123.八つ当たり
「何だって?辞める?!どうしてだ?」
「いえ、そろそろ俺も親方株の取得に動いた方がいいと思ったんですよ。」
「たしかに、言われてみれば年齢と経験を考慮すれば、遅いくらいか。」
「へぇ。ですからね、お話をと思いまして。」
「本当にそれだけか?昨日の事があるんじゃないのか?もし、昨日が原因なら忙しくもなるし、残ってもらいたいが、どうなんだ?」
「たしかに昨日の事も原因の一つですが親方株を欲しいというのも事実です。」
「そうか。うーん。」
「まあ、親方がどうしてもとおっしゃるなら、多少ペニーは今より心付けしてもらえりゃ俺ももう少しこちらにお世話になる事も考えてみても良いですがねぇ。」
「そうか。だが、それはお前の将来の妨げになるからな。ここはグッと涙をこらえてお前の輝かしい未来を応援しようじゃないか。まあ、頑張ってくれ。」
「えっ?俺がいないと新たな発注も捌けなくて困りませんかい?」
「そりゃ、困るがまた新たな職人を育てるなり探すなりして雇うさ。いつまでもお前の未来の足かせになるのは良くないからな。ちなみに自分から辞めるわけだし、期限もまだ残ってるのに辞めるっていうんだから当然、契約違反の罰としてのペニーは払ってくれるよな?それを使って新たな職人を探すさ。」
「え?いや、あの・・・。」
「当たり前だろ?うちの雇用は半年毎の契約だ。七日前に契約更新したばかりだろ?お前忘れたのか?まだ契約をしただけでペニーの支払いはしてないが、お前が契約違反をする事には変わりがないからな。今後働かないならペニーはこちらは払わないし、きちんと違約ペニーもとる。普通だろ?それに親方株を目指すやつなんだ。そういう契約事もきちんと教えておかないとな。んじゃ、違約ペニーは七日以内に頼むぞ。」
「お、親方・・・す、すんません。俺、契約の事すっかり忘れていて・・・その、なんとか違約ペニーなしにしてもらえませんか?そうだ!俺の退職の際のペニーは要りませんから!」
「何を言っているんだ?お前。退職のペニーなんて出るわけないだろ?契約も満了せず、さらに自分から辞めるというんだ。こちらが辞めてくれという場合は多少出すが、こんなタイミングで辞めていくやつに払えるものなんて1ペニーすらないぞ。お前もわかるだろ?」
「い、いや、その、で、でしたら契約満了まで、お世話になってそれで辞めます。」
「うーん。そうか。だが、いつ辞めるか本当に契約を満了してくれるか今のお前では信用できないからなぁ。これで半年分の支払いをして逃げられても困るからなぁ。どうしたもんか。」
「いや!逃げませんよ、それにここにはお世話になってますし、そんな恩を仇で返すような真似しませんよ。」
「そうか?それにしてはうちの嫁の躾がなってねぇだの言ってたよなぁ昨日。俺より身の回りの世話から色の出し方とかうちの嫁さんの方がお前に親身になって世話してるはずだが、おかしいなぁ。」
「いや、その、あれは・・・。」
「俺は嫁が大好きで嫁の作る作品やさらに補修の能力は俺以上いや足元にも及ばねえくらいの腕前の職人であり恋女房だ。俺をあんまり舐めてくれるなよ。お前に対して信用が無くなった。昨日でも大事なお客さんに随分だったよな。ここは俺の店だ。お前の店じゃねえ。お前が客を選り好んで良いのはお前が親方株持って店開いた、てめえの店だけなんだよ。んな事は下働きのガキでもわかるこった!だが、お前が辞めたいって言うなら仕方がねえ。このクソ忙しい時に辞めるんだからきっちり違約ペニー払ってもらうぞ。それから!これはギルドにも報告を入れておく!お前がここの違約ペニーを払い終わるまでは親方株の取得手続きもできないと思え!わかってるとは思うが借りたペニーにはギルドはうるせえからな。どこの地域に行っても、返し終わるまでは信用は持てねえからそのつもりでいろよ!」
