夢のあいだに
間隔があいてしまい、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
眠りに落ちたはずなのにゆっくりと沈んでいる感覚で気が付いた。この感覚には覚えがある。ヨムラであの銀色の人と会った時と同じ感覚だ。
「こちらからは何度呼びかけても反応がなかったのに、呼び出すときは突然なのか」
少し表情が変わったのが自分でも分かった。神様との付き合いの長さでおおらかに受け止められるようになったと思っていたけれど、神様相手だとどうも感情的になってしまう。
……母には甘えられるとかだろうか。そこまで考えて思考を追い払った。精神の実年齢を考えるとちょっと候補からは外したい選択肢だ。
そのまま沈んでいくと、前回同様に人がいる場所が見えてきた。
「二人?」
まるでティータイムのように丸いテーブルに座っている黒髪の母と銀髪でアルビノの母の二人がいた。前回のことを考えれば、黒髪が本当の母で、銀髪の方はあの銀色の人なのだろう。
「どうしても娘に母親らしいことをしてあげたいって言うのだもの」
それを裏付けるように私を見つけた銀色の母が言い、黒髪の母が苦笑いを浮かべて近づいてきた。
「既に死んだ私でもこのような奇跡が起きるのであればすがりたくもなります」
「……かあさま、私は……」
転生している私が目の前の女性を母と呼ぶ。そのことに少しためらいを覚えていると、悲しそうな表情で俯かれた。
「そうよね。今更母だなんて近づいても、どうしていいか分からないわよね」
「かあさま、私は知っています。私を生むために命を燃やしてくださったことを。そのために病に倒れてしまったことも。だから、私は貴女を誇りに思います。そして、貴女の娘として生まれたことを誇ります」
私の中で何か吹っ切れたようで、母を抱きしめると母の目を見つめるようにして言葉を紡ぐ。それはアンジュに聞いてからずっと思っていたこと、今生での両親への尊敬の思いだった。
「……本当にいい子に育ってくれて……」
母が私を抱きしめる腕に力が籠るのを感じながら、横目で銀の女性を見ると慈母のような目で私たちを見ていた。アンジュやブランが時々私に向けているのと同じ視線から逃げるように、母の服へ顔を隠す。
「ありがとうございました。娘が私の事を分かっていてくれた。これを知れたことほど嬉しいことはありません。あなた様のおかげです」
母が銀の女性に感謝の言葉を贈る。そこで、私は銀の女性の名前を知らないことに気が付いた。
「あの、そういえば貴方のお名前をお聞きしていませんでした。ヨムラでも助けていただいたのに」
私の質問に銀の女性は寂しそうな表情で首を振った後、努めて明るい表情を浮かべて私に笑いかけた。そして、私を座らせると私の目を見つめて口を開く。
「名前というのはその存在を規定するものよ。だから、今の私を規定する呼び方はないの。あなたは私をどう呼びたいの?」
「……じゃあ、マーテルって呼んでもいいですか?」
私の言葉にほんの数秒ほど驚いた表情を浮かべたけれど、すぐに柔和な表情に戻った。
「私はマグナ・マーテルではないけれど、あなたのお母さんになるなら光栄ね」
慈母の笑みを浮かべてマーテルは私の頭を撫でた。二人より頭一つ分以上小さい私が座っていると立っている二人からすれば撫でやすい高さらしくて、いつの間にか二人になでなでされていた。……悪い気はしない。
「それで、私を呼んだのは、こういうことをするためですか?」
今まで呼びかけたのに反応なかったという不満を示すように首を傾げながら言ってやると、マーテルではなく母が答える。
「生きている間にお母さんらしいことをしてあげられなかったけれど、せめて女の子として必要なことを教えてあげたいの」
なんのことか首を傾げてみるが、その後母が教えてくれたのは今朝起こった私の体の変化についてだった。微に入り細を穿つ内容に、元男としては思うところがなかったわけではないけれど、知らないとどうにもならないことだったのでできるだけ熱心に学んだ。
「……これくらいかしら」
「そろそろ時間ね。そこまでにしておくべきでしょう」
二人の言葉の意味が分からないと首を傾げると、母とマーテルがタイミングを合わせたようにして私に声をかけてくれた。
「「いずれまた、会える時がきます。だから、待っていて」」
二人の体が溶けて人魂のような二つの炎になる。それは少しの間ゆらゆらと揺れたかと思うと、私の胸に吸い込まれるように飛び込んできた。
「……かあさま、マーテル。次に会える日を待ちます」
私の言葉に答えるようにかあさまの声が聞こえた。
「最後に一つだけ伝えることがあります。そろそろ神剣朝凪があなたを呼ぶでしょう。朝凪は一族の娘が継いできた刀ですが、中には血に酔う怪物になり果てた者もいます。自分を見失わずに朝凪を振ることができるように修練なさい」
胸の奥から聞こえてきた声は忠告のようでもあり、警鐘のようでもあった。それが指しているのがあの錆びない刀だと気付くのとほぼ同時に、いままでいた空間が砕け散った。
「んっ……」
目が覚めると、見慣れた自分のベッドだった。いつもと同じように近くで丸まって眠っているリリィを見てほっとしたちょうどその時に、控えめにノックして扉が開けられた。
「あの、ユリア、起きていますか?」
おどおどと頭だけ見せて覗き込んできたのは班員のアリサだった。最初はほとんど他人と言っていい親族の犯罪歴で押しつけられたんじゃないかと思った子だったけれど、人当たりもいいしアタリの人材だと思う。
「起きてるよ。どうしたの?」
「あっ、その、今朝の食事の準備ですけど、私がやりますからまだ休んでいてください」
アリサのその言葉で思い出した。現在うちの班しかいない宿舎では自炊となっていて、今朝の当番は私だ。どうしようかと思ったけれど、まだ気怠さが残っていたのでアリサの厚意に甘えることにした。
「ごめん。お願いしていい? 埋め合わせはするから」
「同じ班の仲間ですから気にしないでください。でも、それなら後からお願いしちゃいますね」
ミルクチョコレート色の肌を少し赤く染めて笑みを向けてくれた。少し幼い感じの髪型の黒髪と低めの身長と相まって、同い年のはずなのに頭を撫でて可愛がりたくなる。
「何か、食べたいものとかありますか?」
「チーズとか乳製品多めでお願い」
骨の強さを決めるのは今から数年だ。頑丈な骨を得るためには栄養をちゃんととらないとダメだ。もう何歳かしたら班の皆もダイエットとかしたいと思うようになるのかもしれないけれど、軍人の運動量でそんなことをしたら体がボロボロになるから絶対に守らないと。
「分かりました。できるまではちゃんと休んでいてくださいね」
アリサは私の次に料理上手だし問題はないな。そう思うと、二度寝の誘惑に負けて寝具のなかに潜り込んだ。
いろいろ悩む時期です。次回更新時期はまた未定になってしまうことをお許しください。
なお、現実でも十代の間に骨の最大が決まるそうです。無理なダイエットで若くして骨粗しょう症になっている人もいるらしいので、栄養には気を付けてください。
 




