172.ドレス決め
市場から戻るとメアリーさんのお付きの方が俺の帰りを待ち伏せしていた。
「あれ?メアリーさんの…」
「はい、奥様がお呼びでございます」
俺はメアリーさんのお付きの方に案内されてヘンリーさんとメアリさんのお部屋に通された。正直な所、お二人の寝泊まりしている愛の部屋に足を踏み入れて良いのかと考えたが通されたのでそのまま入ると流石貴族の泊まる最上級のお部屋。客間があって奥に扉が2つ。きっと主寝室とお付きの人用か身支度部屋か、とにかく部屋の間取りも造りも他の部屋とは違い調度品も豪華なお部屋だった。
「いらっしゃいタクミさん、お呼びだてしてごめんなさい。ドレスの値段は決まったかしら?」
「はい。これからまた増えていくと思いますので完璧ではないですけど大体の値段は決まりました」
「そうですか。あまりに高いと購入できないのですがせめて1着はどうしても欲しくてヘンリー様にお願いしたら5000ペニーまでなら良いよと許可を頂きましたのよ。ですから是非ドレスの注文というか見積もりだけでもお願いしたくてご足労頂きましたの」
「ええ! 宜しいんですか? 宣伝用に着てもらいたいとは思ってますが、購入して下さるんですか?」
「え?!宣伝用に頂けるの?!でもそれでは…」
「賄賂になりますかねぇ?」
「それはならないけど、一応貴族としてはペニーを払わないと申し訳ないじゃない?」
「いや、俺としては化粧品の時みたいに是非お力添え頂ければ宣伝費のペニーの代わりにドレス支給って感じで宣伝してもらえたらなって思ったんですけど甘いですかね?」
「そんな!領地の商人の手伝いをして税収を上げるのは領主の務めだからペニーなんてもらえないわ!だって結局は領民が汗水たらして稼いだお金で私達は生活させてもらってるんですもの!これ以上もらったらバチが当たるわ!」
「えっとじゃあペニーはいりませんのでドレス支給という形で前回同様に宣伝をお願いできますか?今回は口コミしか広げられないので」
「あら?お店には置かないの?」
「後々置く予定ですがまずはメアリーさんが着てみて、着心地や使いごごち、評判などを知りたいんですよ。販売はそれからにしたいかなって思ってるんです」
「あら、慎重なのね。そうね。新しいデザインに世間の目がどう反応するのかもたしかに大切だわ」
「そうなんですよね」
「じゃあお言葉に甘えようかしら。ドレスは決めてあるのかしら?」
「まず好みを教えてもらえますか?発注予定だった物の」
「ウフッ嬉しいわ」
「え?」
「だって好きなドレスを選ばせてもらえるという事でしょう?それってとてもお得よ。商人なら売り出したい物を普通なら渡して宣伝してって言うところをタクミさんは選ばせて下さるんだから喜ばずにいられないわ」
「あはは。やっぱり着たいものを着る方がお似合いになると思いますし笑顔のレベルが上がりますからね」
「その通りね。じゃあ通常のお客様のように選ぼうかしら?まずは色々な形のデザインを見せてもらったけど、はしたないかもしれませんが正直値段が気になりますわ」
「そうですよね。ドレスの形によって反物の使う量も違いますしね。あの、一般的に皆さんはドレスはどの位の生地が必要という事を把握されていらっしゃる物ですか?」
「ええ。説明して下さる?」
「はい奥様。以前にも奥様からお話がありましたようにドレスのデザインは変わりがないものですから出入りの生地屋の御用聞きに一反〇〇ペニーの絹を三反買いたいとこちらの要望を伝え商品を購入したり、この時期になりますと向こうから良い品が入りましたと訪問の願いが来たりシーズンの時期には必ずお屋敷に大量の生地を抱えてまかり越します」
「なるほど。じゃあ値段はあらかじめ表記した方がいいか…」
「そうねぇ、デザインの絵を見せる時に表記しておくと良いかもしれませんわね。そうしたらこちらも決めやすいですわ」
「たしかに。値段がついてないと怖いですよね」
「そうね。タクミさんのはやはり高価だと思ってしまいますからね」
「思ってしまう?」
「ええ、生地屋と仕立て屋と装飾品の値段が全て混ざってるから一見高く感じるけど作り方によってはもしかするとタクミさんのドレスの方がお手頃になるドレスもあると思いますのよ」
