118.ボビーさんの娘さん
『おい、タクミ、見えたぞ。あの町ではないか?』
空が茜色に染まる頃、俺たちは商人としての仕事の目的地であるバーズレムにようやく到着する所だ。
『あの町かぁ〜!窯業の町って言ってたよな!楽しみだなあ!』
『うむ、もう少し行ったあの木のない草原に降りるぞ。』
『おう!』
予告通りグリは木のない草原の上に差し掛かるといつも通り急降下して体を地面ギリギリのところでひるがえしバサッバサッと翼を羽ばたかせながら砂煙をおこし地面へと無事着地した。相変わらずの派手な着地に少しずつではあるが慣れてきた。そしてグリは獅子の姿に変身して俺を乗せ村の門へと連れて行ってくれた。
いつも通り門をくぐるといつもとは違う光景が目の前にあった。そう、なんと出迎えが居たのだ。
「あの、失礼ですがリッチモンドのタクミさんですか?」
「はい、そうですが貴方は?」
「私はボビーの孫のダニエルと言います。父に言われて貴方を待っていました。」
「え?ずっとですか?」
「そうですね、半時ほどですかね?」
「それはお待たせしました。すみません。」
「いえ、全然構いませんよ!謝らないでください。大した事じゃないし、それに仕事がサボれてむしろお礼を言いたいくらいですよ。」
「そ、そうですか?」
「ええ、うちの主に母が人使いが荒いので、タクミさんに感謝ですよ。」
ニコニコと優しそうに微笑む気の弱そうな、でも物凄くでかい体・・・もとい立派な体格をしたボビーさんのお孫さん、ダニエル君は頭をかきながら恥ずかしそうに照れ隠しなのか少し顔を赤くして笑っていた。そして町の中を工房までの道すがら軽く案内もしてくれてめちゃくちゃ優しい人というのがこの数分でわかった。そして15分ほど歩いただろうか?ロータリーになっている市場や日用雑貨などを売る商店などを抜けると高価そうな陶磁器の食器や飾り用の壺や皿、ティーカップなどが軒先に並べられた窯業の工房街にやってきた。どれもこれも素晴らしい作品ばかりで女性が好みそうな可愛らしいお花の図柄の物やとても美しいエメラルドグリーンのカップに金の線が入ったティーカップとお皿のセット、上品な色使いの美しい何に使うか用途がまるでわからない、どでかい壺などが並べられていて、どれもこれも芸術品か?と錯覚するほど良いものばかりだ。ぜひいくつか購入してレストランで使いたいと思った。
「私の家はこっちです。」
そう言って通されたのは、この辺りでは一番大きなお店の裏口にやってきた。
「母ちゃーん。お客さん連れてきたよー」
かあちゃん?なんか、やけにしっくりくるな。
「連れてきてくれたかい。んじゃ家ん中にお通ししな。今、手が離せないんだわぁ。」
奥から女性の声がしたが、もちろん姿は見えない。ボビーさんの娘さんでダニエルさんのお母さん。きっとイカツイ女性が出てくるんだろう。きっとまたすっごい腕の太いたくましい女性なだろう。
奥に進むとその考えはあっけなく覆された。俺の目の前には大きな棚が部屋の壁面の全面に配置され、そこに多くの芸術品と思わさせる、ここで作られたであろう素晴らしく美しい皿やコップ、これは陶磁器でできたスプーンだな。貴族のお家にありそうな食器類たちが所狭しと棚に置かれ、その部屋の中央の作業台の前で、梱包作業だろうか?手際よく、だが、丁寧に美しく磨かれた食器を木箱の中に納めている引き締まった筋肉の腕を持つスラっとした美人が作業をしていた。俺は辺りを見回しダニエル君が話していたボビーさんの娘でありこの、心優しそうなでえたらぼっちのような青年のかあちゃんを探すが、この作業場にはこの女性しか見当たらない。まさか、かあちゃんって・・・。作業が終わったのだろう。引き締まった腕の美しい女性がこちらに振り向き笑顔を見せる。
「ダニエル、ご苦労だったね。んじゃ、次は薪を割っときな。お客人、遠方よりようこそいらっしゃいました。ここの主人の妻でボビーの娘のアリシアと申します。父からくれぐれも粗相のないようにと、手紙をもらってます。」
「初めまして。タクミと申します、こっちは従魔のグリとポヨです。よろしくお願いします。」
「早速ですが、父からは少し変わった物を作って欲しいとの話を手紙で伝え聞いておりますが詳しい事はタクミさんと話をしてほしいとの事で、あの父が変わった物というくらいですから、お会いできるのを楽しみにしておりました。ぜひお話を伺いたいのですが、お疲れであれば明日に致しますがいかがですか?」
どうやら、彼女は俺の発注する風呂やトイレの事が気になって仕方がないようだ。好奇心旺盛でボビーさんと同じく新しい物を作る事が大好きなようだ。顔はあまり似ていないけど、中身はボビーさんという所かな?これは仕事がやりやすいぞ。
「では、早速ですが個人宅につけるトイレと風呂釜を作って頂きたいんです。」
