155.チビ達とレンズ
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ
「おかえりなさいませ女王様、いかがでしたか?人の世は?」
「うむ、良い経験ができたわ。」
「左様でございますか。」
「そうだ、バイオレット。」
「何だ?」
「さっそく俺の服を作ってくれないか?」
「お主の服か。どのような物が良い?」
俺は磁気パッドを取り出して絵を描いた。体にフィットする伸縮性のあるTシャツをつたない絵を描きながら説明した。それから白い襟付きのシャツを一枚だ。
「これならば今すぐにできるぞ。」
「え?そうなの?ぜひ頼むよ!」
「うむ、服を脱げ。」
「え?ここで?」
「採寸がわりだ。別に測っても良いが脱いだ方が早いぞよ。」
「わかった。」
脱ぎ脱ぎ脱ぎ
ジトーーー
「何だよ、みんなしてその目は!」
「貧相な体じゃのぉ。」
「悪かったなぁ!脱げたぞ。」
「うむ、では結界も解けよ。糸で巻くから結界があってはできぬからな。」
「わかったよ。」
「よし。それでは。」
シュルシュルシュルシュル
白い細く綺麗な糸が俺の上半身にスルスル〜っと巻きついて、縦に横にと俺の体の上で糸が織り成され何と機織り機を使わずに一枚の布となりTシャツになった!糸から反物と仕立てを一気にやってのけたのだ。
「ええええ!!!凄くないか?!」
「このくらいの事ならば他の者達でも簡単にできるぞ。」
「着心地はどうだ?」
「凄くいいよ!軽いしサラサラしていて肌触りもいいし、それに伸縮性があるから動きの邪魔をしない!俺が求めていた以上の極上品だよ!」
「そうか。ではシャツも作ろう。」
「じゃ、脱ぐな。」
「いや、もうタクミのサイズはわかったからな。すぐにできるぞ。ただこのボタンとやらは、どう言う仕組みだ?」
「ボタンは生地と生地を合わせて留めておくんだ。ここに穴を布で作っておいてそして取り付けたボタンを穴にいれて留めるって言う感じ。この絵でわかるかな?」
「うむ、なるほど。あいわかった。ボタンは何を使う?お主、持っておるか?」
「そういや持ってないな。代わりになるものなんてないしなぁ。しまったな。」
「代わりになるものか。硬くてキラキラしておれば良いのか?」
「そうだね。何かあるのか?」
「そなた、レンズを持って参れ。」
「はっ!」
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ
「レンズ?」
「ああ、見ればわかる。」
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ
「どうぞ。」
「うむ、これならば使えるであろう。」
「へぇー綺麗な石だな。」
「石ではないぞ、これはレンズ。チビ達の抜け殻の目の部分より持って来させた物だ。」
「いいのか?貴重じゃないのか?」
「我らにしてみれば廃棄物だ。山ほどあるぞえ。」
「へぇー。抜け殻全部硬いのか?」
「いいや。レンズのところだけ硬く残りは柔らかいのお。お主の鼻息でも飛んでいくな。」
「そうなのか。」
「なぜか体の抜け殻は土に還るがレンズだけは残ってしまって廃棄場にはレンズが積み重なっておるのだ。邪魔で仕方がないが処理しようにも火をかけても燃えぬし水ではもちろん無くならず処理できずに増える一方で邪魔なのだ。」
「そうなのか。そんなに脱皮するのか?」
「ああ、3ヶ月に一度というところか。」
「へぇーでも、それならそんなにたまらないんじゃないのか?」
「このサイズだけならな。成長しても体を大きくする為子ほどではないが脱皮をするのだ。妾の脱皮した殻などは見事だぞ。」
「なるほど、そのレンズ、加工できないかな?」
「さあなぁ。我らは基本は毒魔法などがスキルが高く火魔法などはそんなにスキルの高い者はおらぬので試した事は無いが火力が強ければ溶ける可能性はあるが燃えてなくなる事は無いであろうな。」
「一度試しに挑戦してもいいか?」
「うむ、あれは我らにとっては邪魔な物ゆえ処分してくれるならば有難いのぉ。」
「んじゃ、後で案内頼むわ。」
「よし、シャツを作ってしまおう。それ。」
シュルシュルシュルシュル
おお!糸がまた縦横に通って結ばれながらシャツになっていく。お、ここでさっきのレンズ投入だな。おお、レンズに上手いこと穴を開けて糸を通して、しかも俺のつたない説明で糸で生地をかける為の部分までちゃんと作ってるよ。すごい。俺ボタン縫いなんてできないけど説明できてよかった。
