1章 page.1
脳内では何度もありますが、言葉に著したのは初めてです。
どうぞ、心を緩くもって読んでもらえればと思います。
次の更新は、ある程度書き溜めてからの予定です。
少し期間をいただきます~
え、プロローグしか上げないつもりかって?
ハハ、ソンナコトスルワケアリマセンヨ!
平凡生い茂る新緑の季節。
「コアちゃん、おはようございます。もう起きてたのね。」
見渡す限り生える植物、花、樹木、樹木、樹木。
「あらあらまぁ!今日は朝から豪勢に木苺のスコーンにレモンのクロテッドリームだなんて!」
小動物の戯れ、鳥のさえずりを横目に毎日が過ぎていく。
「何かいいことでもあったの?~~っ、やっぱりおいしい!さすがコアちゃんだわぁ。」
「おはよ、お母さん。別に何もないよ。」
少しお寝坊で、そして底抜けな元気をもって毎日を過ごす母との二人暮らしの日々。森の中腹、整備された山道と未開拓地の境にあるこの家にたどり着く人などは、狩猟者か迷子か。この森を降りた先にある街も、王都からは遠く離れた片田舎である。
「ほんと、寝起きから元気すぎ。」
「コアちゃんはいつも落ち着き過ぎよ!わくわくるんるんってしすぎても良い花の乙女なのに・・・」
落ち着いた、しかし人目を惹く美しい茜の髪と発色のきれいな金の瞳。
健康的に焼けた肌をした、印象的すぎる色彩の母は年齢を感じさせない美しい人だ。その上、出るところはでて、絞まるべきところは引き絞められている、凹凸のある体。その見た目に負けることのない溌溂とした澄んだ性格も相まって、実年齢よりもだいぶ幼くみえる。私自身、自分の母というのに不思議なくらい似ていないと思う。
髪の色、以外は。
「コアちゃん、聞いてるの?」
「ううん、あんまり。それより今日は街に行ってくるね。そろそろ日用品も補充したいし。」
「ああん、ひどい!でもそんなところも好きよ!・・・ねぇ、もっとスコーンはあるのかしら?」
「お母さん、私の話聞いてる?」
なぜあんなに食べても太らないのか。食べた分はすべて胸に供給されているかのような・・・別に凹凸はいい、本当に、別に気にしてなんかはいない。本当に。
何はともあれ、朝食はもう済ませていた私は予備にと焼いておいたスコーンを母の前に置いて、ダイニングから出るためにエプロンをとる。母といえば、目の前に置かれたピンク色のスコーンに夢中である。
「ふふっ、全然聞いてないし。」
「む、聞いてますよ!ってまさかコアちゃん、もう出てしまうの?」
用意していたバックを手に取りながら、子供のようにほっぺを膨らませてスコーンを食べる母に思わず笑っていたら流石に見咎めたような声を出された。
「うん。薬草も売りたいから、どうせなら午前と午後のどちらの行商市にも間に合わせたくて。」
「コアちゃん。まさかそのままで行ってしまうつもり?」
せっかく追加のスコーンで気を紛らわせていたのに墓穴を掘ってしまったことに気が付いたが、もう遅かった。返る言葉が手に取るように思い浮かんでしまう。
「・・・・・・髪も顔もちゃんと洗ったよ。」
「ちっがーう!そんなことは当り前です!ほら、こっちに来なさい。」
「でも、早くしないと、馬車に間に合わ」
「じゃあそこでじっとしていてね!」
確かに自分は同年代の同性に比べたら、その・・・色々がズボラである自覚はある。言い訳をさせてもらえば、こんな森の中に母と二人きりが日常である。普段会うのは同年代の友人達・・・などではなく、野山を駆け回る動物たちだ。彼らは私がどんななりをしていようとも歯牙にもかけず、威嚇し、または懐っこく近づいてくるのだから外見などに意識がいくこともなくなるのは普通ではないだろうか。
