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邪神さまの玩具  作者: 黒夜沙耶
幼少期編
7/52

新しい女神との出会い2nd

 目を開けると知らない部屋だった。慣れた固いベッドとは違うふかふかのベッドが自分の部屋ではないと証明してくれている。

 一瞬だけ病院かと思ったけれど、すぐにそんな場所ではないのが分かった。ここは女神と会う場所と同じ空気が漂っていた。つまり、現実ではないどこかなのだろう。

「あら、目が覚めたのですね。心配したのですよ」

 私が起きたことに気が付いたのか、女性の声がした。その声に起きて振り向くと、テーブルを囲んでお茶会をするように2人が座っていた。どちらも会ったことがない相手で、先ほどの声もどちらが出したのか分からない。

「あの、ここは?」

「アンジュさん達と普段くつろいでいる部屋、と言ったら理解してもらえるかしら」

 先ほどと同じ声。顔を見ながらだと声の主が誰か分かった。

 一般に聖女という言葉で想像するような美しさと清純さを持った女神。穏やかな微笑みを向けられると何もされていないのに安心感が湧いてくる。

「じゃあ、ここは神様の領域? うわっ」

 ベッドで寝たまま話すのもどうかと思って立とうとしただけなのに、膝から力が抜けてガクッとバランスを崩してしまった。倒れると思った瞬間、誰かに抱き留められていた。

「そんな状態で無理をしてはいけませんよ」

 柔和な声に顔をあげると、長い黒髪を垂らした人が私を優しく受け止めてくれていた。千早まで身に着けた巫女のような服装とどことなく日本人のような容姿のせいか、親近感を覚える。

 聖女のような女神の隣に座っていた女神だ。

 そこまで認識が巡って、疑問が湧いてきた。テーブルからベッドまでの距離は自分が倒れかけてから移動を開始して間に合うほど隣り合ってはいなかった。

 恐る恐る下に視線を移すと、私を受け止めてくれた女神の下半身には足がなかった。いや、それは正しい言い方ではない。正確には腰から下が蛇になっている。これで一気に移動したのだろうか。

「……龍?」

 けれど、蛇だと思ったのもよくよく見れば龍だった。巫女の装束であれば袴の赤色が見える位置から鱗に覆われた龍の身体がのびている。

「正解です。よくわかりましたね」

 思わず口をついて出た言葉に怒ることなく、褒められて頭を撫でられた。この肉体の年齢に対しては正しい対応なのだろうが、中身はいい歳した大人なのだ。気恥ずかしさが先に出てくる。しかし、優しそうな神様の手を払うとか拒否するとかはできそうにない。

「いつまでも撫でていたら話が進みません。流石に放してあげなさい」

「……しかたありませんね」

 心情を察したのか聖女のような女神が助け船を出してくれた。撫でている女神はその言葉に一瞬だけ逡巡して、諦めたように私をぎゅっと抱きしめてから離してくれた。

「やっと自己紹介できます。貴女のことはそちらに送った時から見ていて知っていますが、会うのは初めてですね。私はディ……」

「ディ?」

 聖女のような女神がため息をついてから自己紹介を始めたけれど、自分の名前の途中で口を紡いでしまった。何か考え込むようにしてから、ごまかすように笑顔を向けてくる。

「ええ、今はDと名乗っておきましょう。私の本当の名前を教えて加護を与える日が来ないことを願いますよ」

 そのまま卓上のティーカップに手を伸ばすと静かに口を付けた。加護を与えたくないのかとか疑問は多いけれど、それ以上は何も言う気がないのか視線で自己紹介をするように促している。

 龍の下半身を持った女神はDの視線に真顔で小さく頷くようにしてから、先ほどのような笑顔を向けてきた。

「瑞穂です。日本の方には龍神と言ったら分かりやすいでしょうか。貴方の今の世界では医療神として信仰されることが多いですけれど、水や天気も私の領分なんですよ」

 今までに会った女神は西洋っぽい名前ばかりだったので、純和風な名前が出てきて少し驚いた。けれど、それ以上に驚いたのは医療神という肩書だった。

「昨日、ブラン様から医療神は忙しいというような事を伺っていたのですけれど、今日は大丈夫なのですか?」

「忙しいですよ? でも、私が来ないといけなかったですし、そのためには頑張れますから」

 あっけらかんと言われたことに、こっちのほうが面食らってしまった。そして、笑顔の奥から感じる意思の強さに職務以上の何かが籠っているような気がした。

 それを置いておいても言葉の中に秘められた、医療神がいないといけなかった状況ということが気がかりだった。明らかに状況的には私のことを指しているように思える。

「あの、それはどういう……」

「この話は少し長くなります。貴女もお茶をしながらお話しするとしましょう」

 瑞穂の言葉に疑問を口に出しかけたが、言い終わる前にDによって遮られてしまった。長い話なら確かに座りながらの方がいいだろうから、その言葉に従うことにした。

 で、テーブルセットに一歩踏み出しかけて、自分が自己紹介をしていないことを思い出した。名前は知られている可能性が高いけれど、ブランには名乗ったのだから二人に名乗らない理由もない。

「あ、申し遅れました。私は……」

「大丈夫ですよ。ユリアちゃんのことは十分に知っていますから」

 名乗る前に瑞穂にやんわりと笑顔を向けて止められた。言っていることも表情も何一つおかしくないし、女神なのだから当然だと思うのだが、何故か背筋に氷があたったときのような寒気を感じた。

