ティータイム
間があいて誠に申し訳ありません。
「それにしても、お姉さまがご友人を私のために連れてきてくださるなんて、嬉しいです」
お茶が出される前にクリスとセレナが会場とピアノを確認したいと席を外したので私とベアト、イリス姉さまでお茶をしていると、急にベアトがそんなことを口にした。しかも、変なところを強調しているのは何だろう。
「ベアトリーチェ様、妹分の行いで喜ばれますと私も嬉しく思います」
イリス姉さまも笑顔なのにどことなく空気が荒れているように感じる。二人の間の空気が張りつめていく感覚はとてつもなく怖い。
視線を動かしてどうしようかと悩むものの、助けを出してくれそうなアナベルさんは逃げるように会場を確認に行ったクリスとセレナを案内しているためここにはいない。仕方ないので、お茶を注ぐことで二人の間に割って入ることにした。
「ベアトもイリス姉さまもお茶をお注ぎしますね」
「ありがとうございます。お姉さま」
「ありがとう」
私に対して感謝を述べる時だけ空気が緩む。そしてまた無言で視線がぶつかる。
……なんだろう。私のために争わないでって言った方がいいの?
まるで私を取り合うような場の空気に思考が追いつかない。先週、空を飛んだ時にはベアトは普通だったし、それ以降の変化なんて私の体がちょっと成長したことくらいか。アレでサキュバスみたいな変化がでる体のはずがないし、そもそも同性だから思い当たる節がない。
とりあえず、そのまま自分のカップにもお茶を注ぐと無言で口に運んだ。高級な美味しいお茶のはずなのに、味がしない。むしろ胃が痛むだけなので飲みたくない。それでも飲むのを止めれば口を開かなければならないのでやめる訳にはいかなかった。
ちびちびと何度もカップを上げ下げしていると、ベアトが何かに気付いたように視線を向けてきた。
「お姉さまも昔は口ずさむように歌っていらっしゃったのに、最近は全く歌われないですよね。私はお姉さまの歌も聞きたいです」
「……機会があったらね」
歯切れ悪く答えるしかない。今の私の属性を書き出すと、【軍部隊のトップ】【魔法が使える】【使い魔っぽい狼】に先週から【空が飛べる】が足されている。これで【歌がうまい】が加わったら怖い。実年齢より上に扱われたり、ケツ圧が上がったりしそうでとてつもなく怖い。
「ぜひ今日、一緒に聞かせていただきたいです」
「私もぜひ聞かせてもらいたいわね」
「……機会があったらね」
同じ言葉を繰り返す。イリス姉さまも口を出してきたのでストレスが倍どころではない。胃の痛みに治癒魔法を使おうか悩むくらいにキリキリと内臓が痛んできた。
アンジュでもDでもいいから誰か助けてくれないかなぁ。
思わず神頼みまでしてしまうと、頭に直接声がした。
『仕方ないですね。あなたはもう少し対人関係の能力を身につけるべきです』
かあさまの声と一緒に体がふわふわした感じになる。
自分の体だけど、自分の物でない感じ。例えるなら、FPSで他の人がプレイしている主観視点を一歩引いて見ている感じ? いや、VRゴーグルで主観映像を見ている感じかな?
