その日の夜
更新期間があいて申し訳ありません。
目が覚める。空は夜の帳が下りかけていた。朝方から夜までずっと眠っていたらしい。その割に空腹を感じていないのはオティーリエの料理のお陰なのか、体調のせいなのかは分からないけれど、眠る前よりは調子が良くなっていた。
「体が慣れたってことかな?」
空腹ではない他の生理欲求によってベッドから起き上がると、ゆっくりと部屋を出た。酔ったようにふわふわと足取りがおかしいけれど、とりあえずは動くことに問題はない。
生理欲求を済ませてから洗面台で手を洗うついでに口を濯ぐ。口の中の不快感が消えると喉の渇きが浮かんできたので、廊下に出ると影から炭酸入りミネラルウォーターの瓶を取り出して一気に一本飲み切る。それでも足りずにもう一本取り出して飲み切ったところで渇きが落ち着いてきた。
「ふぅ。皆、食堂に居るかな?」
けぷっとガス抜きしてから時間を確認すると、夕食の時間が半分過ぎたくらいの時間だった。きっと私にも声はかけてくれたけれど目が覚めなかったのだろう。そしてリリィが居ないのも肉を食べに行ったからだろうね。
食堂に入るとすぐにリリィががつがつと肉を食べているのが見えた。腹ペコキャラっぷりに苦笑すると、いち早く食事を終えていたオティーリエが私に気付いた。
「もう大丈夫なの?」
「お腹は空いてないかな。ただ、喉が渇いてるからスープが残っていたらもらえると嬉しい」
私の答えにオティーリエがいそいそとスープを温めてくれる。甲斐甲斐しいのはとてもありがたいのだけれど、何だろうこの感じ。瑞穂やユキから時たま向けられるどろっとした視線に似ていたような気がする。
多分気のせいだろうね。万が一にも、私が寝落ちしそうだった時に変な呼びかけをしてスイッチが入っちゃったというようなことでもなければ劇的な変化なんて起きないだろうし。
「はい。今日は野菜のブロードだから体に優しいはずよ」
あまり冷めていなかったのかすぐにスープが出された。澄んだ色と良い匂いにごくりと喉がなった。一口口にすると、そのまま全てを飲み干してしまうほどおいしかった。
「体調が良くなったみたいで安心したわ」
オティーリエだけでなく、班員全員が私を見てほほ笑んでいた。皆私の事を心配していたみたいだ。
「心配かけました。もう大丈夫です」
「……教官役だからって線を引かなくてもいいんじゃない?」
ラウラが皆に目配せしてからそんなことを言ってきた。誰も口を挟まないあたり皆そう思っているらしいけれど、線を引いている気は全くないんだけどな。
「ほれ。今、線を引いている気はないと思っただろう。教官として『ふつう』に振る舞っているつもりなのだろうが、自分も学生ということが頭から抜け落ちているのではないか? そんな体たらくだからここにいる全員が線引きされているように感じているのだ」
私の心の中を見透かしたようにリリィが口を出してくる。言われた内容で私にも皆がど受け取っているかを理解できた。
私は精神的年長者として目標となるような立ち居振る舞いをしようとしていた。そのせいで距離感を感じられていたということだろう。
……そんなん言われてもどうしろと?
この体は十代の少女としても中身はアレなんだぞ。十代半ばの女子と対等な関係を築ける自信なんて皆無だ。でもさ、そんなことでも子ども達に言われたら、努力しない訳にはいかないよな。
「はぁ。分かりました。これは性分の面もありますし、ずっと孤児院で同世代の友人もほとんどいなかったせいでもあります。できるだけ柔らかくするように努力しますから、気にせずに来てください。そして、クリスとセレナ。あなた達は何度も私のベッドに潜り込もうとしているのですから、私が厳しく線を引いている訳ではないと知っているでしょうに。もうちょっと周りに説明してくれても良かったのではないですか?」
「それは心外です。一緒に寝ていてもよそよそしさを感じていましたから」
私の言葉にセレナが頬を膨らませる。だが、それは隙あれば全裸になろうとする二人の世話をする場合だけで、他は普通にしてたはずだ。一緒に寝てあげるのはベアトで経験値溜まって平静でいられるようになったからな。
「それは少しでも隙を見せると脱ぎ始めるからでしょうが。本当に……」
「「あっ」」
「うん? どうしました?」
少し説教しようかと思って口を開きかけた私を見て、オティーリエとニーナの声がはもった。
「そんな優しい表情で笑うなんて久しぶりに見たわ。いつも貼り付けたような微笑みかむすっとしたような無表情で、時々困ったように口の端を動かすくらいじゃない」
「私が見たのはブーツの試験飛行の時だけですよ。……家族の話をした時から、ユリアさんは他人に興味のない人なんじゃないかって思うくらいでしたもん」
オティーリエの言葉にちょっとへこむ。柔和に思われるように普段から笑みを浮かべるように意識していたのに、他人からはあまり評判が良くなかったなんて。
「はぁ。全く、親しみやすいように表情を柔らかくしていたつもりですが、そのように思われていたというのは失敗でした」
そこで言葉を切って皆の顔を見回すと、できるだけ優しく笑って見せた。
「これからできるだけ距離をなくせるように努力してみます」
私の言葉に皆が喜びの声を向けてくれた。でも、その様子を見ていると自分もその輪に入って行っていいのかやっぱり少し悩んでしまう。
「ほら、一歩引かないの」
オティーリエが私の手を引いてくれた。わちゃわちゃと私の頭を撫でられたり、握手されたりすると自分もここに居ていいのかという気持ちになる。
ちらりとリリィを見ると私を見て慈母の様に笑っていた。そして、オティーリエも優しく笑ってくれた。
今日は本当の意味で第二の人生を歩き始める記念日になった気がした。
アクセス解析を見る度に更新できなくて申し訳ない気持ちになります。
いろいろあって遅い筆が更に遅くなっております。今年度は更新が安定しないことになりそうな見通しで固まってきました。




