167.転送クローゼット
────その日の夜
「ほう、一反780ペニーですか。確か最上級の絹の一反は幅が36センチ、長さは12メートルでしたねぇ。よろしいのではないですか?妥当なペニーですしもう少し値をあげても構いませんが、この国に流れる絹を全て幻の生地に変えてしまえば良いのですよ。それにもし可能ならば幅72センチの6メートルや幅150センチの3メートルとかそういう反物を出しても構いませんよ。ムフフフフ」
「え?!でもアーロンさん、他の生地屋さんとか困りませんか?」
「いえ、問題ないでしょう。他にも生地を扱っておりますしそれに今まで甘い汁を吸ってきているはずですから。運送費は今かなりコストダウンされているはずですし自分達で仕入れている者もいるのにあれだけの高値のままずっときたんです。貴族を舐め腐っている者共にはいいお仕置きになるでしょう。フフフフフ」
く、黒い。この人は絶対的に回してはいけない人だよな。
「生地屋さん潰れたりしないですかねぇ」
「きっとそうなれば適正な価格にすると思いますよ。そんな絹の生地が20倍なんて本来ありえないのに成金趣味の者がいるせいでそんな事になっているのですから。絹の価格が下がればタクミ殿の幻の生地に手が出ない方が絹を買うようになり経済は潤うはずです」
「なるほど。では一反780ペニーという単価でドレスを販売しましょう」
「そうなりますと益々王都に店をと望まれるでしょうねぇ」
「そうですね。とりあえず次のシーズンで宣伝するという程度にして今はリッチモンドのお店での口コミとメアリーさんの口コミでどれほど売れるのか、そしてどれだけ生産できるかを見てから実際店を出すかどうかを考えてみます」
「かしこまりました。あとタクミ殿のお持ちのボタンいくつか譲っていただけますか?私共のシャツのボタンを付け替えますので」
「え?!協力して下さるんですか?」
「もちろんですとも。あとシャツの仕立てもお願いします。寸法表はこちらで、ヘンリー様と、ノア、ジャック、ジョージ、ジョンと私の分でございます。一人につき3着ずつ注文をお願いします」
「計18着ですね。あの、とんでもない額になりますが……」
「いえ、それで怪我や命を守れるならば安いものです。王都への移動の時には魔物から命を守り王都では怪しいもの達からの命を守る為の投資です。46時中鎧を着る事は今まで不可能でしたがこれで安心ができます」
「そうですか。初のお買い上げありがとうございます。じゃあ早速注文出してきますね」
「はい、お願いします」
こうしてマーガレットさんにも反物の価格を相談して結果一反780ペニーという事になった。
──── 翌日
「グリ、ポヨちょっとついてきてくれ」
「うむ、わかった」
『転移・マーニン島』
「ん?バイオレットの所では無いのか?」
「ああ、転送装置を作ろうと思ってな。出来上がったら向こうからこっちに品物を送ってもらう為に必要だし、今後もいるなって思ったんだよ。それからメモパッドもあったら便利かなって思ったんだ」
「うむ、なるほど」
「転送装置はなるべく大きめじゃないとダメだよな」
「あのドレスというものはかなりかさばりそうだ」
「だよな。うーん、そうだ!ボックス型のクローゼットを作ろう!ハンガーにかけて吊るして転送すればシワもつかないしな。それにシャツを送るのも積み重ねて転送すればかなりの枚数送れるし寝かせた状態で送るなら2メートル四方は必要になるけど高さを出せばそこまで邪魔にならないな」
「だが、あの膨らんだドレスはどうするのだ?それでは入らぬのではないか?」
「あ、あれは中に着てるパニエを外せば大丈夫だよ」
「パニエ?なんだそりゃ」
「ファスティトカロンのヒゲで作ったスカートの枠さ。ドレスの下にもう一枚骨組みとなるスカートを着てるんだよ」
「ほー。メスは色々と苦労するのだな。さぞ鬱陶しいであろうに」
「あはは、まあな。でも、ファスティトカロンのヒゲももしかしたら使わなくてもできるかもしれないってパニエを作る時にバイオレットが言ってたからもっと軽くなるかもな」
「うむ、で今からどうするのだ?」
「とりあえずクローゼットを作るよ」
俺は早速土魔法で箱型の小部屋のようなクローゼットをイメージして転送クローゼットを2つ作った。受信用と送信用ね。
「なぜ、今回は木で作らなかったのだ?」
「あそこだと、ほら湿気が凄いしさ木だとすぐに壊れそうだから頑丈な土魔法にしたんだ。それにこっちの方があそこのインテリアとしても合うだろ?」
「確かにな」