「ひ、ひぇ!そ、そんな!」
「それが嫌なら違約ペニーが払い終わるまでうちでその分働いて清算するんだな。もちろん全て違約に回すからもちろん払い切るまでタダ働きになるな。どちらにするかよく考えろ。七日以内に違約ペニーを持ってくるか、それともタダ働きするのか。それから今までと同じ日当で働けると思うなよ。日当は3ペニーだ!話は終わりだ!」
「お、親方!チッチクショー!わかったぜ!違約ペニーを払ってやる!300ペニーだろ?!ドッグタグだせよ!今すぐ払う!」
「そうしてくれるか。よしよし、んじゃ部屋も今日中に空けてくれや。」
「フンッ!こんな店!こっちから願い下げだ!あんなガキの客に頭下げてどうせ大した利益も見込めねえのにペコペコ頭下げて恥ずかしくねえのか?みてろよ!」
「ああ、そうだな、お前が開く店はきっと大繁盛するだろう、頑張ってくれ。そうそう、くれぐれも一年の旅で魔物に食われないようにな。じゃあ話は以上だ。」
「フンッ!」
ガチャッ!パターン!
「フゥー。馬鹿なやつだな。さて、新しい職人を探さないとな。」
トントントン
「はい。」
「あんた、ちょっといいかい?」
「どうした?アリシア。」
「今さっきものすごい勢いで私を睨み倒して荷物まとめて・・・」
「ああ、あの馬鹿か。辞めたよ。」
「や、辞めた?!昨日のことでかい?」
「まあ、それもあるだろうが、俺の足元見て日当を上げようと揺さぶってきたから、あいつの願い通り辞める事を受理したんだ。」
「えっ!でもこの前、契約したばかりだろ?」
「あの馬鹿、どうやら頭に血が上ってすっかり忘れていたようだ。だからきっちり違約のペニーを支払ってもらったよ。」
「あんたにしては、珍しいわね。うちは基本的には事情によっては違約ペニーはとらないのに。」
「あいつの場合は揺さぶりかけて日当を上げて、こちらが文句を言えば、いーんですか?辞めますよ?って脅してくるような奴だ。そんな奴はいない方がいい。それに、店としても客人にあの態度は困る。あんな事をのさばらせるのは良くない事はわかっていたが昨日はあれで収めたんだ。それなのにあいつときたら・・・。」
「まあ、仕方がないかねぇ。」
「ああ、そういや親方株を取るつもりらしいぞ。」
「へぇー。そうかい。できるのかねぇ。」
「さあなぁ。だが、俺んとこを喧嘩別れしたって言う話はどうせすぐ広まるからなぁ。冒険者とパーティー組むなら当然信用が必要になるがあいつはまぁ、難しいだろう。だが、戻ってきてもあいつはもう、ここの敷居はまたがせねえぞ。」
「かなり、ご立腹だねえ。」
「当たり前だ!お前の事にケチつけたんだぞ!あいつは!俺はお前の事を最高の嫁さんだと思ってんだ!あんな馬鹿にうちの大事な女房を馬鹿にされてたまるか!」
「あらあら。それは嬉しいわ。でもそれ、あんたの大事な壺を修復できるのがあたしだけだからじゃないわよね?ええ?」
「おいおい、昔の事じゃねえか。今は・・・お前が一番だよ。」
「なんだよ!あんた!今の間は!ええ!やっぱり未だに、壺のがあたしより恋しいとか言うんじゃないだろうねぇ?」
「何を言ってるんだアリシア!俺はアリシアが一番さ!さあ、明日も早い、そうだ、寝よう!もう夜遅いからな!あははは!」
「なんだよ!その棒読みは!本当にもう!」
「悪かったよぉーあははは。」
それにしても、あの馬鹿大丈夫かしら?ヤケを起こさなければいいけどねぇ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
