ラヴィーと約束したもの
更新が滞り誠に申し訳ありませんでした。
訓練課程にも慣れてきたと思ったある土曜日の朝。目が覚めると大きな贈り物が置かれていた。
「ブーツ? いや、それにしては足首の自由性が高いような」
構造解析をしてみる。素材は複合装甲を採用して軽量性と耐久力を持たせてあった。この時代には似つかわしくないカーボンファイバーセラミックス複合材とチタン合金なんて物を準備できるような存在に心当たりは一人しかない。そしてこの構造には見覚えがある。
「飛行用の……? でも術式は空っぽだ」
孤児院で技術局が実験していたものよりも洗練されている。ただし、ハードは完璧なのにソフトウェアがない。不完全な代物だけれど、それが何を意味しているのか理解できた。
「そうか。術式は私が組み込めばいいんだ。約束通りに私より先に完成させられちゃったか」
ラヴィーと競争したような形だったけれど、私はまだ設計にもたどり着いていない。ハードという面では完全に負けてしまったようだ。けれど、ラヴィーの手際には舌をまくしかない。かつてその場で改良案を提示した設計よりも洗練されていて、この時代の素材に置き換えてもデチューン程度の性能低下で収まりそうな完成度だ。基礎工業力が足りなさ過ぎてこの時代でまるっと生産するのは無理だけどね。
「でも、手紙の一つもついていないし、私に話の一つもないのは不親切だよね」
そう口にしながらも、私に伝えられない理由があるのだろうなと判断できるくらいには女神達との付き合いは深い。ルールか何かのせいだろうなと思うので追及はしないことにする。
「で、術式は私が新しく組んでた奴でいいよね」
ありものを改修したものではなく、私が自分で使うことを前提にデザインしていた術式がある。アンジュ曰く『面白みのない確実性重視の設計のくせに拡張用の遊びが多すぎる』という評価の術式なので、全く問題はないはずだ。
「術式封入……。定着完了」
術式を書き込んで、これで飛行できると右足を突っ込みかけてはたと気付いた。
初飛行を一人でやるのはもったいない。この装備の特別性を理解できて、なおかつ正確に観測できるようなバディがいればいいんだけど。
「いや。ちょうどいたな。本人も技術系の素養は持っているらしいし、観察者としてはちょうどいいかも」
ニーナの事を思い出した。技術学校に入学していないけれど、前に聞いた話では実家が工房で、手伝いをしたこともあるのである程度の知識はあるらしい。入学試験に向けて勉強していたらしいから最低限は出来るだろう。あとラヴィーの加護持ちなんだから何かプラスに働くだろ。
そんなざっくりした考えでニーナを助手にすることに決めるとブーツを手にしてニーナを探しに出た。
建物内を捜索した結果、ちょうど朝食を食べ終えたところらしいニーナを食堂で発見した。
「ニーナ、箒で飛べる?」
「え? 一応は飛べますけど……」
「よし。今日は観測手、いや、情報収集担当だ。……他は全員で私の出す課題に答えておくこと。それが終わったら早くても解散にしていい」
半日だけの訓練日だ。たまには早く終わる可能性を持たせてもいいだろう。そんな気持ちで私とニーナの会話を聞いていた班員達に伝える。
「それじゃあ、行こうか」
「え? ええ?」
ちょうど近くでコーヒーを飲んでいたオティーリエに課題のメモを押しつけると、混乱しているニーナを引っ張っていくことにした。
「確かにこれは、実験したくなりますね」
外に出てブーツを見せたらニーナの目の色が変わった。技術系だからというだけでなく、こういうものが好きなのだろう。いい反応をされるとこちらとしても気分がいい。
「どんな感じに実験しますか?」
「ここを出発して近場の知り合いの居る場所に行って、飛んでるってことを確認してもらうつもり」
士官学校を離陸し、宮殿の敷地を一周してから技術局へ向かって行って、フォンターナ姉妹に飛行しているところを見せたら士官学校まで最大速度で帰還するのが今回のコースだ。ニーナがどれくらいの速さで飛べるかは知らないけれど、箒だし途中まで観測できていればいいなというくらいである。