「トイレに風呂釜?失礼かもしれないが、それは商売になるのかい?トイレなんてものは大体が木製の椅子でできてるだろ?それに風呂はこの国の者はだいぶ前の王様が禁じているし、はっきり言って売れないんじゃないかい?」
「いえ、風呂の法律に関してはそのうち改訂されるはずです。毎日風呂に入り体を清潔にする事により病の予防になるという事がわかったので法律は改訂されると思いますし、今後、少なくとも貴族や富裕層は風呂を求め始めると思います。そしてトイレにしても木では汚れも落ちにくく、さらに臭いもつくし、俺が作ろうとしている物は水洗トイレにする予定なので木では不十分なのです。」
「水洗だって?この水が貴重な国でか?」
「はい、確かに水は貴重ですが、貴族の方々は水魔法の使い手が必ず仕えていますし、まず始めは貴族や商人の富裕層をターゲットにして販売する予定なので問題ないのです。そして将来的には水路を国に通してもらい庶民の生活にも普及されると予想してます。」
「なんだか、随分とでかい話だねぇ。まあ、こっちとしてはペニーさえもらえれば、なんでも作るけど大丈夫なのかい?とーちゃんから凄い奴だからって言われてるけど見た所、うちの息子と歳もそんなに変わらなそうな若い兄ちゃんだし、しかもあんた、恐ろしく騙されそうな人の良さそうな顔しているが、誰かに騙されたりしてないかい?」
うおっ!めっちゃ心配されてる!そうだよな。途方も無い事言ってるよな。だって国の法律がそのうち変わるとか水路がそのうちできるはずとか、今までに、そんな進化が無いんだから突然そんな予言的な話しされても困るよな。うーん。困った。ここで作ってもらえないと俺のデザインの高級商品しか取り扱いがなくなるしバリエーションがなくなっちゃうな。それに、俺がいなくなった時に誰も修理や新たな商品自体が無くなってしまうのは問題だ。なんとかここで作ってくれる人をみつけないと。
「突拍子も無い事を言っているとはわかっていますが、これにより、流行り病にかかる事ももちろん減りますし、さらにいうと美容にもとても良いのですよ。俺は近いうちにお店を開くんですがそちらで入浴のサービスを提供するんですが、使い心地を試して頂き気に入ったお客様にご購入頂くように考えていますので、始めのうちは売れなくても構いません。他で採算が取れますので。ぜひ女性が可愛い!と思ってくれるようなデザインの風呂釜を製作してほしいのです。」
「うーん。どうやら宣伝も考えているようだし、まあ、売れなくてもいいって言うなら作るは作るけど、売れ行きが悪くても文句言わないでおくれよ。」
「もちろんです!発注したいのは大きさはこのくらいで深さは・・・」
俺は一生懸命、風呂のサイズや深さ、それから若干斜めにして角度をつけて排水がしやすいようになど思いつくありとあらゆる細かい注文を出して、色もつけられるなら是非ピンク色と白と緑色の風呂釜をお願いしますと注文した。白はホテルとかの高級なイメージで、ピンクは釜に水を張るとその水の色が目の錯覚で美しい水色に見えるらしいのでピンクを。さらに緑は目に優しく落ち着く色なので緑を発注。あと、もし、できるのであれば保温効果を付与してほしいとお願いしたが、どうやら付与魔法は別の人に依頼してほしいと言われたのでここでは作れないようだが、後から付与を与えればいいのでお店の従業員に雇うと良いのでは?と言われた。なるほど。そういう手もあるな。当面は俺が付与すればいいが発注が増えてきたら、そういう従業員を雇えばいいんだ。話をしているうちにどんどんアリシアさんがその気になっているのがわかる。その流れでトイレも説明して注文を出すと、アリシアさんの顔つきが始めの心配そうな顔から、もうそこには職人の顔になっていた。一段落したところでアリシアさんが口を開いた。
「タクミさん、すまなかった。」
「え?何がですか?」
「売れないとか、その、余計な事を言ってしまったわ。これは凄い商品よ。それに、普通注文ってこんな細かく出さないし職人任せな事が結構多くて、そこで微妙な物を作って売れないと注文どおりに作っても文句を言われてペニーを支払ってもらえない事が多いのよ。だから無難な物しか作らないようになってしまっている現状がこの町にはあってね。あなたを疑うような事を言ってしまったわ。申し訳ない。」
「いえ、売れなければ、俺の狙いが外れただけですし、アリシアさんやこの工房には何の責任もありませんよ。」
「そう言ってくれるなら、私らも一生懸命この風呂やトイレが作れるわ。それにこれはもうできたも同然よ。」
「ん?」
「だって、ここまで細かな発注、受けた事がないわ。むしろこれ、あなた一度作って試しているんじゃないの?」
「ええ、実は完成品はあるんですが材料もないのでただの土壁でできた風呂釜なので、できればもう少し洗練された美しい見た目の風呂釜が商品にするには必要だと思いまして、できれば俺にも少し材料を分けて貰えると嬉しいです。」
