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邪神さまの玩具  作者: 黒夜沙耶
士官学校編
52/52

短編:孤児院と基地のある夏の日

リハビリ的に短編です。

時系列的には孤児院時代、ベアト訪問前の夏です。


何度も言いますが、作中の知識はあくまで、作中世界での設定です。鵜呑みダメです。

「サイダーが飲みたい」

「急に何を言う?」

 夏の盛り、部屋で暑さにあえいでいる私の口からもれた言葉にリリィが反応した。

「こうも暑くければ冷えた炭酸も飲みたくなる」

「まあ、この暑さはなぁ……」

 窓を開けても風が吹かなければ意味がない。いくら私の魔力が多くても、四六時中魔法で冷やす訳にもいかない。実際、昨日と一昨日の熱さに負けて魔法を使いまくってしまった私は三日目にして魔力を無駄遣いできない状態になっているのだ。夜に冷やさないと熟睡できないので魔力回復量が落ちるけれど、夜も魔法を使うと消費と回復のバランスで日に日に保持魔力量が減っている。現代日本のクーラーで冷え冷えにできる生活って便利だったんだなと改めて実感させられるよ。

 私がこんな状態だというのにやっぱり不思議生物だからか、リリィはもふもふの毛皮なのに暑そうなそぶりを見せない。昨日欲望に負けてもふってしまったが、暑苦しくてすぐに止めたくらいの毛皮なのに。

「リリィは暑くないの?」

「知らぬかもしれんが、星々の間には灼熱も極寒もある。この程度ではこたえもせんよ」

 地上に降りて一年も経っていなければ確かに宇宙の感覚でそうなるか。でも、何年かしたら狼ボディに慣れてぐったりしそうだよね。

「あー。暑すぎるよ。キンキンに冷えた炭酸をぐびぐびしたい」

 年代を考えればコーラは赤いのも青いのも何十年か前に出来ているはずだし、ドクターなのも出ているはずだ。けれど、基地の中の孤児院でそんなものは手に入らない。私の飲み物として出てくるのはガス入りの天然水かミルク、果汁ジュースくらいのものだ。健康的過ぎて、シュワシュワするジュースが飲みたくなっても当然だろう。

「通帳のお金を自由に使えれば、炭酸飲料くらい幾らでも買えるんだけどな」

 私の通帳には遺族年金やら何やらでかなりのお金が貯まっているのだけれど、私では炭酸飲料一本買うお金も引き出せない。子供だから仕方ないのだけれど、中身大人だからちょっと不自由は感じる。

「仕方ない。作るか。炭酸水があるんだから、シロップさえ作れば何とかできるはず」

 要は甘味と酸味のあるシロップを炭酸水で割ればいいんだから、シロップさえ自作できればサイダー的な物ができるはずだ。

 希望を胸に気力を振り絞ると、厨房へと向かった。



 準備したのは砂糖にレモン。そしてガス入りの天然水の瓶が二本だ。これでサイダーもどきの炭酸飲料ができるはずだ。

「それで何をするのだ?」

「こうするの」

 砂糖をたっぷりと掬うと、少し水を入れたボウルに投入した。そのボウルを両手で包み込む様に持つと、魔力を熱変換して加熱する。溶けて透明になり始めたのを確認したら、投入した砂糖が溶けのこらないようにかき混ぜる。

「……濃い砂糖水だな」

「まだ途中なの」

 熱変換を止めると今度は冷却していく。冷蔵庫で冷やしたようにひんやりとしたらそこでレモンフレーバーを加えるために搾り汁と皮の油分を入れてかき混ぜてベースが完成だ。皮の油分を入れるのはレモンのにおい成分が皮のほうに多く含まれているからという理由がある。もちろん農薬やらが付いていないのは魔法で確認しているので安全性も問題ない。

「あとはこれを炭酸水で割れば……」

 適量をカップに注いでから、炭酸が抜けないようにカップの内側を伝わせるように慎重に炭酸水を注いでいく。カップの八分目くらいまでで止めると、魔力を使って静かに撹拌する。

「これで完成。予想通りの味になったかな?」

 試飲してみようとカップを口に近づけようとした時、視界の隅に舌をだして涎を垂らすリリィが見えた。

「飲みたいの?」

 私の言葉にリリィがものすごい速さで頷いた。尻尾までぶんぶんと振っているあたり本気らしい。私の魔力で十分とか言っていた不思議生物だけれど、そのうちに食べ物で餌付けされる日がくるんじゃないかという予感がする。