「そうなんですか?」
「ええ、生地屋の価格は変わりませんが仕立て屋の価格は忙しい時期だからと価格が上がったり装飾品も物が少ないからと価格がこれも高騰したりとよくわからない値上がりがありますのよ。特にシーズン前に」
「なるほど。商売ですからね」
「ええ。だから逆にタクミさんのところで新しいデザインにシンプルなドレスを装飾品なしで作ってもあれだけの生地でデザインなら安上がりですわ」
「そうですね。シンプルなものだと生地一反で作れますね。もちろん夜会などの社交用には難しいかと思います。ドレスをふんわりさせると生地が沢山入りますからね。あとはスカートの中にパニエというものを社交用では付けてもらいたいのでそれも購入して頂くと初期投資は高くなりますね」
「パニエ?」
「中に着る補正用のスカートと思っていただけると良いかと思います。ちなみにそのパニエは社交用の同じようなスカートを膨らませるデザインには使い回しがききます。パニエをはかずにドレス自体の内側にパニエの役割をするものをつけたりとドレスによっても異なりますがパニエを作った方がもしかすると後々お得になるかもしれませんね」
「なるほど、1つのパニエでどれでも着られるのかしら?」
「いえ、ドレスの形によりパニエの大きさも変わりますからそれぞれ必要になるかと思いますけど、例えばこのデザインとこのデザインならば併用可能な物もありますがそれぞれ作ってもらう方が良いと思います。それからこちらとこちらはパニエなしですね」
「初期投資は仕方ないわね。でもできるならばパニエは安く仕入れたい所ね」
「そうですよね。できないことも無いですがふんわり感は無くなりますね。どちらかというとハリボテ感が出て可憐な感じや軽やかさは無くなりますね」
「それは問題だわ。ではパニエも必要ね。このデザインのパニエはおいくらするのかしら?」
「こちらは一番大きなサイズですから1600ペニーです」
「なるほど、そしてこのパニエに会うドレスがこのベルのような形をしたドレスね」
「はい、こちらは夜会でのダンスにピッタリなデザインで着る人を選ばないドレスです。豪華で上品、そしてロマンチックな印象を与えるドレスでウエストを細く絞り、腰から裾にかけて丸くベル(鐘)のように広がっているドレスです」
「これは素晴らしいわ。だけど私はそんなに身長もありませんし似合うかしら?ずんぐりむっくりにならないかしら?」
「大丈夫ですよ。身長をお気になさるならウエスト位置を高めにすると着こなしやすいですよ」
「なるほど、では逆に身長のある方は?」
「例えばですが背の高い方にはウエスト位置を少し低めにした方がバランスよく着こなせると思います」
「素晴らしいわ!」
「それに踊った時にもとても優雅な印象になると思います」
「そうね。で、これのお値段はいかほど?」
「こちらのデザインはパニエとあわせて4720ペニーです」
「キャー!やはりそうなりますわよね」
「はい。ここをシンプルにこうして反物を節約するとパニエとあわせて3940ペニーですが高い事には変わりありませんね。生地屋さんって相当儲けてますね」
「そうね。これよりも反物を節約できるドレスはどれかしら?」
「例えばこちらのすっきりした上半身と、ウエストから裾にかけて徐々に広がっているシルエットでアルファベットのAのようなデザインのドレスはパニエも必要ですが先ほどのベルのようなデザインと比べると反物も節約できますしウエストの位置が高いので、足が長く見えます。それからベルラインやこちらのプリンセスラインと比べて、シンプルですっきりとしたデザインのものが多いという特徴があります。でも、フリルやリボンを付けるなどデザイン次第では可愛くもできますよ」
「なるほど、背の低めな私にピッタリですわ!でもこちらのプリセスライン?こちらも気になるわ」
