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「あれは?」


「何だか侍従さんが、困り顔ねぇ……」


 鮮やかなエメラルドグリーンのマントを身に着けている白銀髪の貴族獣人は、みけんにシワを寄せながら何やら声を荒げて侍従トーランスに詰め寄っているが侍従の方は首を横に振っている。何を話しているのかは遠くてよく聞き取れないが、どうやら獣人貴族は何らかの要求があるが侍従はそれをのむ事を拒否しているようだ。


 よく見れば侍従と獣人貴族の後ろには黒髪の女官長ミランダさんがいて、ローザがこちらに居るのに気づくと早足で私たちの元にやって来た。


「ローザ。ちょうど良かったわ! あの方に見つかると面倒だから、別の通路を通って戻って!」


「え、あの方は一体どなたですか?」


「あの方は蒼狼公国の公爵よ。レオン陛下に書簡を持って来たんだけど、寵姫ローザが聖女だと噂を聞いて是非、自分と会ってほしいって」


「そんな……。私、聖女ではないのに」


「もちろん、私たちも『寵姫ローザは聖女では無い』とお伝えしたんだけど公爵が納得してくれなくて困っていたの」


「蒼狼公国の公爵……。私の口から直接、聖女では無いとお話すればご理解して下さるでしょうか?」


「下手にローザが顔を見せると面倒なことになるから、あいさつとか直接の会話は絶対にしないでちょうだい! これはレオン陛下の指示でもあるから!」


「分かりました」


 黒髪の女官長にうながされ、私たちは通路を引き返し、別のルートで戻ることになった。女官長の後をローザが歩いていく。私も謁見の間に入る為に現在、借りているドレスを脱がなくてはいけないので慌てて二人の後を追う。不意に視線を感じた気がして後方を見ると、遠くから獣人公爵の深い碧眼が私たちをじっと見つめていた。


 私は妙に落ち着かない気持ちになりながら公爵に軽く頭を下げた後、急いで女官長とローザの後を追いかけた。最近は個人的にほとんどはいていないハイヒールのクツに、少し脚が痛くなりながら歩いているとプラチナブロンドの髪を揺らしながらローザは黒髪の女官長と視線を合わせた。


「女官長……。伯爵令嬢フローラは今後、どうなるのかしら?」


「レオン陛下は明日、伯爵令嬢フローラの状態を見てからと言っていましたが。魔力ドーピング以外も余罪がありますから、投獄もしくは貴族であることを考慮して相応の場所に幽閉した後に準備が整い次第、正式な裁判を受ける事になるでしょうね」


 レオン陛下も言っていたが魔力ドーピングの他に、寵妃ローザへの傷害、後宮への放火、首飾りの窃盗。おまけに実家のフルオライト伯爵家には複数のメイドを殺害した容疑もある。どれ一つ取っても重罪なのだから最早、伯爵令嬢フローラの未来は真っ暗だろう。


「フローラ……。何でこんなバカなことを」


 水宝玉色の瞳に悲しみの色を浮かべたローザが切なげに目を細めた。伯爵令嬢フローラは王太子妃や王妃になるという欲さえ出さなければ、上級貴族である侯爵家の夫人として悪くない暮らしが出来たはず。


 それを投げうって欲を出した結果がこれだ。伯爵令嬢フローラが何を考えていたかなんて、彼女にしか分からないし、私やローザが心の底から彼女を理解するのは到底、不可能だろう。


 私は夕暮れに染まりつつある広い庭園や王宮の建物を見ながら考えた。人間の欲という物は際限がなく。すべてを手に入れようとした者は、すべてを失う事もあるのだろうなと。

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