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邪神さまの玩具  作者: 黒夜沙耶
士官学校編
34/52

二日目午前

先週は更新できず申し訳ありませんでした。

「んあ? 朝か……」

 珍しく神様の世界に呼ばれることなく眠っていたらしい。大きな動物に手を吸われたり、顔を舐められたりする夢を見ていたけれど、夢を見るという行為自体久しぶりだった。

「うわ。涎でべとべとだ」

 よそ様のベッドで涎をこぼすとはかなり恥ずかしい。右手で口元を拭うと、右手も湿っている感覚があった。いったいどこまで涎を垂らしたのかと思うと顔から火が出そうだ。

「お姉ちゃん、起きましたか?」

「むぐ。少し寝坊だな。むぐ」

 そんなことをしていると先に起きていたらしいベアトとリリィが声をかけてきた。笑顔をこちらに向けるベアトはいいとして、リリィはなぜ肉を食べながら話しているのか。

「……リリィ、なぜお肉を食べながら話しているのですか?」

「うん? 別に口止め料とかそういうのでは……」

「行儀が悪すぎます。食べるか話すかどちらかにしなさい」

「お、おう。分かったぞ」

 言ったことを素直に反省したようなので、今回は許すことにしよう。肉を与えたであろうベアトも安堵して胸をなでおろしているし、追及しなくていいかな。

「でも、何か言いかけていたような。何か言うことがあるの?」

「な、何でもないです。お姉さまが気にするようなことは何もありませんでした!」

 リリィが何か言いかけていたような気がして聞き返したものの、慌てた様子のベアトにインターセプトされてしまった。リリィがどうやってお肉を手に入れたかを言おうとしていたのなら火の粉が降りかかると思っても仕方ないか。別にベアトを問い詰める気もないからこの辺りで打ち切ろう。

「それならいいのだけれど。私はとりあえず顔を洗いに行ってくるから」

 洗面器に水が準備されていても水道まで行ってバシャバシャするのが私の正義だ。だから、拭った右手をタオルで拭いてから廊下にぺたぺたと歩き出た。

「あんなことを言ったら口止めに貰ったと言っているのと同じでしょう」

「すまん。今回はアレが人の話を聞かない奴で助かった」

 扉を閉める前にベアトとリリィが何かぼそぼそと話しているのが聞こえたけれど、その中身は聞こえなかったし気にすることでもないのでスルーした。


「ふう。やっぱり冷水で顔を洗うと一気に目が覚めますね」

 口周りのベトベト感がなくなりすっきりとした気分になる。そして、顔を撫でてもひげの感覚が無くて剃る必要がないというのも素晴らしい。

「さて、すっきりとしたら着替えて朝ごはんですか。……制服を汚しそうですし、制服には後で着替えなおすとしましょう」

 エスプレッソをこぼしたりしたらシミになりますしね。いくら軽い朝食でも汚す可能性がある以上は用心するにこしたことはないでしょうし。

「はぁ、でもご飯とみそ汁の朝ごはんが恋しい」

 だって日本人だもの。小麦とコーヒーの朝ごはんも嫌ではないのだけど、時折白ご飯と海苔や納豆の朝ごはんが食べたい気持ちが襲ってくるのは仕方ない。

「あっちにいる間にユキに作ってもらおうかな。それぐらいならきっと……」

 そんなことを考えながら行動していたら、いつの間にか着替え終わっていた。我ながらこんな調子で学校生活は大丈夫か少し不安になる。

 廊下の端をこそこそと食堂に向かって進む。時折メイドさんとすれ違うけれど、敬意を示されてもむずがゆいので不可視化でスルーする。段ボールがないけれど、スニーキングミッションの気分だ。

「でも、食堂にメイドさんが居ない訳がなかったね」

 食堂にはメイドさんがいた。お世話されながら朝食をとるのはストレスから胃にはよろしくないかもしれない。そして、ベアトもリリィも居ないのはどうしてなのか。

「ベアトリーチェ様とリリィ様は既に朝食を済まされています」

 私の表情から考えていることを読み取ったのか、メイドさんが答えてくれた。その答えに愕然としながら無心で食事を済ませるしかなかった。



 食事を済ませると、歯を磨いてから本来私に割り当てられた部屋に戻ってトランクを開けて制服を取り出した。

 真新しい制服に袖を通すと、気が引き締まる思いがする。もっとも、訓練は明日からなので今日はどこで訓練を受けるかなどを聞かされるだけなのだろうから、特に気を張る必要はないのだけど。

「さて、行きますか」

 時間を確認すれば、今宮殿を出れば始業時間すぐに学校へ着く時間だ。特に時間指定はされていなかったけれど、こういうのは早く済ませてしまいたい。

 リリィの気配を探るとベアトと一緒に正面玄関のあたりにいるのでちょうどいい。リリィを拾ってベアトに挨拶して出発しよう。

「リリィ、そろそろ行きますよ」

「ぬ。いつの間にやら時間が経つのは早いな」

「お姉さま、学校に行かれるのですね。今日の夜はこちらに?」

 ベアトとリリィがじゃれていたので声をかけると、リリィはすぐに影に潜ってきた。そしてベアトはゆっくりと歩み寄りながら今日の予定を確認してくる。

「荷物は置いたままだから取りに戻るけれど、学校に行ってどのような指示を出されるか次第だから何とも言えないかな」

「そうですか……」

 しゅんと萎れたベアトの頭を撫でて笑いかけると、笑顔で行ってきますの挨拶をした。

「行ってきます。笑顔で送り出して欲しいな」

「……はい。お姉さま、いってらっしゃいませ」

 用意されていた馬車に乗ってベアトに見送られるようにして宮殿を出ると、馬車はゆっくりと士官学校へ向かう。完全にこれから入学する孤児院出の子供に対する待遇じゃないよなと思いながら、楽なので何も言わずにただ外を見て到着を待つ。今日は御者さんと二人だけなので会話をする相手がリリィしかいないのだ。そして、リリィが会話から逃げているので外を見るしかない。

