1話 巨神の最期
新作、はじめました。亀ペースでやっていきます
どこかの宇宙で、沢山の光が星屑のように煌めいては、あっという間に消えていた。
だが、本当に太陽で光る星屑であるなら、消えるまでもう少し時間がかかる筈だ。
正体は空間に群れる『宇宙戦艦』や『宇宙要塞』などの有人兵器。
それらがレーザーやミサイルに被弾した際の爆発で発光して、星屑のように見えるのである。
残された残骸は、もはや自分の力で光らない。
そんな『宇宙戦争』のありふれた光景の中で、ひとつの人型ロボット兵器が熱を鎮めようと無重力空間を浮かぶ残骸共の中で佇んでいた。
この緋色をしたロボットの周りには誰もいない。
近くに二、三ほど小隊員の僚機でもありそうなものだが見当たらず。
それどころか、この機体を艦載する為の戦艦すら見当たらない。
超大型ロボット兵器『レガティオン』。
試作的に作られた巨大人型兵器で、特徴として第一に目に入るのはその大きさだ。
周りに残骸として浮いている通常の人型ロボット兵器は4メートル〜10メートルといったところ。
しかしレガティオンは80メートル。
更に外部ユニットまで取り付けているのでその大きさは5倍になる。
その差は、子供と大人どころかカトンボと人間の差に等しい。
もはや人型をした戦艦と言った方が正しく、エネルギー機関だって戦艦以上に強力なものだ。
それ故に戦艦からエネルギー供給を受ける必要が無いのである。
図体に見合った持久力と火力。
彼の機体周辺には無重力によって様々な金属片が浮かんでいるが、それらはレガティオンを運用している側にとっては見慣れたものだった。
乱雑に引き千切られた戦艦、曲げられ穴を開けられ一撃で仕留められた影響で原型は残すロボットなど。
いつも自分を殺しに来る『敵』達の成れの果てである。
普段はパーツを取り出す為に鹵獲され、暫く戦艦に留まるものであり、忘れたくても目に焼き付いて忘れる事の出来ないものだ。
このようにレガティオンは原型が残る程度に叩きつぶす事も得意なので、味方のパーツ不足を補いたい時にも重宝される。
しかし誰も真似をしない。
ここまで巨大だと単なる的になってしまうし、運用自体も姿勢やエネルギーの制御など複数人による……戦艦並みの人数が人工知能を併用しても、どうしても要求されるからだ。
つまりは機体の中で行動を決めるだけで人型兵器の利点である小回りが効かなるという欠陥兵器。
運用には機械よりも処理能力の早い頭脳を持つ一個人が必要という事。
しかし今、この欠陥兵器は確かに動いて結果を出している。
「つまらなかったなあ」
世辞にも聴き取り易いとは言えない声が、一人乗り用の小さな操縦室いっぱいに響いた。
彼女は頬杖を突くと、目の前の情景を他人事のようにボウと眺めていた。
ダラリとシートに寄りかかり、周りで大層な戦果が目に見える形で置かれているにも関わらず、伏目がちの瞼を更に下げて睫毛を降ろす。
赤い瞳はぼんやりとしていて、まるで死んでいた。
試作機の操縦室という事もあり、コスト度外視で作られた内装は嗜好性が高められた場所でもある。
シーツの質を取ってもそれは明らかで、上層部の貴族趣味が見えていた。
豪華絢爛な装飾が成された金のフレームに赤い革に似せたカバーを張ったシートは、ヴィクトリア調の一人掛けソファをモチーフにしたものだ。
そして、座る彼女もそれに見合った金をかけて「作られた」人間。
それこそがレガティオンの動きを可能にしている特殊性の正体である。
彼女は国によって人工子宮の中で遺伝子操作を駆使し戦闘用に作り出されたバイオロイドだ。
値段は一人につき戦艦が一隻買える程度。
