149.忍び寄る毒
「まだ、見つからないのか!」
「はっ。市場の表通りも裏通り、路地に至るまで捜しましたが見つかりません。」
ドカッ
「うっ!」
「じゃあ何故いない?見つからなければ我々があのお方に八つ裂きにされるんだぞ!もっとよく捜せ!」
「お頭!いやした!あの二人、役所の中で仕事してやす!しかも随分前からいたようです。」
「何?!では、我らの気配を感じて早々に役所に入ったというのか?」
「へ、へぇ。」
「一緒にいた獣と男はどうした?」
「いえ、そいつはいないようです。」
「うーん。とにかく報告だ。あの方がこちらに着かれる前に報告をしておけ。」
「へい。」
「チクショウ。一体どうやってあの場から消えたんだ?ありえないだろ?それとも民家にでも逃げ込んだのか?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「へ、ヘンリー様!」
「うっ、すまない、失礼する。うう。」
「おやおや、どうしたんだい?アーロン。」
「はい・・・ウィリアム、実はヘンリー様が吐き気が酷くていらっしゃいます。」
「それはいけない!どうしたんだい?」
「わからぬので頭を悩ませております。一体、どうされたのでしょうか。ここの所、体調がよかったのですが、やはりこの旅はまだヘンリー様のお体には負担が大きかったのでしょうか?」
「そうだね。元々、彼は病持ちだからねぇ。」
「ああ、それから何か不思議な声がするともおっしゃって、今日の昼も貴方と別れた後、知らない庶民に急に声をかけられて、さらに突然、後を付けられているようだ!と言い出しては大声で走れ!と言われたり、ヘンリー様が急に何かに取り憑かれてしまったかのように、変貌してしまったのです。どうしたものか。」
「それはいけないねぇ。そうか、知らない庶民に急に声をかけるなんて、それは奇行だね。よし、腕の良い薬師に薬を頼んでおくよ。」
「そうしてくれますか。ウィリアム。よろしくお願いします。」
なんだ。そうだったのか。報告では見知らぬ男との接触があったとは聞いていたが、クックック。知らない庶民に声をかける?よしよし、思惑どおり薬も効いているようだな。街の者に声をかけたというのなら頭のおかしな領主という評判はすぐに広まるだろう。フッフッフッ
「それでは私は薬を手配してくるよ。」
「はい、よろしくお願いします。あと、申し訳ないのですが、徴収日に盗賊の捕縛をする話ですが、ヘンリー様がこの状態では私も付きっきりでお世話をする事になりますし、貴方に負担をしいてもなりませんので、今回は見送りしてヘンリー様の体調が整ってからというのは難しいでしょうか?」
「うむ、構わないよ。」
「そうですか。それはよかった。様子を見てヘンリー様とこちらの資金投入の事を相談してみますので、それで今のところは堪え忍んで頂きたい。」
「うーん。わかったよ。とにかく、薬を頼んでくるね。」
「はい、ありがたい。」
ガチャ
「ああ!アーロン!私は誰かに見られている気がする!そうだ!あいつだ!あの絵を覆い被せてくれ!」
「かしこまりました。ヘンリー様。」
「いかがですか?多少落ち着かれましたか?」
「あー、アーロン、私はどうしてしまったんだ!」
「ヘンリー様、体調も優れませんし、ここは一つザマゼットでの公共事業に使う為に持ち込んだ鉱石を少しこちらに回して資金の代わりと致しませぬか?今のこの状況では盗賊討伐も難しいですし、体調もこの状態ですから視察なども難しく現状、お屋敷でお身体を休ませるべきかと思います。」
「そうだね。ウィリアムには申し訳ないが、彼に頑張ってもらうしかないようだ。なんて私は不甲斐ないのだ。」
「そんな事はございません。さっ、私が付いておりますので、お屋敷に戻りましょう。役所の者の前を通るときはどうぞ胸を張り今まで通りの品の溢れるお姿でお願い致します。」
「わかったよ。アーロン。苦労をかけるね。」
「いえ、とんでもない事でございます。」
「そうだ、屋敷の絵画にもせめて私の寝室だけでも布か何か被せてくれないかい?僕はあの目が恐ろしくて。」
「そうですね。手配しますのでご安心ください。それでは、馬車の用意をしてまいります。」
「うむ、わかったよ。」
チッ!布を被せて中の様子はわからないが、まあ良いだろう。声だけはきちんと聞こえるからな。
「おい、城での奴らの見張りはしっかりとしておけよ。次はしくじるな。」
「はい。かしこまりました。」
うーん。もしや隠し部屋や、のぞき窓の事に気がつかれたか?だが気づいたのなら、声を殺して呟くように話をするはずだし、気のせいか。それにアーロンがあそこまで動揺しているのだ。薬が効いてるな。さらに、マンドレイクの根を与えようじゃないか。
「フッフッフッ。」
「ヘンリー様、お待たせいたしました。馬車の準備が整いましてございます。」
「そう。ありがとうアーロン。」
トントントン、ガチャッ
「失礼するよ。城に戻るのかい?」
「はい、ヘンリー様の状態があまりに悪くなってまいりましたので城にて休ませて頂きます。」
「そうか。たまたま、体調が悪くなった時に飲んでいる常備薬があったから、とりあえず今はこれを飲んでくれよ。」
「ありがとうございます。」
「眠くなる成分も多少入ってるから城に帰って飲むと良いよ。」
「そうさせてもらうよ。ありがとう。ではウィリアム、あとはよろしく頼むね。」
「ああ、ゆっくり休んでくれ。」
「では、失礼。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「旦那様!どうなさったのですか?」
「体の具合が悪くてね。帰ってきたんだ。」
「ですから、今朝、無理はなさらないようにとお伝えしたではありませんか。アーロン!すぐに寝室へ。貴女は温かい飲み物をお願いするわ。貴方は旦那様のお召し替えをお手伝いしてちょうだい。」
「はい、奥様。」
「それから、寝室にある絵画を布で覆ってください。気分を害されるそうですので、すぐにお願いします。」
「かしこまりました。」
「そうだ。ウィリアムから薬をもらったんだよ。」
「まあ。では寝室で飲みましょう。」
「そうだね。メアリー、いつも世話ばかりかけてすまないね。そんな寂しそうな顔をしないでおくれ。私は大丈夫だよ。」
「はい。旦那様。」
その頃寝室の絵画の裏では絵画の目であるのぞき窓を使って中を注視する者がいた。一人のメイドが布を持ってやってくる。まさか、ここも役所と同じように見えなくするつもりか?
