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私は右手に銅製ボウル。左手にカモ肉が入った麻袋という色気のカケラもない姿でダイニングルームに移動して、ベルントさんとヴォルフさんにダイニングテーブルの椅子にかけてもらったところで、猫耳の双子が売れ残っている焼き菓子を持ってやって来た。オレンジやプレーンなど複数種のスコーンに、クルミとレーズンのはちみつケーキは二本あった。
「クルミとレーズンのはちみつケーキが二本あるなら、一本はカットしてスコーンと一緒にお出しして。あと、お茶の用意もお願い」
「はい。分かりましたけど……」
「セリナ様。どうしてボウルを持っているんですか?」
銅製ボウルを右手に持っているように見える私を見たルルとララは、不思議そうに小首をかしげた。ちょうど調理場で右手にボウルがくっついた時、双子は焼き菓子を回収するため店頭に行っていたので右手にボウルがくっつく瞬間は見ていなかったことに気付き遠い目になる。
「ちょっとね……。まぁ、ご覧の通り右手がふさがったの」
「ええっ!」
「ふさがった!?」
右手をブンブンと振って、ボウルが右手の平から離れないことをアピールすると猫耳の双子は大きな瞳を丸くして驚愕した。
「そういう訳で私は今、右手が使えないから……。これが取れるまでルルとララの仕事を増やして、不便をかけてしまうかもしれないんだけど」
「不便だなんて、そんな!」
「なんでも遠慮なく言って下さい!」
ついさっきハリエッタ姫からあからさあな敵意を向けられた直後なだけに、親身になって私を心配してくれる双子に心が温まるのを感じた。
「二人とも、ありがとう。あと、このカモ肉はヴォルフさんからの頂き物だから……」
「では、こちらのお肉はひとまず保冷庫に入れておきますね」
「お肉いつもありがとうございます。ヴォルフ様!」
カモ肉を受け取る瞬間、ルルとララは猫耳をピンと立たせてニコニコ顔で、お礼の言葉を言う声もひときわ弾んでいた。やはり新鮮なお肉を頂けるのは双子も嬉しいようだ。
てきぱきと動いてクルミとレーズンのはちみつケーキをカットし、お茶を用意する双子を横目に黒熊獣人と銀狼獣人の正面、ダイニングテーブルをはさんだ向かいの椅子に腰かければ、素晴らしいタイミングで白磁器のティーカップに入れられた熱いお茶と、ほどよくキツネ色に焼けているクルミとレーズンのはちみつケーキや黄金色のスコーンが乗った白磁器の皿が木製テーブルの上に並べられていく。
椅子に座ってから右手がテーブルによって死角になるので、向かい側に座っているベルントさんとヴォルフさんや双子からボウルが見えなくなっているのを良いことに、コッソリと火魔法を使って、熱することで右手からボウルが離れないか試してみたが、銅製ボウルが熱を持ってヤケドしそうになったので慌てて氷魔法でボウルを冷やす。
魔法を使えばすぐ取れるんじゃないかと軽く考えていた部分もあったので、思ったよりも厄介かもしれないと痛感し、私は人知れず肩を落とした。