などといった事を思う私とは裏腹に、母はこの考えに徹底抗戦の構えを続けている。
「お母さんなんかよりも綺麗な茜の髪で、透き通るような白い肌で、深紅の薔薇のような瞳なのに!髪もお肌もちゃんとお手入れしないと勿体ないって、お母さん何回も言っているでしょう。」
「そ、そんな事、思うのはお母さんだけ。」
ダイニング入り口で律儀に棒立ちしていた私を颯爽と捕獲しそんな恥ずかしいセリフを吐く母の手には、いつの間にか持ってきたブラシと髪ゴムが握られている。
手際よく私の髪をすき、結わっていく。括るというのが相応しいようなことしか出来ない私には未知の手さばきで整えられていくのは、なんとも言えないむず痒さがある。しかしこの母から逃れようものなら、その後の反動が凄まじいものになる。なので、この攻防が私にできる唯一の妥協点だった。
「ほうら、あっという間にすごく素敵よ。観念して練習しましょう?ね?」
「ありがと。でもこうしてお母さんにずっと結わってもらいたいから。じゃ、行ってきます。」
「とても棒読みじゃないの、もう!でもそんなところも大好きよ!」
行ってらっしゃい、とよく通るソプラノの声を背中に玄関口にかけておいた外套をはおりフードをしっかりと被った外へ出た私は、慣れた足取りで山道を進む。
森の中に住む私たちの生活は、食料に事欠いたことは未だない。だけど、そのほか日用品を森から調達するにも限度があるので、定期的に街へと降りて買いだめをして生活していた。
その資金源として、山で採れた薬草を乾燥させたものや、山菜、花などを行商市で売っている。自然に感謝だ。
そして今日も、日用品その他もろもろの買い出しのため山を下り街へ向かうところだった。
(もう9時になる。急がないと。馬車に間に合うか・・・)
「仕方ない、近道しよう。」
思わず駆け足で進む。綺麗に後ろに結わわれた髪の先が、項を擽るように憎らし気に揺れる。
このままでは山道出入り口に停まる乗合馬車に間に合わない。この馬車を逃すと、街につくのはお昼を過ぎてしまう。なので本来は母に禁止されている近道、というなの獣道へ進路を変更するため、整備された道を飛びぬけ一見うっそうと茂る藪に足を突っ込んだ。
「!今朝の雨でぬかるむ。午前の行商市に間に合いたいのに・・・っ」
「調剤士が来るからか?」
「!!」
いきなりそばで聞こえた低い声に驚き、足を止めて振り返った。
「ああ、驚かせたな。すまん。」
「・・・いえ、大丈夫です。急いでるので、では。」
「ただ、女の子が通るような道じゃないと思うが、」
そこに居たのは、母よりは少し若い位に見える大柄の男の人だった。
インクを薄めたような濃灰色の髪が短く刈られ、そのしっかりとした体躯によく焼けた肌は、傭兵という言葉が似合う風体だ。
私は、かけられた声に特段の反応を返すこともなく足早に獣道を進み始めた。なんであろうと今は急いでここを動かなければならない。それは、今や今やと迫る乗合馬車へ向かうためでもあり、この人の前から早く姿を消すためにだ。
「・・・君、珍しい色持ちなんだな、赤い瞳だなんて。」
「!」
「それにしてもこんな道を行くほど急ぐ理由は、その薬草か?素材を求める調剤士はほぼほぼ午前の行商市にくるもんな。」
「なんで、」
「だとしても君一人でこんな道・・・どうした?」
言っては何だが、生まれてこの方森育ちの私にとって獣道も慣れた道だ。たまに狩猟者に出くわした時でさえ、瞬く間に現れいなくなる私を引き留めることも、まして追いつくこともできない。その私が駆け足で進んでいるにも関わず、斜め後ろで悠長に会話を楽しもうとしている。そしてなにより、この人は効きにくい人だ。