「二人とも、好意を伝えるのはいいですが、押しつけるだけではだめですよ。そして、そんなギスギスとした様子を見せるなどもっての外です」
私の口が言葉を吐き出す。しかし、私の口調ではない。かあさまの言葉だ。
かあさまの発言に二人とも驚いた表情になって私の体を見ている。淑女がぽかんと口を開けるのは見た目がよろしくないので止めてほしいけれど、かあさまはそれを注意するよりも追撃を選んだ。
「返事は? どうなの?」
「「わ、わかりました」」
二人の言葉が被った。それでまた空気が固まるのかと思ったけれど、かあさまは上手だった。
「そう。気になる相手がいたとしても、目の前で争うのは悪手よ。裏で醜く争うよりはまだマシだけれど、誰かと仲良くなりたいなら正面から好意を向けなさい。それが一番の正解なのだからね?」
二人の頭を撫でながらそのようなことを口にする。かあさまの享年を考えると、今の私の肉体年齢より何歳か上程度なのに、母になるとここまで包容力が出るのかと驚くしかない。
「二人ともいい子で安心したわ。これからも娘のことをお願いね」
そればらすの? いや、まあ、いいならいいんだけど、急に言って引っ込まれるとこちらの心の準備という物が。
「ユリアちゃん?」
体の制御を戻されて戸惑う私にイリス姉さまが不思議そうな、というか、問い詰めるような視線を向けてきた。
「……今のは亡くなったお母様が私の体に降りてきました。ええ。大切な姉妹のような二人をお母様に紹介出来てよかったデス」
自分で言っていても訳が分からないだろうなと思う。二人からの視線の圧が強い。どうするかと思っていると、クリスとセレナがアナベルさんと一緒に戻ってくるのが感じられた。
「クリス達が戻ってきましたね」
ごまかす様に口に出してから視線を扉に向ける。つられてベアトとイリス姉さまも視線を動かした。その段階では何も起きなかったけれど、きっかり五秒後にアナベルさんの声で入室が伝えられた。
「アナベルです。ただいま戻りました」
その声にベアトとイリス姉さまは驚いたように私を見た。それもほんのわずかな時間で、すぐにベアトが入室を許した。
「……あの、何かありましたでしょうか?」
扉を開けて一歩進んだアナベルさんが私たちの間に漂う空気に困惑した。
まあ、当然か。でも、今はかあさまのことから話題が移るなら何でもいい。
「私ぐらい修練すれば魔力を感じておよその位置を感じとれるのですよ」
できるだけ悪戯っぽく笑って見せながら、全員の顔を見回す。全員がぽかんとした表情になっているのを確認したので、そのまま押し切る。
「アナベルさん、戻ってきたばかりで申し訳ないですけど、お茶をお願いします」
「分かりました」
残り少なくなったポットを軽く持ち上げながらアナベルさんにお願いすると、すぐにポットを回収して新しいお茶を準備してくれた。一緒にクリスとセレナのカップも準備されたので二人の目がまた死んだけれど、必要な犠牲だ。我慢してほしい。
「さて、二人とも会場をみてどうだった?」
座らせた二人に声をかけると、がちがちになってベアトとイリス姉さまの方を伺いながらもセレナが口を開いた。
「はい。とても素晴らしいピアノでした。あんな上等なピアノは今まで触ったこともありません。それに会場も、ホールみたいだったのですが、本当にあのような場所で演奏してよろしいのでしょうか」
セレナのおどおどとした態度に対して、年下であるはずのベアトの方が堂々としていた。優しくほほ笑むと二人の緊張をほぐすように視線を向ける。
「お姉さまが評価する腕前なのだから自信をもってくださいな。それに公式行事でもない私的な出来事ですけれど、良いものを聞くなら会場も良い方がいいでしょう? そのように固くなってしまっては差し支えてしまいます。今はお姉さまの妹分として扱っていただければ十分です」
それを聞いてセレナだけでなくクリスもほっとした様子でお茶に口をつけられるほど元気になったようだった。さすがはベアトだね。
二人が口に含んだお茶をのみ込んだのを確認して、ベアトが更に口を開いた。
「お父様も大変楽しみにしておられますから」
その言葉で二人がむせて、真っ青になった。ベアトが悪戯っぽく笑っているから、おそらく分かったうえでやったのだろう。二人とも申し訳ない。
しかし、これでさっきのアレが曖昧になってくれそうなのだ。助けを出さない私を許してほしい。そう思っていると、ベアトとイリス姉さまは絶対に逃がさないという鋭い視線を飛ばしてきたのだった。
いろいろあって、精神がやられています。次の更新日は未定になります。