その為、如何に戦果を挙げても評価されるのは彼女を作り出した研究所、ないしスポンサーである国そのもの。
国が金を出しているからと、産まれた時から一つの兵器として人権の存在しない彼女にとってはどう頑張っても他人事なのである。
そしてこれから起こる事も彼女にとっては「他人事」だ。
先ほどの言葉に台詞を繋げる。聞くのは彼女ただひとり。ふうと息を落とし下唇を湿らした。
「……本当に、つまらない人生だったよ」
世界は残酷だ。
彼女の背中では、味方の艦隊が敵へ尻を向けて全力で逃げていた。
数を削られ続け、とうとう総数の四倍以上になった敵に撃たれ、切られ、爆散して塵となっていく。
一人が一騎当千の働きをしたところで、戦争とは全体の三割を失えば負けなのだ。
故に輝かしい戦果を挙げた彼女も敗者の一人に過ぎない。
そんな何処にだってある負け戦。
しかし何処にでもあるからこそ太古より対策も練られ、成功したものは英雄視されていき、マニュアル化されていった。
敵の艦隊は勝ちを拾おうと涎の様に火器を吐き出し、味方の戦艦を追い回す。そうして追い回されるひとつの戦艦の艦長の一人から届いた命令が、脳内のナノマシンにはしっかりと記録されている。
『敵艦隊に突撃して、自爆して、我々の逃げる時間を確保しろ』と。
「ま、命令だからやるんだけどね」
身体全体をナノマシンが激しく泳ぎ回りパイロットスーツより放出。多角的に捉えられた演算結果をレガティオンへ伝える。
背面に取り付けられたブースターが唸りを上げて、溜め込まれた反重力が爆発した。爆発は周囲の瓦礫を吹き飛ばす。もはや残骸に価値は無い。
バリアを張った巨体が亜光速まで加速。感覚はジェットコースターに酷似。
コックピットから見る星の光は直線となり、ビーム光はゆっくりと。
室内だと云うのに風を感じるのは、反重力システムでも抑制し切れていないGがかかるから。
肩から重いものが抜けるような感覚を覚えはじめ、彼女は己の骨が四肢から首まで折れる感覚を思い浮かべつつ、敵の射程内に突入する。
敵はビームなどの攻撃を打ち込むが、エンジンを全開にさせて発動させたバリアは貫けなかった。斜線に並ぶ前衛を抜け、司令を送る中央へ。
これ以外にも大隊は沢山あるが、中心となっているのはここらしい。
「超次元炉開放!」
爆弾と化したレガティオンは何よりも、誰よりも光の花を咲かせてみせた。
大きく広がる花弁は何千もの人間を飲み込んで何千もの想いを消していき、何万何億もの遺恨を生んでいく。
人生の終わりを何に使うかを彼女は考えた事もなかった。
故に刹那を数時間にも感じる貴重な最期の時間。口を半分開いていっさいを無益に過ごす。
敵兵達はオンリーワンの人生と共に消えていくのだろうが、自身を人形以下と評する彼女に振り返るものも無し。
ただぼんやりと想うところはあった。
(私の人生ってなんだったのだろう)
頰を伝う一条の雫は、白い光に照らされ流れ星のようである。
モニターに反射して映る自身の顔を見て、まだ人間らしい感情が残っていたのだと心中で頷く。
(せめて人間らしく生きたかったよ)
喜びも幸せも思い出も得ることはなく、願いだけを心に抱いてこの宇宙から人々の記憶に残る事はない。
こうして『イドキ』と名付けられた少女は、11年の生に別れを告げた。
お読み頂き、ありがとうございました。
【バイオロイド】
人工的に作った人間。デザイナーベイビーなどの呼び方もあり。ファンタジー世界ならホムンクルスと呼ばれる。
似たようなものであるアンドロイドは人間に似せた機械だが、バイオロイドはパーツが人間と同様に有機物で構成されている。