ちなみにハンガーも作ったよ。あと、メモパッドを倉庫に取りに行ったのだがある事を思いついた。今までマーガレットさん用で使っていたメモパッドに重ねてリンク魔法をかけてみた。重ねた理由はこのままいくとメモパッドの持ち歩く枚数が恐ろしい数になるので一枚で兼用できないかと考えてリンク魔法をかけてみた。
「うまくいってるといいんだけど」
「鑑定してみれば良いではないか」
「そうだな」
『鑑定』
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[ 名前 ]メモパッド
[ 用途 ]専用ペンを使い文字の交信ができる。
リンク魔法を二重にかけた事によりこのパッドのみ二枚のメモパッドと交信ができる。さらに他にもリンク魔法重ねる事も可能。但し三枚同時交信をするにはもう一度かけ直さなければできない。
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「おお!成功してる!」
「よかったな」
よーしこれからはこの一枚にどんどん詰めていこう。同時通話的なやつは同時にリンク魔法をかけるんだな。正直同時通話はいらないから俺の目的は果たしたな。
「よし、じゃあ今日はここで昼飯食ってそれからこれを渡しにいくか」
「おう!飯だ!飯!」
「今日はせっかくの屋外だしサンドイッチにしようぜ!あと、おにぎりに唐揚げに卵焼きとサラダ、それからカリフワとコンソメスープもあるぞ」
「うむ、この、おにぎりなる物は一口で食えるから楽じゃ。しかも具の魔魚もうまいぞ。それにこの黄色の卵焼き。今日はいつもと違って甘いのではないのだな」
「卵焼きな。たまには甘くない出汁巻もいいかなと思ってさ。俺の家は甘いやつで弁当に入ってるのが楽しみだったんだ。あとウインナーも好きだったな。でも子供ながらにタコさんウインナーの赤いウインナーは苦手で焼いてある噛んだ時にパリッとしたウインナーが好きだったな」
「ほう、タコさんウインナーか」
「あの味のウインナーはこの国にはないなぁ」
「そうか。今度は甘い卵焼きを焼いてくれ。我はあれが好きだ」
「そうか、わかったよ」
こうしてピクニック気分全開のランチを食べ終え一息ついて今度はバイオレットの元へと向かった。
「こんにちは〜、バイオレットいるか?」
「おお、タクミ殿いらっしゃいませ。本日はどうされた?今姫様をお呼びいたしまする」
「お願いします。今日は注文が入ったので仕立てをお願いしに来ました」
「そうでしたか」
「おお、タクミ。今日はどうした?」
「姫様、新たな注文だそうでございます」
「ほう、そうか。して内容は?」
「今日はシャツを6人分各3着ずつの計18着を仕立ててもらいたいんだ」
「ほう、そうか。すぐにやってやろう、ばあやチビにボタンを用意させろ」
「はい、姫様」
「ボタンの数とか言わなくていいのか?」
「ばあやは全て把握しておるから問題ない」
「そうか。凄いな流石やり手のお婆様だな。これ、寸法表だ。あと、受け渡し方法なんだけどさあ、これに入れて魔力を少し注いで欲しいんだ。」
俺はさっき作った転送装置の2つを取り出した。
「なんだこの部屋は?」
「うん、ここに物を置いてドアを閉めて魔力を注ぐと…こっちの木の部屋に届く仕組みの道具を作ったんだよ」
「ほう!これは便利だな。ちなみに妾が入ったらどうなるのだ?」
「いや、試した事ないしどうなるかわからないから絶対に入るなよ!死んでも知らないぞ」
「そうか、ではチビ達が誤って入らないようにせねばならないな」
「ちょっと待てよ。確かに危ないなぁ」
「タクミ、もう一度魔法をかけ直してみろ。次は条件を付ければ良い」
「グリ、条件ってあの、結界みたいにって事か?」
「そうだ。上手くいくかわからぬがやるだけやってみろ。例えば生きてる物が入っている場合送れないような条件を追加してイメージをするのだ」
「わかった。じゃあ作り直してみるよ。その方が早いからな。」
『リクリエイト』
ピカ────
光っただけで変化なし。こりゃ実験怖いしやっぱり鑑定だよな。
『鑑定』
─────────────────────
[ 名前 ]転送クローゼット
[ 用途 ]中に入れた物を送受信できる装置。
条件付き。生きているもの以外全て。
条件が満たされない場合発動しない。
条件を外す事も作成者であれば可能。
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「よし、上手くいったぞ、ありがとうグリ。これでチビ達が紛れ込んでも発動しないようにしたから送れないぞ」
