獅子女
最近のことである。格差社会は益々増大し,富める者は富み,貧しきものは貧しくなっていた。その男,新崎杏平は営業職で各地を転々と回っていた。
「お金は貯まらないのに,性欲は溜まる 今こそ花咲かす 日本男子の日の丸魂」適当に抑揚をつけて,江戸時代の踊みたいな口上を述べていた。
「ア!ソレソレ」
「たまらないお金に たまらない脂肪
健康的と言われたら それまでよ」
「ア!ンダンダ!」
今日は飲み会であり,本店の営業部長であった新崎は道化役を演じていた。「道化の新崎」として定評のある男である。
酒にもなかなか強い男である。3時間の飲み会でもビールジョッキ大を15杯飲んでしまう男であった。彼は酔うのは酔うのであるが,吐いたりしないのだ。
「新崎さん,お酒強いんですね。」最近会社に入ってきた新入社員の童顔な女性である武田さんが話し掛けてくる。
「まぁな。強い方だよ。それより武田さんも楽しんでいる?」
「はい。楽しんでます。」
「そりゃあ良かった。これからもよろしくな。」
新崎はもともとは主任としてしばらく仕事をしていたが,この会社の上司が多く行方不明になっており,その影響もあってトントン拍子に出世してしまったのである。気がつけば営業部長になっていたのだった。
「この俺が営業部長か。良いものだな。」
管理職の闇で上司達は行方を眩ませているのだな。そのように新崎は考えていた。どんな辛い思いをしても自分だけは逃げ切ってやることを心に留めていた。
「それでは縁もたけなわではございますが,株式会社ブラフマン不動産の納涼宴会を終わりにします。皆さま,お手を拝借。よー!」
パン……拍手の音が揃い。長いようで短かった宴会も終わった。
「さて,帰るとしよう。」荷物を持ち,スーツ姿で居酒屋を後にした。
「酔い覚ましに歩いて帰るかな。」新崎は二駅区間歩いて帰ることにした。
最初は順調に歩いていたが,しばらくすると尿意が襲ってきた。いくら夏といえども夜の涼しさが膀胱を刺激する。そしてアルコールは尿意を高めるのだ。
「やばい漏れちまう。そこの公園のトイレに入ろう。」なんとか膀胱の限界に間に合った。
尿を放出して周りを見渡す余裕が生まれた。
「はぁはぁ……なんとか間に合った。うん?」隣を見るといかにも女性らしい人物が小便器に放尿をしていたのだ。
「ねぇ,そこのお兄さん。何見てるのよ。とんだ変態さんだわね。」その女性は,まるで男子トイレが女子トイレだと言わんばかりの大胆さで気にする様子はなかった。新崎は性別って一体何だったのかを一瞬見失ってしまった。
「とんだ変態って。ここは男子トイレですよ。そっちがおかしいと思います!」至極真っ当な発言である。
「使用禁止だったわ。女子トイレが。それより女の恥ずかしい音を聞いてタダで帰れると思う?」女はかなり尿を我慢していたらしく先に入ったのにも関わらずまだ放尿は続いている。
新崎は帰ろうとしていたところをそう言われてしまい帰れなくなってしまった。小便器の前で固まっている。
「私の質問に答えてくれる?」女は尿を出し切ったみたいでパンツを履き,ズボンを履いた。いわゆるパンツスーツを着用していた。
「なんだ!手が動かない。」心の中では陽物をしまおうと考えているのに手が金縛りのように動かないのである。メデューサの仕業のようだった。
「あぁ。答えよう。」恐怖で顔から冷や汗が出てきた。胸がバクバクしている。こんなに起きたまま動けないことが怖いことだとは。
「ならばお前に問う。一つの声をもちながら、朝には四つ足、昼には二本足、夜には三つ足で歩くものは何か。これに答えられたら解放してやろう。」
「答えは人間だ!それもブルジョアの男性社長だ。朝は手足を使い四つの足で高級外車を乗り回す。昼はろくに歩き回ることもせずただ書類にハンコを押すだけでこの世を歩く。夜はご自慢の陽物と手を使い女たちを魅了する。」酔いも入っていたために社長に対する悪口が出てきてしまった。
「なかなか面白いわね。でも,外れたわ。ごめんね。このまま返すわけにはいかないの。」
その瞬間,意識を失ってしまった。
眼が覚めると全面,白い空間に居た。そこは病院である。腕に着いていたリストバンドを見ると「藤崎杏梨」と書いてあった。
「私って一体なんだっけ?」リアル過ぎる夢という虚構なのか。それとも現実にあった話なのか。彼女は混乱していた。