1:18
死にたかったのに気が引けた。
カッターナイフで手首を切り付けるのは浴室が汚れるし、不慮の事故と見せかけた交通事故は終わり方が残酷だし睡眠薬はうっかり命拾いしがちだ。そんなことを言い出したらキリがないと思い、結局見晴らしのいい都庁近くのビルに登った。
展望台から眺める景色にそっくりだ。見渡す限り、ビル、ビル、ビル。赤や白、青や緑と色とりどりに咲いたネオンが眩しい。ここから一歩踏み出せば、明日私は、一面とは言わずとも新聞の見出しを飾るだろう。
そうすればまだ世界にいたことを母は気付くだろうか。父は嘆くだろうか。
思い出すだに陰鬱になる。それだけで胸の蟠りがこれ以上にないってほど存在を主張して泣くから、一思いにフェンスを乗り越える。
これが本当の空中散歩、と前足を踏み出した時だ。
「え、死ぬの」
そんな呑気な声がした。人がいるとは思いもよらず、慌てて周囲を見回す。暗がりの中を夜に慣れた目が走ると、男がいた。暗く、よく見えない。が、やがて浮き彫りになる。真後ろの建物に足を引っ掛けてから、と棒突き飴を転がした男は、さぞ残念そうに高みの見物を決めていた。
「だれ」
「な、死ぬのやめない? おれ今日誕生日なんだよ」
いい歯の日、って笑うその日は1月18日ではなかった。代わりに男は懐から取り出した懐中時計で、1:18を示した。だからなんだ。
「そんなこと言い出したら毎分毎秒誰かの誕生日だけど」
「そうなんだよ、実際」
「屁理屈」
「まぁな。嫌だなぁ死なれんの。こっちは寝覚め悪いだろ」
今にもフェンスから手を離せば落下してしまう78階建ての超高層ビルの上。男は私に近寄ると、そっとその手を差し出した。
「いらないならくれよ、その命」
以下、制作中
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