「Aラインよりもウエストからのスカートのふくらみが大きいデザインのプリンセスラインは華やかで可愛らしい印象のドレスでこちらもどんな体型の方にも似合いますが、お尻の大きさをカバーできたりするのでそういう悩みを抱えた方にも使えますしボリュームのあるスカートとの対比でウエストを細く見せる効果があります。ただ、メアリーさんの場合はドレスのボリュームに負けてしまわないように、レースやシンプルな絹とは違うあのアミアミのふんわりとした軽い素材で仕立てると良いかもしれません」
「まあ!タクミさんったら女装してマダムとしてお仕事された方が良いくらいの知識ですわ!」
「いや!さすがにそれはバレますよ。ヘンリーさんならバレないでしょうけど俺は無理です」
「確かにうちの旦那様は女装してもバレないどころか男性が放っておかないでしょうね。あれだけ美しいお顔なんですもの。女や私が申し訳なくなってしまいますわオホホホホ」
「あと、皆さんが通常着ていらっしゃるようなデザインのドレスや女神様のようなデザインそれから人魚のようなデザインやシンプルな物はパニエがいらないのでその分手に取りやすいかもしれません。やはりパニエのいるものは反物の量も沢山使うので豪華にはなりますがその分ペニーも豪華ですね。パニエが必要なドレスは最低でも1560ペニープラスパニエ代になります。さらに上からレースを透かせたりしたらもう一反は必要になりますから2340ペニーですね」
「そうですわね。やはりそうなりますわよね。」
「とりあえず、このデザイン、ベルのドレスは発注致しますわ。あとこのシンプルなデザインも」
「奥様、こちらのデザインは素晴らしいですわ!とてもキラキラした物が付いておりますわ!」
「うーん聞くのが恐ろしいほど美しいけどタクミさん、これはおいくらになるのかしら?」
「それはシンプルなIラインにビーズ刺繍のドレスなので807ペニーですね。ここのお袖の部分を刺繍レースにしてビーズにしてもこの価格ですよ」
「え!!安すぎやしませんか?」
「いえ、反物代でかなり稼いでますから問題ないと思います」
「なるほど、でしたらIラインのこのビーズで刺繍を施された物とベルのドレス、あと本当は欲しいのですけど…うーん!ここは我慢ですわ!」
「どれがお気に召しました?」
「ええ、生地をたっぷり使ったバラのお花のドレスとあの、森の妖精のようなあの緑のグラデーションでしたかしら?あのドレスですわ!でもあれだとパニエも入りますしとても購入できませんわムムム」
「なるほど、ベルラインとシンプルなタイプのドレスをお買い上げ頂くとなると5527ペニーなるのか。うーん、初めての購入の方にはパニエをサービスで1つ付けると3927ペニーになるのか。それだと買いやすくなるかな…うーん」
「確かにサービスでパニエがつくなら翌年も必ずタクミさんの所のドレスは売れますわね。それに次からはドレスの良さもわかってパニエも購入するでしょうし」
「え?パニエ売れますか?」
「ええ!親戚などに上げるときに必要になりますから。ドレスを買わなくてもパニエだけ持つ子もいるかもしれないわ。それに他の仕立て屋がデザインの真似をして作るようになる可能性もありますわ」
「そうなると奥様、質の悪い安価な絹で作られたタクミ様のデザインのドレスが出回る可能性もありうるかと思われます」
「そうねぇ。そうなるとタクミさんよりも他の仕立て屋や生地屋が儲かることになるわ」
「奥様、デザインを登録してはいかがでしょう?タクミさんのデザインを使う場合は使用料が必要となれば盗作された場合にきちんと制裁が加えられます」
「そうねぇ。それが一番良い方法かもしれないわ」
「なんか凄く難しい話になってません?」
「あなたのドレスは素晴らしいしきっと売れるとは思いますが盗作される事もありますの。それで盗作した側が登録をしてしまったら大変な事になるのよ。ですからここはアーロンに登録をお願いすべきですわ」
「はぁ」
「良いですわ。私からアーロンに話します。タクミさん、今から役所へお願いできないかしら?」
「今からですか?」
「ええ、善は急げ、思い立ったが吉日というでしょ?」
「は、はあ」
「ほらほら行きますわよ」
「はい」
『転移・役所』
ぐにゃーん
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