「ほれ、できたぞ。」
「すげえ!早いし手触り肌触りもいいし、綺麗な光沢だな。」
「うむ、良い仕上がりだな。」
「なぁ、思ったんだけどこの糸や生地に色をつける事ってできるのか?」
「できるぞ。普段は食さぬが花や草を食べその色を取り込み色のついた糸を出す事ができる。反物にしてから染めた事はないができるのではないか?わからぬなぁ。」
「え?本当か?じゃあとりあえず、そうだな。今できる他の色はあるか?」
「うむ、今すぐなら黒だな。」
「黒?黒い物って何食べてるんだ?」
「いや、これは成長と共に身につく能力だ。妾ならば白、黒、茶、緑の糸は通常で出せるのだ。」
「え?そうなのか?」
「うむ、獲物を狩る際にチビどもは薄い白い糸しか出せぬが体が大きくなるにつれて他の色も出せるようになる。毒の種類もまた同様にな。」
「へぇ、そうなんだ。でも何でそんなに色んな色を出すんだ?」
「タクミ、よく考えてみろ。暗がりで白い糸は目立つだろうに。」
「そう言われればそうだなグリ。そっか!場所やシチュエーションに応じて糸の色を変えるのか!」
「その通りだ。白は基本だが、黒は暗がりで役立ち茶は木の周辺、そして緑は草むらなどだ。」
「たしかに、言われてみれば必要だし確実に見分けがつかないよな。」
「妾ほどになればその色は苦もなく出せるし一色ではなく色を薄くしたり濃くしたりと調整ができる。そうしてその地の風景に溶け込み罠を仕掛けるのだ。」
「すっごいなぁ!毒はどんな物があるんだ?」
「ただ、痺れさせて動きを鈍くするものから触れたらすぐに死ぬものまで様々だ。ちなみに我らが使う毒の調味料はピリッとした独特の辛味を入れるのに最適で必ず料理に加える。」
「へ、へぇ。ここの料理は遠慮しよう。」
「うむ、子供らが食している毒は少しピリッとして痺れる程度だ。」
「そ、そうか。」
「お主らだとどれ位の毒を食らうのだ?」
「そうだな。我らならばお主達がうまく処置できねば簡単に死ねるような毒であろうな。」
「簡単に死ねる?」
「うむ、そもそも働き蜘蛛共に噛まれれば大抵の者は始めに痛みを感じ毒を受けるのだ。例えばお主の小指に噛み付いたとしようか。まずは患部から上腕に広がり、さらに首、左胸にズキズキする痛みが生じ、だるさ、眠気、 ぼうっとした感じ、頭痛などが次々に襲ってくるであろう。さらに心の臓の脈は弱くなり呼吸は深くなる。ここまでになるのは1時間ほどだな。」
「1時間でそんな事になるのかよ!」
「うむ、さらにその後、痛みは腹部全体にまで達し、下肢がガタガタと痙攣するであろう。その後も腹部の痛みは耐え難い苦痛になり背中にも広がる。さらに、胸には締め付けられるような痛みが起こり喋ることが困難になって体全体が痙攣し息は苦しくなる。腹部は板のように硬くなり、咬まれた指は腫れ上がり唇は緊張して締まり、目眩がし、頭の中の血管が激しく脈打ち発汗が起こる。こんな具合に苦しみこの間に処置をしても大抵は手の震えは治まらず、顔は浮腫んで厚い舌苔を生じ息はゴブリンの吐く息のような悪臭を放ち、 腹部の腫れも引かぬであろう。まあすべての状態が消えるまでには丸8日は必要であろうな。噛まれたものが死なずに持ち堪えればの話だがな。」
「まじ怖え。俺そんな魔物の女王様を従魔にしたのかよ?」
「そうだ、光栄であろう?フフフフフ」
「はい、光栄です。トホホ。」
「そんな肩を落とすでない。お主はそんな恐ろしい魔物を味方につけたのだ。胸を張ってもしょげる事は何もないはずだぞよ。オホホホホホ」
「まあな。ちなみにその毒も種類があるのか?」
「もちろんだ。先も言ったようにピリッとする程度のものから人タイプの魔物にだけ効く毒や人族だけに効くもの。我らのような昆虫タイプの魔物に効くものや獣タイプに効くものもあるぞい。」
チラッ
「ムムム。確かにお主らの毒は強力だな。体が大きな魔物でもコロッと逝くからな。」
「フフフフフ。」
「だが、悪いことばかりではないぞよ。神経毒を上手いこと使い痛みを軽減させるものや和らげる物もある。物は使いようじゃ。」
「確かに言われてみれば。」
「だが唯一それも効かぬものがおるのだから妾も驚いたわい。」
ポヨーン
そうか。蜘蛛の毒って基本はタンパク質で作られてるからそれを溶かす事の出来るポヨには効かないんだな。ポヨすげえ。こんなに愛らしいのに最強。
「話はそれたけど、例えばグラデーションの反物とかもできるのか?」
「グラデーション?とはなんだ?」