マーニン島で加工を終えてとりあえず休憩室におくテーブルと後片付け用ワゴンとそれらの対となる調理場や洗い場の方のテーブルをとりあえず作って付与魔法はかけずにとりあえず今日はこれでおしまい。日が暮れてきたから、ハートリーフの乾燥具合を確認してあと1日ほど乾燥させたら今度は熱を加えて苦味や臭いを飛ばすために焙煎してみようと思う。焙煎って時間を間違えると苦味が増したりするって言うから落ち着いてやりたいんだよね。外に出ると遠くの方からグリが帰ってくるのが見えた。きっとポヨを背に乗せているんだろう。
バサッバサッバサッバサッ
「なんだ、タクミ。迎えが早いな。」
「実はもっと前からここに居たんだ。あっちで今日の分のやる事が無くなったからここでテーブル作ってたんだよ。そっちは訓練どうだ?」
「そうか。ポヨはなかなか、筋が良い。湖に入ってプカプカ浮きながら食われるのを待って、食った魚を内側から消化して吸収していたぞ。」
「え?マジか?」
「うむ、腹が空いていたのかもしれんな。3匹ほどそうして腹ごしらえしておったわ。」
「ポヨがだんだんと恐ろしいやつになっていく。」
「まあ、スライムだと思って他の魔物も飛びついたのだろうが、弱いふりして自分を囮にしておびき寄せるとはなかなかだ!ムフフ。明日もしっかり訓練してやろう。」
「そっか。んじゃ宿に戻るか。」
「おう!」
宿の中庭に転移してグリを従魔小屋に入れ建物に入るとそこに、昨晩喧嘩をふっかけてきたあの、職人が宿に泊まろうと手続きをしていた。ゲッ!顔合わせたくねぇー。でも何で宿なんかに居るんだ?おかしくないか?家はキースさんの所で住み込みのはずだし・・・。
視線を感じたのか、キースさんの店の職人はこちらへ振り返ると突然、うわ!っと声を出し俺の元に駆け寄り胸ぐらを掴んできた!
「てめえのせいで!てめえのせいで俺はあそこを辞めさせられたんだ!てめえさえ居なければ!」
「お、お客さん!うちの泊まり客に何してんだ!」
「うるせえ!この小僧のせいで俺は貯めたペニーも職も失ったんだ!お前さえ居なければ!」
「く、苦しい、離してもらえます?」
「このまま絞め殺してやる!」
「そうですか。じゃあ仕方ないですね。」
『転移』
シュッ
シュタッ
「ん?消えた?いや目の錯覚?めちゃくちゃ早いスピードで動いたのか?どうやって?」
「すみません、俺、殺されるわけにいかないんですよね。と言う事でよくわかりませんけど、ちょっかい出さないでもらえます?それに俺が力使うとあなた、怪我しますから本当にやめて下さい。」
「な、何をこのガキ!」
ガン!
「何だこれ?」
「結界です。もう俺には触れることすら近づく事も出来ませんよ。じゃ、おやすみなさい。」
『いったい、何がどうなってるんだ?』
ーーー翌朝
「今日もマーニン島の湖に直行でいいか?」
「うむ、湖で水浴びするからそうしてくれ。」
「飯はどうする?」
「適当に湖の馬を食うからいいぞ。」
「好きだなぁお前、馬。」
「うむ、最近食ってなかったからな。」
「んじゃ、俺も一緒にそのままマーニン島で飯にするかな。あの、厄介な奴と朝から顔を合わせたくないからな。」
「そうか。まあ、その方がいいだろうな。昨日の話を聞くと面倒な事になりそうだからな。」
「そうだ。俺には何がどうなってるのか、さっぱりわからん。昼過ぎに工房に行くからその時に聞いてみるさ。とりあえず今日はテーブルの付与魔法とハートリーフ!こっちが重要だ!」
「そうか、ではまいるか。」
「おう、行くか。」
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