「分かりました。観測手としてがんばります」
ニーナが箒やら観測道具やらの準備をしている間に私はブーツを履いてみた。履き心地は悪くない。多分、足のサイズに合わせて調整すれば長く履ける感じがする。
とりあえず、ニーナに気付かれない程度に術式を起動して少しだけ浮かんでみた。
「補助動力機関もついていないから当然だけど、静かだね」
航空機エンジンのような轟音は一切しない。軍用装備としては静粛性が高いのは喜ばしいものだのだけれど、音がしないと飛んでいても気づいてもらえないだろう。今は実戦投入するようなものではないのだし、音を出しても問題ないのではないだろうか。
「まあ、ジェットじゃなくてレシプロの音になるんだろうけど、レシプロのエンジン音なんてそんなに聞いたことないしね。大戦期のエンジン音でいいかな」
実際のところ私もどこぞのラジオのクイズでWW2あたりのエンジン音くらいしか聞いたことがないのだ。ちょっと時代的に早いけど問題はないだろう。
「おお、やっぱりエンジン音はすごいね」
魔術再現しているだけなのでクランクで回す必要もなく発動音を響かせる。アイドリング状態の音でさえそこそこの距離で作業していたニーナの声が聞こえなくなる程度に大音量だ。
ニーナが驚いてこちらを振り返って何かを言っているけれど、至近距離のエンジン音にかき消されて聞き取れない。
「めんどくさい。魔法で伝えなさい」
「ひっ。頭の中に声が」
エンジン音を止めながらも術式で言葉を伝え続ける。
「空の上だと直接話せることはほとんどないから、こういった方法で伝える必要があります。だから、覚えてください」
「わ、分かりました」
ニーナが涙目だが、これくらいならまだ優しいと思うんだ。あの女神達との修行に比べれば。
「じゃ、準備を続けてね」
準備に戻ったニーナを見ながら、術式の最終確認をしておく。
内部で魔力をループさせることで術式の維持に必要な魔力を抑えている。これなら今の一般的な魔法使いの魔力量でもある程度は飛び続けられるだろうね。構造も現在の技術で模倣可能だし、これで空への距離は近くなる。
「問題はそれを反映させる方法がないってことなんだけどね」
「何か言いました?」
「いや、何でもない」
ニーナが不思議そうにこちらを見たのでそっけなく返す。今の段階で知られても良いことなんてないので当然だ。
「私は準備できました」
「分かった。それじゃあ、試験飛行開始だ」
エンジン音が高鳴るのに合わせて私の体が浮き上がっていく。横を確認すればニーナも箒で上に上がってきていた。
「それじゃあ、ゆっくり流していくね」
徐々に加速しながら、と思っているとニーナから意外ともいえる言葉がとんできた。
「箒の早さだとそれについて行くのがやっとです。もうちょっとスピードを落としてください!」
「……併走する必要はない。改善するための各種情報の収集。そして、私が“飛んでいる”という事実を記録できればいいのだから」
「今の速さだと飛ぶことに集中しないといけなくて観測どころじゃありません!」
半ば悲鳴混じりの懇願に減速を決断するしかなかった。
「分かった。減速する」
速度を落とした瞬間、がくっと躓いたように軌道が落ち、エンジンが止まったように音が止まった。
「ひっ!」
自分で組んだ術式とラヴィーの作品なので墜落することがないと分かっているけれど、とっさに悲鳴のような声が出てしまう。
即座に姿勢を立て直して数メートルほど落ちていた高度を回復させたけれど、心臓は早鐘のようにバクバクとしていた。胸に当てた右手で痛いほど押さえつけながら深呼吸をすると徐々に正常に戻っていく。
「だ、大丈夫ですか?」
「う、うん。なんとかね。この位では落ちる訳がないと分かってはいても急に何かあると驚くね」
心配そうに声をかけてくるニーナに対して誤魔化すように笑みを向けた。それで納得してくれたようでニーナもほっとしたようだった。