「例えばバイオレットの着ているドレスの裾の部分を濃い色にして上に上がるごとに段々と薄くしていくんだよ。」
「ん?タクミよ、お主センスが良いな!そうだな。一色では確かにつまらぬが、そう言うこともできるな!うむ!早速やってみようではないか!妾のドレスがまた一枚美しく仕上がるぞ!フフフフフ」
「あっ!おい、とりあえずじゃあお前はそれをやるとして、レンズはどうするんだ?」
「うむ、おい、ばあや。こいつをレンズの場所へ案内してやれ、妾は忙しい。」
「はい。かしこまりました。」
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ
さすが女王だな。我が道を行くの典型。
「どうじょこちらへ。」
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ
「こちらを曲がったところでごじゃりまする。」
「ありがとう。あなたは女王のお世話は長いんですか?なんだか他の蜘蛛より・・・」
「ヒョヒョヒョ、そうでごじゃりまする。私めは先代の女王様の頃よりお仕えし姫様が幼き頃よりお世話を致しておりまするのじゃ。」
「そうでしたか。」
「はぁいぃ。」
「あの、俺の事怒ったりしていませんか?大事なお姫様を人族の従魔なんかにして。」
「フフフフフ。ご心配めされるな。女王の決めた事は絶対なのですじゃ。女王の意思そのものが我らの意思なのですじゃ。しかしよく思わぬものも始めは正直おりましたぞ。」
「やっぱり」
「ですが、あの、姫様の嬉しそうなお顔を見ればそんな者も今はおりませぬ。いつも我らを導き強くあらねばと日々を過ごされた姫様がかようにも楽しそうに糸を紡ぐ姿は女王となってからは今まで見せぬ表情でごじゃります。ばあやはそれだけでも嬉しゅうて嬉しゅうて。タクミ殿には感謝しておるのですじゃよ。この老い先短いババにとっては、これほどまでに素晴らしい褒美はごじゃりませぬ。これよりも、どうぞ姫様を喜ばせてやってくだしゃいませ。ホッホッホ。年寄りはいらぬ事ばかり申していけませぬのぉ。ささ、こちらですじゃ。」
「そう言って頂けてホッとしました。ありがとうございます。おばばさん。」
「良いですぞ。さっ、こちらがレンズの山ですじゃ。お役に立てば良いのですがのぉ。昔から処分に困り、これが溜まるせいで住処を変えねばならぬ時もごじゃります。何とかなれば良いのですがのぉ。」
「おお!すごい量だな!本当に物の例えとかじゃなく山だな。」
「ええ、チビどもの物は大した大きさではないのですがのぉ。ワシらはやはり大きくなりますゆえ」
「そうだ!チビちゃん達の物をまずもらっても良いですか?」
「はい。これ、おチビ達出ておいで。レンズを拾ってくるのじゃ。」
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ
「うおっ!ちっちぇー。」
「おばば様、これ?」
「これでいいの?こんなん、どうしゅるの?」
「この前のお肉の人族!あーとう!」
「これこれ、はよう持ってくるのじゃ、タクミ殿が困ってしまうぞえ。」
「「「「はーい」」」」
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ
「どうじょ。」
「ありがとう。さてと、これに穴が開けられるかが問題だよな。」
「おや、穴ならばチビどもでも簡単に開けられますじょ。やって見せておあげ。」
「はーい」
すこっすこっすこっすこっ
「できたよぉー」
「へぇーすごいなぁ。俺も試していいですか?」
「どうじょ。」
「それ。」
『ウォーターキリ』
シューシューシューシュー
「一応できなくはないけどチビちゃん達の方が早くて綺麗だな。」
「そのようですな。では、ババから姫様にチビ達の仕事として与えるよう進言いたしましょう。」
「えっ!でも、それじゃあ負担になりますよ!それにチビちゃん達に労働させるのはどうなんでしょうか?」
「いえいえ、この穴あけは普段から力を付けるためチビ達に教えておる事ですから物を変えて穴を開けるだけですじゃ。しかも要らないものがなくせるのであれば一石二鳥ですじゃ。」
「えっと、バイオレットの許可が出たらにしましょう。」
「タクミ殿はお優しいお方ですのぉ」
「いやいや、んじゃ次に俺はあの大きなレンズを加工してみます。」
「はいはい。では、拾うのはこちらにお任せあれ。」
さてとこいつはチビ達との物とは桁違いに硬くて頑丈だ。しかしこの透明度。これを溶かしてガラスにできないだろうか?
