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邪神さまの玩具  作者: 黒夜沙耶
幼少期編
8/52

女神さまとお食事

 近いのか遠いのかよく分からない、さらに言ってしまえば移動時間は数分だったようにも十分を超えていたようにも感じた、移動のあとに開けられた扉の向こうには複数のテーブルと椅子が並んでいた。自分のイメージで言うなら、死ぬ前に見たことのある日本橋のデパートの食堂に似た場所だった。

「ここが私たちの使う食堂ですね」

「私達七柱しか使わないのに広すぎるとは思いますけれど、それは仕方ないことです。さあ、あちらに食事が準備してあります」

 瑞穂とDに導かれるまま進んでいくと、食事がのったテーブルが一つだけあった。

 テーブルの上に準備されていたのはクロワッサンにサラダ、オムレツという完全に洋風な食事だった。もしかしたら瑞穂の分は旅館のような食事が用意されていないかとも思ったけれど、ためらいなくDの隣に座ったところからみて瑞穂もこの食事を食べるようだ。

「あの、瑞穂もこれを食べるの?」

「ええ。このオムレツが絶品なんですよ。一度食べれば病みつきです」

 満面の笑み。どうやらこの料理は神様をも虜にするものらしい。それほどの物とはどんなものなのだろうと楽しみになってしまう。

 そこでふと疑問が浮かんでしまった。


 こんなものを食べて、目覚めた時に大丈夫なのだろうか。


 帝国という国の料理はそこそこおいしい。そう。そこそこなのだ。部分部分が日本にいた頃に食べたものより劣っている。野菜にはえぐみや苦みが強くあり、果実でさえ甘さがたりない。調味料も十分に使われず、臭みが残っているときもある。

 そのような食事事情で神すら虜にする料理を食べて、食事を楽しいと思えるのだろうか。

 今の生活で唯一と言っていい娯楽は食事なのだ。それを失って正気を保てるのか。

 一週間に一度食べられるくらいなら我慢も効くのだろうが、これから二度と食べられないとなると満たされぬままに日々を過ごすことになる。

「あら、どうされました?」

 そんな私の悩みに気付いたのかDが視線を向けてきた。細かいところまで気が回るあたり、かなり気が利く良い人のようだ。本当の名前を聞いていないが、きっと家庭的な権能をもつ女神なのだろう。

「いえ、瑞穂がそこまで言う料理を食べてしまって、元の身体に戻った時に大丈夫かなって思いまして」

「別に冥府の食物という訳でもないし……。あっ。大丈夫よ。夜ごとにこちらに来ているのだから、食べる機会は作れるのだから。それにいざとなったら、自分で作れるようになればいいんじゃないかしら」

 やはりDは察しが良かった。ヨモツヘグイを思い浮かべたと勘違いされたが、すぐに正答を導き出した。そして解決策も妥当すぎる。

「これで納得していただけましたでしょうか? せっかくの食事が冷めてしまいます。食べましょう。……今朝搾ったばかりのミルクもありますよ」

「待ちなさい!」

 ミルクの入ったピッチャーを差し出して私のグラスに注ごうとしたDの手を瑞穂がつかんでいた。別におかしくない普通の動作だったはずなのに、瑞穂の表情が険しい。

「まさかとは思いますが、あのミルクではありませんよね」

「ええ、当然です。私の牧場のミルクですが、普通の牛から搾ったミルクですよ。……あれは栄養価が高いですが飲ませるにはまだ早いですからね」

 Dの言葉に瑞穂はつかんでいた手を放した。やり取りの意味はよく分からないけれど、特別なミルクというものかどうかの確認が必要だったようだ。神様の世界だし普通の人間には毒になるような特殊な牛のミルクもあるのだろう。