 思い過ごしでいてくれればいいし、藪蛇も嫌なので強引に話題を変える。

「ありがとうございます。瑞穂様は……」

「様なんて他人行儀で嫌ね。瑞穂と呼び捨ててください」

「み、瑞穂は椅子に座れるのですか?」

 瑞穂は私の言葉に自分の下半身を見下ろしてから、私の意図を理解したのかにっこりとほほ笑んだ。

「このままだと座れませんが、ちゃんと二本の足にもなれますよ」

 鱗が光ったと思うと、モーフィングのように足と尻尾へと変わっていた。なぜそれが分かるかというと、袴も何も履いていない下半身は足に変わると完全に丸見えの状態だったからだ。

「せめて隠すべきところは隠してもらえません?」

「同性なのだからそこまで気にしなくてもいいですよ」

「こっちが気にするんです……」

 肉体的には間違っていないのだが、中身としては間違っている。そう思いながらもまじまじと見てしまうのは地球では遭遇したことのない状況だからだろうか。自分の身体を見てもどうも思わなかったのに、瑞穂の身体をみると少し心拍が早くなっている。

「何をやっているんですか。そんなだらしないことをしないでください」

 ため息とともにDが何かを投げてきた。瑞穂の頭に落ちたのは、赤い袴だった。

「分かりました。ちゃんと履きなおしますよ」

 受け取った袴をいそいそと身に着けていた。どうも先ほど座っていた時は袴姿だったのを、私が倒れそうになった時に助けようとして龍になった時に脱げ落ちたらしい。

 なお、瑞穂は袴の下に履くのは普通のパンツ派だった。



 用意されたお茶は紅茶で、カップは白の磁器。ショートブレッドなどの菓子もたんまりという西洋風の物だった。Dにはこれ以上ないほどに似合っているが、瑞穂には全く似合わない。しかし、瑞穂は紅茶で唇を湿らせると、先ほどまでの笑顔を消して真剣な表情で口を開いた。

 「はっきり結論から言ってしまうとしましょう。ユリアちゃん、一歩間違えれば貴女の魂は完全な消滅をしていました」

「消滅……」

 言われた内容に理解が付いていかない。それは死と何が違うのだろうか。

「通常の死なら、魂は輪廻に戻るか輪を外れて覚醒するかで魂そのものは存在し続けます。ですが、消滅は文字通り魂が消えてなくなります」

 私の疑問に答えるように、Dが口を開いた。視線をこちらに動かさずにカップの中の水面を見ている姿は、触れてはいけない禁忌を語るようだった。 

「傷ついた他者を助けようとしたのは素晴らしいことです。しかしながら、本当ならあのレベルの魔法ではあそこまでの重傷者はどうやっても助けられません。それを魔力の大量使用という裏技で力任せに解決したことで、体内の魔力では足らずに魂からも魔力を搾り取ったのです。ブランさんからの知識譲渡で理解してしまったがために神と人間の魔力差を理解しないで行ってしまったことだとは思いますが、さすがに軽率です」

「たまたま魂を消費しつくしてしまう前に私が気付いたので、魂をここに避難させて瑞穂に治療してもらったのです。私が間に合わなくても、瑞穂の手が空いていなくても貴女は消滅していました」

 淡々と事実を述べられると、怒られるよりも効く。私のことを心配してのことだと理解できてしまうからだと思うが、女神という存在がそこまでしてくれるというのも理由の一つだと思う。

「何も私は貴女の行動を悪いと言う気はありません。貴女のお母様も同じように重傷者を治療しては意識を失うということを何度も行いましたからね。ただ、しっかりとした知識もなく生兵法で行おうとしたことを悪いと言っているのです」

「瑞穂はお母様のことをご存知なのですか?」

 瑞穂の言葉に衝撃を受けた。こちらの世界の母は魔法を使える存在で、自分を生むために魔法の才能を使い尽くして早逝したということしか知らない。

「それは今の話に関係のないことです。話をもとに戻しましょう」

 何か言いたげに口を開きかけた瑞穂を遮るようにDが割り込んできた。にらむように目配せをしている様子を見ると、伝えてはいけない情報が混じっていたということなのだろうか。

 気にはなるけれど、恩義ある女神が隠すと判断しているなら今は追及しないでおこう。

「瑞穂の治療で魂の消耗はある程度まで回復しました。ですが、今の状態で肉体に戻せば良くて即死、悪ければ魂の消滅が起こります。なぜかわかりますか?」

「えと、魂は少し回復したけれど、肉体の魔力は回復できていないから?」

「正解です。今の魔力欠乏状態の肉体に魂を戻しても魔力を絞られるだけです。ですから、しばらくはここで生活して肉体の回復を待ってもらいます」

 Dは私の回答に満足したように頷くと、極端な代案を提示してきた。人間が神様の領域に滞在って大丈夫なのだろうか。

「大丈夫ですよ。しばらくと言っても二、三日です。それくらいなら罰も何もありませんから」

私の気持ちを察したのか、瑞穂が優しくほほ笑んだ。どうも瑞穂は私のことを甘やかしてくれるようで、うれしいような恥ずかしいような微妙な気分になる。

「ここの食物には魔力が籠っていますから、ここで生活するだけで回復は早まるでしょう。まずは朝ごはんにしましょうか。あちらでも朝ごはんは食べていないでしょう?」

 Dも優しくほほ笑みながら言った言葉にずっと食事をしていなかったことを思い出すと小さくお腹が鳴った。お茶だけでは足りていなかったらしい。思わずお腹を押さえてしまった。きっと顔が真っ赤になっているだろう。

「では、早くご飯にしましょうか。我慢できないならお菓子をつまんでもいいですよ」

 一層笑みを深くしたDに誘われるまま、食事へと向かった。背中を押すように瑞穂が後ろを歩いている。

 女神相手には不敬かもしれないけれど、とても心が温かい気分になった。


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