「まずは火だな。すみません、火を使いたいので危ないですから、こちらには来ないようにしてください。」
「はいですじゃ」
「「「「はーい」」」」
じゃあまずはガラスが軟化する730度くらいの火力を当ててみるか。イメージは火炎放射器だ。
『ファイア』
ゴゴゴゴゴ
んん手強いな。もう少し温度を上げてみるか。暖炉の点火用の火くらいの温度だ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
おっ、多少だけどうねっとしたぞ。もうちょっと上げて900度でどうだ?
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
いい調子だ!だが、溶けるまではいかないか。それに温度を上げればここの洞窟がもたないよな。うーん。もっと温度を上げることはできるがなぁ。
シュー。
うーーーーん。
「おい、タクミ。ポヨならばうまく溶かして変形させる事もできるのではないのか?」
「どうだろう?あいつは分解しちゃいそうなんだよな。」
「物は試しだ。ポヨやってみろ。一枚の板にしてみろ。」
ポヨーン
パクっパクっパクっパクっ
四つのレンズを体を大きくして取り込んだポヨ。体をピカピカ光らせて数秒、光が止まった。
「やっぱ難しいよな。」
べーーー。
「嘘だろ?出来てる!!!マジかよ?!」
「やはり、こやつの消化酵素と随分相性が良いようだ。」
「でも、どうやったんだ?!」
ポヨーンポヨーンポヨヨーン
「うむ、液を薄めてレンズを柔らかくして均しただけのようだ。その応用で形を変えて整える事もできるそうだぞ。」
「えっ?てか、お前あのポヨの動きでそこまで分かるってそっちに驚きなんだけど!!」
「細かい事は気にするな。そういう奴はモテぬぞ。」
「余計なお世話だよ。人生でモテたことなんて一度もないよ。悪かったな。ヘン。それにしてもポヨ、よくやったな!これは凄く頑丈なガラスだぞ。そうだ!店舗のショーケースに使おう!それから我が家のサンルームにも使えるぞ!」
「これはようごじゃりました。さっそく姫様に報告せねば!チビ達や、レンズは集まったかえ?」
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ
「うん!ババ様いっぱい拾ったよ!」
「見てみて!こんなに!」
「おうおう、よぉ集めたのぉ。偉いぞよ。ではそれをタクミ殿にお渡ししておいで。」
「ほら!採ったよー!」
「ああ、ありがとう。」
「ではタクミ殿、姫様の元へ参りましょう。そちらの出来たものもお見せしますゆえお持ちください。」
「はい。」
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ
「姫さま〜!!!」
「なんじゃばあや、騒々しい。」
「やりましたぞよ。あのレンズをスライムが変形させおりましたわ!」
「なんと!誠か!」
「ああ、なんかポヨが上手くやってくれたよ。」
「タクミのスライムは一体何者だ。不思議な力を持っておる。まあ良い。それで、使えそうか?」
「ああ、時たまやってきて加工してもらって行ってもいいかな?」
「うむ、構わぬ。こちらも有難い、あれには場所を取られて難儀しておったゆえな。」
「あと、このチビレンズをボタンにする事なんだけど。」
「それは私めから申し上げまする。姫さま、タクミ殿が穴をあけるよりもチビ達の方が早いですし、チビ達の訓練にもなりますゆえ、ボタン作りはチビにやらせてはいかがですかな?足先も器用になりますしな。」
「ばあやが言うなら、そうしてみるか。だが、無理はいかんぞ。」
「はい。ありがとうごじゃります。」
「では、タクミ、ボタンも含めてこちらで作ってやろう。それからお主、他に良い仕立ての案はないか?」
「そうだなぁ。マーガレットさんの本には載ってない刺繍でバイオレットの服作りを見て思ったんだけど刺繍レースなんてどうだ?」
「刺繍レース?」
読んで頂きありがとうございます。