内心では恥ずかしさで悶えそうだ。あんな悲鳴をだしてしまう体たらくでは教官役の威厳が消し飛んでしまう。ニーナの薄い笑みからは自分への印象がどうかわったのか読み取れなかったし、飛び続けている今の時点でそんなことを聞き出すことはできなかった。
「さあ、行こうか」
空を行けば学校から宮殿までは本当にすぐだった。
宮殿の上をぐるりと飛ぶと、轟音に気付いた人たちがこちらを見上げている。ベアトは満面の笑みで私に向かって手を振っているし、アナベルさんは驚いた表情でぽかんと口を開けてこちらを見ていた。お披露目という意味ではこれ以上無いくらいの成功だろう。心残りがあるとすれば、陛下とイザベラ様の姿がないことだろうか。折角の初飛行だから見ていただきたかったのだけどな。急に決めた飛行だから仕方ないといえば仕方ないんだけどさ。
「きゅ、宮殿の上なんか飛んで大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫。何か言われてもごめんなさいって言えばすむよ」
「そんなこと……」
ニーナが不安そうに言うから答えてあげたのだけれど、私の言葉を聞いて絶望したように表情が曇った。
どうしてだろうと一瞬考えたけれど、私とベアトの関係とかを知らなければそうなるのも当然か。不敬といわれて処罰されるような行いだろうからね。でも、士官学校の校則にも帝国の法にも飛行のために許可が必要という条項はないので処罰しようがないんだけどさ。箒しか飛行手段がない中で航空機相当の規制をしろというのも無茶な話だけど。
「そのあたりは私のコネとでも思っておきなさい。さ、技術局まで行って鼻を明かすよ」
「ちょ、待ってくださいよ」
宮殿の上空を一周してベアトの方に手を振ってから技術局目掛けて針路をとった。技術局は市街区域から少し離れた場所にある。そこまでなら少し性能をだして飛んでも問題はないだろう。
「先に行くから観測よろしく」
ニーナに伝えてから一気にスピードを上げた。とは言ってもスピードを出しすぎると通り過ぎてしまうだけなので調整しなければならない。それこそレシプロ機くらいの速度が適切だろう。それでも箒を使うニーナを置き去りにできる速さなんだけどさ。
空を飛ぶとやっぱりすぐに到着した。
飛行実験の準備中なのか打ち合わせをしているらしいソフィアさんとルキアさんが見えた。エンジン音に気付いたのかこちらを見上げると、やっぱり驚いたように呆然とした表情になった。
速度を落として低空から二人に手を振ると再度スピードを上げつつ上昇して、飛行性能を誇示するような機動をしてみせる。
バレルロールでアピールをしてからバーティカルクライムロール。スモークを発生させられないから見た目には地味になってしまうけれど、技術局の人ならこれがどれだけ高度な技か理解できるはずだ。
というか、複葉機レベルの飛行性能すら持っていなかったアレに比べたらジェット戦闘機並みに性能がジャンプしている。それだけで驚愕ものだろう。
「ま、それだけの理由でこんな目立つ技をしてるんじゃないけどね」
上空で術式を止めて自由落下しながら口に出してしまった。地表まで僅かというところで術式を再起動させ飛行を再開。インサイドループで盛大に無事をアピールして技術局から飛び去った。
「これで飛行が可能だということも、更なる高高度を目指せることも見せられたかな」
空を飛ぶということが絵空事と思われ続けるのはちょっと我慢できないからね。ここまで派手に見せ付ければぐうの音もでないだろう。見た目には技術局のアレを改修したようにしか見えないはずだしね。箒があるからと空を目指す手段について思考停止していたという人たちが今日のこれを見てどんな反応を示すか楽しみだ。
「早ければ今日中。遅くても明日には士官学校に問い合わせがあるかな」
どうやって問い合わせから逃げるか考えながら、音を置き去りにする『本当の』性能を発揮させた。瞬間的な加速で発生したソニックブームを魔法で無効化しながら、一気に飛び去ることにしたのだった。
前回の更新後は人間の心って簡単に死ぬんだなって思う期間でした。
次回更新は7月中を目標です。




