いの森』をイドっちゃんみたいな小さな女の子が歩いているんだからよ。それも、家の場所は知っていると来た」

「迷いの森?」

「そこからか……俺は木の形とかを覚えて迷わないんだが、ええとな、◆◆◆……」


 ゲイルが呟き出した。彼の呟きは上手く人間が感知しうる音として認識できない。

 しかし波長としてナノマシンを使い感じ取ってみると、周囲の波動にそれで共鳴現象が起きているのが感知出来る。

 この世界特有の現象だろうか。おぶさりながらそんな事を思っていると呟きが終わったらしい。

 それがイドキの『魔法』……ひいては真の意味で『異世界』に対するはじめての接触だった。


「じゃ、いくよ。『夢幻の羅針盤』」


 突如、周囲の波動が強く共鳴し合い、空中に厚みのない板切れのような赤い矢印の形をした、半透明の『立体映像のようなモノ』が捻り出された。

 『ようなモノ』というのは、立体映像と違い『質量を持つ』と云う事だ。

 質量のあるそれは、クルクルと回るとそのまま霧散していき、なにも無かったかのように『消滅』したのである。

 消滅した座標をナノマシンで粒子単位で調べてもなにも無し。


「と、こんな風にだ。

本当は北を指し示してから消滅する『夢幻の羅針盤』は、何も示さない。普通の方位磁針も役に立たないしな。っと凄い顔してるね、大丈夫?」

「ああ、うん……ダイジョウブ」


 イドキが驚いたのは迷いの森がどういう場所なのかではない。一瞬だけだが、確かに無から有が発生したという事である。

 物理法則舐めてんの?な、その現象へ並列思考の元、様々な仮説が頭の中で生まれては消えて、どれもが決定打に欠けてて、だからこそ、もはや深く考えるのをやめて聞いてみた。


「凄いねソレ。えーと、魔法?……って呼ばれているんだ。私はそういうの使えないから」

「コレくらいならフツーじゃないかな。ていうか、イドっちゃんだって魔法を使ってるじゃん」

「私が?」

「使ってるじゃないかないか。この、『キイチゴドラゴン』の体重を軽くするのとか。俺が知らないなんて、かなり上級の魔法じゃないか」


 尻尾を掴んで易々と大トカゲ(どうやらキイチゴドラゴンというそのまんまな名前らしい)の身体が持ち上がる。


 口下手なイドキは、人間向けでない物凄いヘタクソな説明で重力操作をナノマシンの性質込みで説明してみせた。

 この世界が球体で、物はその中心に向かって落ちている事や、イドキの体内で造られたナノマシンで重力の方向性の操作や斥力の強化を行なっているなど。

 フムフムと一通り聞いたゲイルの眼には、意外と理解の色が浮かぶ。


「なるほど。よく分かった」

「そうか、分かってくれたんだ」

「つまりイドっちゃんは、『精霊さん』なんだな」


 互いに頷き、イドキは途中で口をポカンと開く。


「……へ?」


 ただしそれは、間違ったベクトルでのファンタジーな見解での理解だった。

 イドキは精霊というものをあまり知らない。

 確か、一神教以前の自然崇拝により祀られていた対象であると、ナノマシンのデータベースには記憶されているが。

 逆に理解の色から離れたイドキの顔色を察して、ゲイルは付け加える。


「そりゃ世界の(ことわり)に干渉するような上級魔法をポンポン使うし。学士さんのように理屈には詳しい。

今じゃ宗教の都合で平面世界論が主流だけど、一昔前の数学で世界を理解しようって考えじゃ、球体論があったらしいな。それこそ精霊信仰時代か。

ところが、常識については無知ときた。言葉もそうだけど魔法の意味も知らないし、羞恥心もねぇ。

でも話し始めてちょっとで言葉を理解するって異常に素頭は良いっていうか、自分の拠点までの道のりを何故か知ってると言うか、まあ、ツッコミどころを上げたらキリがないけどなぁ」

「ぐぬぬ」

「きっとお星さまにあると言われている精霊界から現界したばかりだから、なんだろうね」


 処理をする力では圧倒的な筈だ。

 なのに今、高笑いする彼に対しては何を言っても言い返せない反論が返ってくる気がした。

 それに、このままで困る道理もなければ嫌な気分でもない。

 だから否定はしないが、一言だけ言っておく。


「……でも、だとしたら私は悪い精霊かも知れないよ。助けちゃって良いの?」


 彼は柔和な態度を崩さない。


「へえ、悪い精霊だとどうするんだい」

「えーと、ゲイルを襲う」

「イドっちゃんが?俺を?……ふーん、そりゃ楽しみにしてるよ」


 また大きく彼は笑った。

 顔の上半分を隠す包帯の下からは、弓を描く眼の形。そして、その周りからチラリと見える肌には、かなり重症だったのだろう火傷跡が陽光に照らされていた。

 何処か、哀愁のある笑顔だった。


「それに、助けてって言ったのはイドっちゃんじゃないか」

「え、あの時って言葉通じてた?」

「おや、やっぱそう言ってたんだ」


 やはり言い返せなかった。

読んで頂き、ありがとう御座いました

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