「さあ、今朝のしぼりたてですよ」

「んっ。おいしい」

 コップに注がれたミルクに口をつけると非常に芳醇な味がした。スーパーで買った牛乳のようにさらりとはしておらず、濃厚な脂肪分が舌の上に残っている。

 牧場で飲んだ低温殺菌の牛乳が一番近いと言えば分かってもらえるだろうか。

「ミルクだけではなく卵も食べてください」

 今度は瑞穂に促されるままにスプーンを手に取ってオムレツの端を口に運ぶ。

「……っ!」

「分かってもらえたみたいで良かったです」

 言葉が出てこない。そんな私の反応を見た瑞穂が満足げな笑みを浮かべていた。

 オムレツは卵とバターの風味が際立っていて、かけられていたケチャップも刻まれた野菜の入っている手の込んだものだった。一口含んだだけでふわとろの中身が料理人の技術の高さを訴えてくる。

「この食事は誰が準備してくれたんですか?」

 冷めていないことから作り置きでないことが分かるし、そうなると一緒にいた瑞穂とDではないだろう。私が知らないだけで保温に使える魔法があるなら話が別なのだけれど。

「これを準備してくれたのは私達と同じ七柱の一人です。芸事の全てを担当しているいい子ですよ」

「……彼女の性質をあなたに分かるように一言で言ってしまうと『鬼』ですけどね」

 瑞穂がしたしげに話す割にDは平静を装うようにして微妙に表情がこわばっている。

「鬼ですか?」

「ええ。こう、額のあたりから角が二本生えている、あの鬼です」

 Dが両手の人差し指を使って角を表現している。やっているDの動作は可愛らしいのだけれど、それを見てイメージとして出てくるのが虎柄パンツで金棒を持った赤鬼と青鬼なあたり、日本人の鬼のイメージは固まっているらしい。

「鬼と芸事のイメージがつながりません」

 そう言ってから野菜を咀嚼していると、瑞穂が困ったような笑みを浮かべた。

「鬼の本来の意味って権力者に従わない邪魔者って意味だから、技能職って結構いたの。それに平城京で若者に化けて笛を吹いていたとか、そういう伝承もいっぱいあるから」

 それは完全に日本の鬼の理解なのですけど。

そうは思うものの、野菜を咀嚼中のため声を出すのはマナー違反である。早く飲み込んで声に乗せるか、諦めるかの二択を考えて後者を選んだ。

せっかくの美味しい食事なのだ。些細なことでソレを捨てることもない

ゆっくりと食事の残りを楽しむことにした私に対してDが同意を求めるように話を振ってきた。

「でも、嵐の日に上半身裸で楽器をかき鳴らして濡れながら歌っていたのを見た時の私の驚きは理解してもらえるでしょう?」

 鬼で、嵐の日に上半身裸で楽器を鳴らす。その情報でイメージの中のまだ見ぬ神様は風神の恰好をした赤鬼で、大きな体で細かい料理をちまちま作る昔話的な絵が見えてきた。

 しかし、上半身裸で楽器を演奏しながら歌うとは中々にロックな奴だな。

「はぁ~。久しぶりにおいしいものを食べた」

 クロワッサンの最後のひとかけをミルクで流し込んで一息ついていると、瑞穂とDがじとっとした目でこちらを見ていた。

「生返事だけで切り抜けていたとは、なんといいますか、さすがあの子の娘と言って喜ぶべきか悩みます」

「あれだけの会話の中で食事にだけ集中していたとは、料理に負けたようで嫌ですね」

 食事に集中していた間、上の空だったことがバレたらしい。確かに三人の中で私だけ食べ終わっていれば当然か。

「ごめんなさい。美味しいご飯は久しぶりだっ……た……」

 チリンチリンと涼やかな鈴の音が聞こえた。背後から近づいてくるような音に振り向くと影の中に沈むように人影があった。

そこにいたのは銀髪美人だった。金色の瞳がこの世の者ではないことを示すように輝いているが、それもまた人ならざる美しさを引き立てている。

「貴女は?」

「私の作ったご飯を美味しいって言ってくれて嬉しい。私はそこの二人が言うところの鬼よ。よろしくね」

 そう言ってほほ笑んだ姿を美しいと思う反面、背後に感じるDの震えている気配に何とも言えない恐怖を感じたのだった。


これで主人公を超強化する教師役女神収集任務が達成率80%到達しました。


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