「やっぱり、あんた作れるんだね。コリャ傑作だわ!とーちゃんがあんたを気にいるわけだ!あんた商人よりよっぽど職人のが向いてるねぇ。」
「はい、ボビーさんにも同じこと言われました。」
「そうかいそうかい。そうと決まれば明日から製作開始しようじゃないか。あんたの作る風呂釜やトイレも見てみたいから、まずはそれからやろう。あんたに材料の説明をするからまず、作ってみなよ。それをお手本に私達も作るから。」
「俺のを手本だなんて!」
「とーちゃんから聞いてるよ。あんた付与魔法もできるし、保温とかは作る時に込めるからマジックアイテムになるっていう事。」
「ご、ご存知でしたか。そうなんです。全部それでは高額すぎて、一般の普及には適さないし・・・。」
「そうね、あんたが思ってる雇用も生まれない、仕事の振り分けができないってやつだろ?」
「そこまでボビーさんから聞いてるんですか?」
「ああ、とーちゃんから雇用を増やす努力もしようとしてるから助けてやってほしいって手紙にはあったんだけど、あたしらとしては、そんな利益の分配なんかするお人好しがどこにいるんだ?とうとう、父ちゃんもボケたか?って思ってたのさ!ガハハハ!」
「いえ、ボケるどころかまだまだ現役バリバリで、俺が初めて訪ねた時には、こんなもん作れるかぁ!ってお客さんに怒鳴ってましたよ。」
「あははは変わんねぇな、父ちゃんも。安心したよ。だが、どうして利益の分配なんか考えるんだい?利益の独占はよくある話だし商人ならそれが当たり前のような気がするが、その逆は聞いた事がない。」
「あははは、俺もいつか死にますけど、その時に、もし、俺の風呂釜とかが当たり前に普及した後に誰も作れなかったら文明が一気に逆戻りしてしまいますよね。俺のアイディアを俺が一人隠匿して作り方すら広めなかったら似たような物はきっと誰かが開発するとは思いますが、一時的に文明が止まってしまうし、それでは困る人も出てくると思うんです。俺としてはより良い暮らしになればと思って商売をしようと考えてますから、作り方を普及する事も一つの願いです。まぁ、ペニーを儲けてさらに、俺自体も良い暮らしがしたいですし。」
「良い暮らし?」
「はい、色んな国に行って美味しい物や食材を集めたり、新しく使えそうな物を発見したいし、そうだなぁーダンジョンとやらにも色々行って食材を集めたいし、そうそうデッカイ湖も買いたいですね。そしたらグリが心置きなく水浴びができるし・・・」
「フハハハハ!あんた、良い暮らしがそれって面白い奴だなぁ!よし、わかったよ。あんたを信頼しよう。そうと決まれば片付けして新たな工房のパートナーの歓迎会をしなきゃな。ちなみにこのグリっていうのが父ちゃんの酒飲み仲間だね。聞いてるよ。父ちゃんからお前がタクミさんを気に入ったら是非、酒も出してやれって言われてんだい。」
グリの目が急にキラーンと光、よだれをすする音がした。
「おいおい」
「さ、片付けするからあんたらは部屋に行ってな。ダニエルに案内させるよ。」
「えっ?宿に泊まるつもりで来てますから」
「あっ?何言ってんだい!あんたは大事なうちの客だしここに泊まっていきなよ!」
「あっ、でも宿に予約入れているので」
「そうかい、予約を入れてるならキャンセル料取られるしもったいないか。わかったよ、仕方がないね。何日いる予定なんだい?」
「一応、最長で7日の滞在を考えてますが。」
「じゃあ3日後からの予約はキャンセルしちまいな。3日間はキャンセル料を取られるが今からなら3日後の予約はキャンセル料なしで予約を取り消せるからね。ごちゃごちゃ言ってきたらアリシアにそうしろと言われたといいな。」
「わ、わかりました。」
「よし、んじゃあたしらは片付けして晩餐の支度するから、あんたは宿に行ってとりあえずキャンセルだけしてまた戻ってきな。」
「は、はい!」
すげえ、なんか圧が強い!
「あっ!すみません、料理なんですけど一品だけ俺に出させてください!ボビーさんに、娘に食わせたいって言われてた物があるんですよ。」
「なに?父ちゃんが?」
「ええ、なので一品だけ俺出しても良いですか?」
「ああ、頼むね。じゃあ後でな。」
「はい。」
こうして俺は薪割りをしていたダニエルさんに宿に案内されて宿へとやってきた。案の定キャンセルの話をすると嫌な顔をされたがアリシアさんの名前を出すとその表情は一変した。
「なんだ、アリシアんとこか。んじゃ仕方ないね。あの子が泊める客っていやぁよほど気に入られたんだろう。あの子は人使いが荒いからしっかり頑張りな。」
こうして、始めこそ嫌な顔はされたが、アリシアさんのおかげで和やかにキャンセルが無事できて、3日だけの宿泊となった。
こうして俺はダニエルさんと共に工房にすぐに戻った。
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