「ま、いいか。平皿に作ってあげるから待っててね」

 スープ用の皿になみなみと作って差し出すと、犬のように鼻先を突っ込んで器用に飲んでいた。あれで炭酸の刺激に負けないなと感心しながら、私も自分の分に口をつけた。

 シュワシュワと喉を刺す炭酸の刺激に、ほどよい甘みとレモンの香り。ナショナルブランドのサイダーというよりご当地サイダーっぽい味だけれど、飲みたかったものになっていた。

「うむ。うまいぞ!」

 皿の底をぺろぺろと舐めるリリィは完全に大型犬の雰囲気になっていたが、喜んでもらえたなら何よりだ。

「これで気分だけでも涼しくなれれば、気温が下がるまで何とか我慢できるでしょう」

 今年は異常だけれど、いつもならあと半月もすれば過ごしやすい気温になるはずだ。その間は手作りサイダーで涼を感じていよう。

 そんなことを思っていると、背後で音もなく厨房の扉が開いた。

「ひっ」

 気配に気付いて振り向くと、髪の乱れたベレニケさんが立っていた。ベレニケさんは美人だけれど、乱れた髪と光の当たり具合のせいで恐怖を感じるビジュアルになっていた。

「あ、あぁぁぁ」

 声にならない声を上げながらゆっくりと向かってくる姿は知らなければ即座に攻撃したくなるほどで、背筋に氷柱を差し込まれたように冷えてしまった。妖怪か幽霊と言われても信じそうなくらい怖かった。

「み、水を、ちょうだい」

 私に向けて放たれたその言葉に、思わず飲みかけのサイダーを差し出してしまった。ベレニケさんはそれをひったくるように取ると一気に飲み干した。

「……ありがとう。生き返ったわ」

 カップを戻してくるベレニケさんは人間に戻っていた。よくみれば、服はあちこちに汗染みがあり、普段の姿からは考えられないほど首回りを大きく開けていた。つまりは、熱中症一歩手前の状態だったようだ。

「思わず飲みかけを渡してしまいました。ごめんなさい」

「それはいいけれど、これはただの炭酸水ではないのでは?」

 同性でしかも子供相手なら気にすることもないのか。未だに、私が口をつけたものを女性に出すと嫌われるという認識が消えないな。

 それは置いておいて、流石に味があれば炭酸水ではないというのは簡単にばれるか。

「砂糖を使ってシロップを作ったので、シロップの炭酸割りです」

 一応、サイダーという言葉は使わない。日本人マインドではソフトドリンクだけれど、国によってはお酒の意味だからね。誤解を招く表現はできるだけ避けるに限る。

「レモネードですか。確かに作ろうとすればできますね。……もっとつくれますか?」

「ええ。砂糖とレモンも厨房にまだあるので、それを使っていいならまだ作れます」

「なら、私が許可するからもっと作ってね。私だけでなく、閣下もこの暑さで体力が削られて」

「急いで作ります」

 それを言われたら全力で、かつ速やかに作らないといけない気になる。

 お年寄りは体の水分量が少ないし、暑さも感じにくくなっている。さらには発汗能力も衰えているので熱中症になりやすい。なので、閣下には本当に気を付けてもらいたい。

 ちなみに、次点で発汗能力が未成熟な子供が熱中症になりやすかったりする。私はその知識があるから注意しすぎるぐらいに気を遣っていて、それでもこの消耗具合なのだからこの夏は例外すぎるというのが分かるという物だ。

 急いでボウルに残っていたシロップを空き瓶に詰めると、炭酸水の瓶と一緒にベレニケさんに渡した。一杯か二杯くらいしかできないだろうけど、大量生産するまでのつなぎにはなると思う。

「急いで作りますから、とりあえずは今作ってある残りをのんでいてください」

「ありがとう」

 受け取ったベレニケさんは一度額の汗を拭うと、急いで出て行った。リリィが不機嫌になっているのが視界の隅に見えたけれど、増産したらもっと渡してあげるから許してほしい。

「ちょっとバランス変えないとなぁ」

 大量に作る都合上魔力ではなく火を使わないといけないので、鍋に水を入れて火にかけてから材料を出していく。砂糖とレモンに炭酸水は同じだけれど、塩も少しだけ準備する。

「お湯が沸いたぞ」

「ん。ありがと」

 私が材料を集める間鍋を見ていたリリィからの報告で材料を抱えて戻る。鍋の大きさに合わせて砂糖をこれでもかというくらいに投入してやると、甘い匂いがふっと漂い始めた。

「多分、このまま煮詰めればべっこう飴になるな」

「それはうまいのか?」

「……今はシロップづくりだから、また機会があったらね」

 私のつぶやきに反応したリリィに苦笑しながら答えてあげる。少し先回りした答えだったけれど、リリィの尻尾がぶんぶん振られているから間違いないのだろう。甘いものばかり好きになってデブ犬になっても知らんからな。