「うむ、妾からも礼を言う。これならば便利で安心だ。タクミがここへ足を運ばなくなるのは少し寂しいがな」
「嬉しい事を言ってくれるな。もちろん遊びにちょくちょく来るよ。バイオレットやみんなはもう俺の家族だからな」
「人族に家族と言われるとはなフフ」
「あっ、調子に乗りすぎたか?」
「いや、心地よいぞ。のぉ、ばあや」
「はいですじゃ。」
「そっか。よかった。あとこれも渡しておくな」
俺はメモパッドの使い方を教えて今後発注とか遊びに行く時はこれで連絡する事を伝え、バイオレット達にも何かあればこれで連絡をして欲しいと頼んだ。あと余談だが軽く心配していた魔物だから文字って書けるの?という疑問も全然問題なかった。グリと同じく知能が高いし元は神様のご先祖様を持つ魔物なのでその辺りは心配する必要がなかった。ホッ。
「じゃあ、出来たら送ってくれ」
「うむ、わかった」
「それからあんまり無理しなくていいからな」
「この位、何ともないぞ」
「これからどんどん発注が増えてくるからバイオレットの負担にならない程度のスピードでやってくれ。大変だったらすぐ言ってくれ。そうじゃないとどの位発注とっていいかもわからないからな」
「お前、心配性の過保護だな。クックック」
「タクミ、かほご!かほご!ケラケラケラケラ」
「ほれみろ。チビにもからかわれておるぞ」
「過保護って言われてもなぁ。だって嫌な仕事させられて無理に働くのって家畜や奴隷みたいな扱いで良くないじゃないか。それにどの位が許容量か俺にはわからないし。注文だってどこまで受けていいものか悩んでるんだよ」
「そうだな許容量か。確かにそれは目安が必要だが妾にも今のところわからぬなぁ。先日のドレスで言うならば普段の仕事もしつつ息抜きで楽しんでやって1日2着と言うところか。ドレス作りだけするならもっと可能だな。シャツなら今回の場合ならばお前に作ったやつと同じものだと2時間もあればできるであろう」
「そんなに早くできるのか?ちなみに体に負担とか魔力切れとかないのか?」
「うむ、あの程度ではないな。むしろスキル上げにちょうど良いし新たなスキルも身についたぞ」
「どんなスキルだ?」
「デザインだ」
「へぇーそんな物もあるのか。細かいなあスキルって」
「ああ、だから楽しんでおるゆえ気にするな」
「そうか。わかった。じゃあ頼むな」
「うむ、あいわかった」
「あと、ドレスの件もあったんだ。他にもこういうドレスとか出来たりするか?」
俺はサーチで探したドレスのイメージを転写して見せると…
「これは面白いな。すぐにでも…」
「待った!これは注文されたわけではなくてな、お客さんに提案するために出したんだけどお前が作れなかったらダメだと思って見せてるだけで作ってくれって言ってるわけじゃないんだ」
「なんだ。つまらぬ。しかし良いドレスだ。他にも見せてみろ」
俺は色々と転写した物を見せるとおばば様も寄ってきて気がつけば侍女的な蜘蛛や護衛の蜘蛛達が群がりこのドレスはここが素晴らしいだのほぼデザインの品評会になっていた。
「どうだ?できそうか?」
「ムフフフフ。任せろ。むしろ妾はこのシャツよりもドレスを作りたいぞ。早く注文を取ってまいれムフフフフ」
「ばば達もぜひ作りたいですなぁ。のぉ?」
「「「「そうじゃそうじゃ」」」」
「だが、このキラキラした石はここでは手に入らぬな」
「その事なんだが、このビーズを使えないかと思って持ってきたんだ」
「おお!なんと美しい石だ。これはなんだ?」
「これはラインストーンって言って正確には石じゃなくてガラスなんだ。ガラスに少し工夫をしてさらに輝きを増してカットもその輝きが存分に活かされるように加工した物だ」
「こんな物を人族は産み出しておるのか。凄いな」
「いや、持ってるのは俺だけだと思う。俺が作ったからな」
「お主、どれだけ器用なのだ。という事はこれもお主のドレスの武器になるのだな」
「そうなるな」
「よし、素晴らしい物を作ってやろうではないか」
「頼もしいな。ありがとう。あとデザインの多少の変更とかも大丈夫か?例えば刺繍を薔薇から違う花や柄にして欲しいとか反物の色を変えるとか」
「うむ、問題ないぞ。安心して注文を取ってこい」
「よし、わかった!じゃあしっかり商売するからよろしく頼む!」
「ああ、存分にやるが良い」
「じゃあこれで俺達は失礼するな」
「ああ、また来い」
読んで頂きありがとうございます。