バサッ!
おいおい、これじゃ中を確認できねえじゃねえか。まあ、話し声は聞こえるから問題ないか。
ガチャッ
「ヘンリー様、さあ、ウィリアム様から頂いたお薬でございます。こちらを飲んでお心安らかにお休み下さい。」
「うん、ありがとうアーロン。それから先ほどの鉱石の話だが、今晩にでも君からウィリアムへ話をしてくれ。そうだな。彼に任せるのだから徴収する倉庫にでも置いておいてもらおうか。」
「かしこまりました。お伝え致しますので、どうぞゆっくりとおやすみ下さいませ。貴方様が倒れてしまっては領地が立ち行かなくなってしまいますよ。」
「そうだね。」
「では、私は眠りにつかれるまでお側におりますのでご安心下さい。」
「ああ、ありがとう。あと、メアリーが心配をしないように配慮を頼むよ。」
「かしこまりました。仰せのままに。」
「おや、もう眠りにつかれましたか。随分とよく効くお薬ですねぇ。こうなってはウィリアムに感謝ですね。私は書類整理でも致しましょう。」
カリカリカリカリ
どうやら、ヘンリーも寝たようだな。アーロンはここで足止めか。中が見えないのは微妙だが致し方あるまい。ウィリアム様に報告を出すか。
トントントン
「はい。」
「アーロン、旦那様は?」
「はい、この通りグッスリとおやすみです。」
「そう。よかったわ。お疲れでいらしたのね。私は妻として気がつけなかったわ。ごめんなさいね貴方。」
「メアリー様のせいではございません。貴女様が悲しい顔をされてはヘンリー様も落ち込んでしまわれます。どうか、お顔をお上げくださいませ。」
「そうね。ありがとうアーロン。妻としてこういう時に私がしっかりとせねばなりませんわね。」
「はい、奥様。その通りでございます。」
「おや?アーロン、どなたかへお手紙?」
「はい、ヘンリー様の体調不良を考えて少しこちらで逗留せざるをえない事を船長と次の旅先の宿屋に連絡をしようと思いまして。」
「そうね。それが良いわ。それにしてもすごい数ね。」
「はい、全ての旅先へ送りますので、数が多いのです。」
「そうですか。苦労をかけます。」
「いえ、これは私の役目ですので。」
「ウフフ、貴方がいればヘンリー様は安泰ね。」
「光栄でございますが私などまだまだでございます。それでは、私は手紙を送りに行ってまいりますので、ヘンリー様をよろしくお願い致します奥様。」
「はい。ありがとうアーロン。」
「もったいなきお言葉でございます。それでは失礼致します。」
ガチャッ
出て行ったか。手紙か。一つくすねてみるか。
ササッ
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さあお前たち、頑張って手紙を届けるのだよ。」
バサバサバサバサバサバサバサバサバサバサ
「さてと、私は夫婦水入らずに水を差すのは些かはばかられますからねぇ。少しお茶にでもしますか。」
コツコツコツコツ
「レイブンパロットにはやはりこれに限るぜ。」
バサバサバサバサバサバサバサバサ
「おいおい、落ち着け。俺はお前の持つ手紙が気になるだけさ。」
うっとおしい奴だ。だが、こいつを殺しては手紙が盗まれた事がバレるからな。どれ、内容は?
「何も書いてねえか。ん?そうか、魔法か。流石に手紙を失くしたり誰かに拾われたらかなわねえからな。だが、そんな防止策も意味ねえがよ。それ、"汝の姿を現したまえ!"」
ボワーン
なになに?主人体調不良の為、城にて逗留。予定を変更しキャンセルの願いを・・・
「なんだ。本当にただのキャンセルかよ。それにしても手の込んだ事を。まあ、領主の体調不良なんて他には知らせたくねえか。これはウィリアム様に報告だな。」
シュタッ
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