「砂糖が溶けきったら、塩をパラパラと……」

 ご当地サイダーに塩サイダーというのもあったし、日本の夏には塩入り飲料がいくつもあったことを思えば失敗はないだろう。

「あー。あれも作った方がいいかな?」

 もう一つの鍋に水をくむと、多めの砂糖と塩を入れて溶かす。少し舐めてみると、とてつもなくマズい。味を調整していないから当然だけど、私は熱中症になりかけていない証明でもあるからいいか。

 何を隠そう、作ったのは補水療法に使う経口補水液だ。ベレニケさんであれならおじさまはもっとひどい症状、それこそ熱中症になっていてもおかしくないからね。吸収率の高い補水液を用意しておくにこしたことはない。

 ちなみに、脱水が一定以上に進むと塩分補給も必要になるのは、血液中の成分が汗で出てしまっているのに水だけとると血が薄くなってしまって濃度調整のためにさらに脱水が進んでしまうからである。塩分と糖分で吸収速度を高めて脱水症状に対処するものが補水液なのだ。

 シロップと補水液をそれぞれ瓶に入れると、炭酸水をもって厨房を出た。目指すは執務室だ。



「こんにちは。作ってきましたよ! ……うわぁ」

 執務室の扉が完全開放されていたので特に気にせずに入る。これだけ暑いと風通しのために窓も扉も開きっぱなしだ。で、入ってみれば酷いありさまだ。

「うむ、きたのかね。作ってくれた飲み物のお陰で少しさっぱりしたよ」

 おじさまは笑っていますが、ダメですね。軽度の脱水状態です。熱中症に片足を突っ込んでますね。クーラーもないので仕方ありませんが、応急手当で何とかなりますかね?

「おじさま、間違いなく本格的に体調が崩れる一歩手前です。まずはこの飲み物を全部飲んでください」

「うん? 先ほどのものとはまた違うようだな……しかし、うまい」

 経口補水液を美味しいって、ヤバいですね。味覚に関しては、夏のイベントで塩を舐めて甘く感じたら本気で危ないって言葉があるくらいですからね。まぁ、本当はそれ以前でも危ない状態はありますけど。

「……おじさま、それほとんど塩水です。それを美味しいと感じた時点で大分体が参ってますから、大人しく休んでください」

「そうかね?」

 信じていませんね。まあ、ベレニケさんにも飲んでもらえばいいですか。これでベレニケさんも味覚がアレだったら二人とも治療ですね。

「ベレニケさんも飲んでみてください」

「……これは、美味しいとはいえませんね」

「よかった。まだベレニケさんは大丈夫みたいですね」

 味を確認しておじさまのヤバさを実感したベレニケさんと一緒に、おじさまをデスクから移動させて服を緩めさせます。おじさまにはその間も補水液を飲んでもらっていますから、ちゃんと休んでもらえれば多少は回復するでしょう。

「で、こちらがシロップです。炭酸水で割ってくださいね」

 ベレニケさんにシロップと多少ぬるくなってしまった炭酸水を渡します。冷たいものをとりすぎてお腹こわすよりはいいでしょうか。

「ありがとう。味わってのむわ」

「足りなくなったら言ってくださいね。自分で楽しむためでしたけど、独占する気はありませんから」

「そう? なら、どうするか考えておくから」

 にっこりと笑うベレニケさんに私もほんわか気分です。誰かに喜んでもらえると嬉しいですからね。さあ、厨房に戻って自分の分のシロップを作りなおしましょうか。



 この後、私のサイダー密造はベレニケさん公認のものとなり、基地のあちこちで引っ張りだこになった。基地の食材で作っているから原価ゼロなのに作るたびに飲んだ人たちがお駄賃をくれるので、通帳のお金は引き出せないけれどお小遣いに不自由しないくらいの硬貨が財布に貯まったのだった。ちなみに、財布もベレニケさんが一番初めにお駄賃いれとしてプレゼントしてくれたものだ。こうなるのを予想していたんだと思う。

 改めて思うと飲み物売って小遣い稼ぎってアメリカか。でもさ、それ以前に自分のために作り始めたのに、人気になりすぎて自分が飲めないってどういうことよ!

 この嘆きは規格外の暑さがひと段落するまでなくならなかった。


書いていて大変だったことは、サイダーのレシピを調べることと、熱中症のことを調べることでした。

おかしい。私は楽しい一日を書こうとしていたはずなのに、何故季節ネタっぽく……。


で内容の話をすると、このお駄賃でお財布と硬貨を手に入れていたのでベアト訪問時にすぐ硬貨を確認できたという裏話でした。



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