この人は、危ない。
「!君、何して、」
「・・・っ」
「待て、無茶するなっ———」
幸いにもこの獣道のすぐそばは急な斜面になっている。煩わしく思っていた土のぬかるみも今ではよく滑りそうで都合よく、地面には落ち葉や朽ちた枝が多くありクッション性もよさそうだ。これならなんとか飛び降りれる、とものの数秒で判断した私をきっと母は咎めはしないだろう。
「~~!ぅぅ、」
すでに遠く、後方から声がしているような気がする。ところどころ体も痛いし、なにより外套が土で汚れに汚れている。これでは乗合馬車に間に合ったとしても、乗せてくれるかどうか。
今日はついてない。しかし、何よりうまく逃げ切ることができた。きっと午前から行くなと、そうゆう日なんだと無理やり気持ちを飲み込むことにした。
「川も近いみたい。さっさと洗って午後に備えよう。」
一番の稼ぎになる薬草の売れ行きにはあまり期待はできなくなった。これでは日用品だけで資金のそこは尽きるだろう。
そんなことをぼんやりと思いながら、チロチロと音の聞こえる方へ足をぎこちなく進める。のもも数分でたどり着いた川辺に膝をつき、土にまみれた外套を脱いだ。
「街に行けるだけいいんだ。・・・午後は外からの人が多いし。危ないけど。」
立ち止まってみて気が付いたが、心臓がうるさいくらいに鳴っていた。この外套を着ていてもたまに瞳や髪の色がすけてしまう事はままあった。だけれどもそれは、その他大勢の人間がもつ茶色よりも少し赤っぽいな、程度だ。あんな、完全に断言される程は初めてだ。
思い出すだけでまた、心臓がどくどくと音をたて体温を上げていく。川の水の冷たさが火照った体には丁度よかった。
「あの人、なんで私の色を」
「これは見事な赤・・・あ、」
「え、」
外套をつかみ川に突っ込んだ手からわたる冷たさのせいか、血の気が一気に引いたのが分かった。
自分はいま、外套をまとわずにここにる。あんなに火照っていた体温が嘘のように、喉の奥が途端にカラカラと乾いた。そこまで来て初めて、警音がなるように逃げろと頭によぎる。膝をついた足を立てるべく動かしたとき、石がこすれて音を立てた。
「ま、待て!別に俺は君をとっ捕まえたいとかいう訳じゃない!断じて違うと誓うから、俺はここから動かないから、もう無茶して逃げないでくれ!」
大人の男性によるあまりの必死の叫びに少し気おされた私は、違和感のある足を無理に立ち上げることをやめてぺたんと座ってしまった。
「何度も不意をついて声をかけたのは、悪い。ただ、あんまり珍しくてつい声が出ちまったんだ。」
「・・・」
「なあ、質問していいか。」
後悔の滲む表情が見えた。しかし、それも徐々に薄れていくのはなぜだろうか。そして体がとても不安定なふわふわとした感覚に襲われる。頭がガクッと落ちそうになるのに耐え、何とか前の彼の人へ視線を向けた。
「ありがとう。その、質問てのは、君は・・・っおい、おい!」
なんだろう、何かお礼を言われた気がするがなぜだろうか。でも、ああ、もう。
「つかれ、た」
「あっ、バカ野郎、そっちに倒れるな!死ぬ気か!!」
バシャン、と冷たい何かに頬を打たれた気がした。その直後、体がたうたうような感覚に襲われる。まさかあの人ぶたれたのだろうか。だとしたらなんという理不尽か。一発文句でも言ってやりたいのに、瞼も口も開くことができなかった。
「確かに俺はあそこから動いてしまった、しまったがな、不可抗力だからな!ほら水を吐け!」
確かにぶたれていたことを知るも、一発文句どころか沢山の感謝を送ることになるのはまた次のお話で。