 士官学校の校舎が見えてくると、年甲斐もなくわくわくとしてしまうのだった。馬車から降りると、指定された事務室に向かう。どんな未来が待つのか期待に胸が膨らむところだ。



「どういうことなのか説明を求めます!」

 目の前の事務員に思わず声を荒げてしまった。私の剣幕に事務員も怯えた様な表情を浮かべたものの、職務に忠実に口を開いた。

「ユリア・フィーニス訓練兵を訓練課程に参加させることはないということは上からの伝達事項でして、それ以上のことは分かりかねます」

 その言葉に私の頭も少し冷えた。上の指示といっているのに現場の人間にごねてもどうにもならない。私の嫌いなクレーマー行為だ。

 私を訓練課程に参加させないというのは上からの指示というのはどこからだろうか。流石に陛下からというのは考えられないから、最悪は陛下に頭を下げて何とか調停をしてもらえないか頼めばなんとかなるか?

「余計なことをせずにすぐ私に引き継ぎなさいと言っていたのに何をやっているの」

 懐かしい声が聞こえてきたので思考を中断して視線を向けると、数年ぶりに会う人が怒気を隠そうともせずに私の相手をした事務員を叱責していた。

「ユリアちゃん、久しぶりね」

 私が気付いたことが分かったのか、ベレニケさんは叱責を止めて微笑んでくれた。久しぶりにあうけれど、変わった様子が無くて安心する。

「ベレニケさん、お久しぶりです。今はこちらに?」

「ええ。校長になられた閣下と一緒にね。詳しい話はここではちょっとね……」

 歯切れの悪さに周囲を探ってみれば、周りの誰もが興味津々という表情で聞き耳を立てていた。確かに顔見知りとはいえ、上が異常な指示を出してきた候補生と上級将校の秘書が話していればそうなるだろう。

「どちらに行けばよろしいです?」

「閣下がお待ちになっているわ。閣下は朝一に来ると予想して待っていらしたのよ」

「私の行動が読まれてますね」

「当然ね。いつからあなたを知っていると思っているの」

 たわいのない話をしながら建物の奥へと進んでいく。そして、ひときわ重厚な扉を開けて入ると、オリエンスおじさまが待ち構えていた。髪には白いものが増えていたけれど、まだまだ元気そうな姿に思わず笑みが漏れた。

「久しぶりだね。そして、よくこの道を選んでくれた」

「お久しぶりです。おじさま、いえ、閣下。そして、あの場所で育った私が両親に恥じない道を歩むには士官学校はうってつけでしたから」

 再会に親しく話をしたい気持ちはあるけれど、今は士官学校の校長と入学前の新入生という立場だ。わざわざ呼ばれてまで話す事柄を無視して私的な話をするわけにはいかない。おじさまも私のそんな気持ちをくんでくれたのか、私に座るように指示すると核心について口を開いてくれた。

「率直に事実を言うと、君に訓練課程は必要ないだろうという判断が下されたのだよ。ヨムラでの功績を除いて考えても、体力は十分で魔法技術に至っては卒業させても問題ない練度だ。それを訓練課程に入れて無駄に時間を使わせるならもっと実のある時間の使い方をしようというのが中枢の判断だ。君を士官学校から排除しようという目的ではない」

「そうでしたか。それを聞いて安心しました。……それで、私は半年間何をすれば?」

「うむ。君には訓練課程の教官をお願いしたい」

 その言葉があまりにも意外過ぎて、頭が意味を理解するのに数秒かかった。そして、それがどういうことなのかを受け入れるまでさらに数秒。そこでやっと口を開くことができた。

「私も今年入学の候補生ですよ? 教官をやるなんて無理です」

「内規では訓練課程は各基地もしくは学校で行うことと定められているだけだ。誰が教官を務めるかは基地司令もしくは学校長の指名に委ねられている。そして今回は校長の私だけでなく、中枢も君に教官を任せることに異議はない」

 私の反論におじさまは規則上一切違反がないことを盾にして迫ってきた。ルール上無理がないなら制度を動かす側は拒否しないだろう。

 しかし、私の心情の部分は考慮されていない。いくら規則上問題なくとも受け入れがたいことはあるのだ。

「そんなにうまく教えられる自信はありません」

「誰でも最初はそんなものだ。士官として部下を育てる練習を早くにできると思えばいいのではないかね」

「訓練課程を終わるに十分な成果を出せなければ私の成績が悪くなるのではないですか?」

「教官として不手際があったとしても今回はそういった教育を終えていない時期にやらせるのだからな、成績に一切のマイナスはない」

 おじさまの言葉には、私が教官をやって失敗したとしても責任は問わない。むしろ失敗してもやむをえないという意味が込められていた。ここまで外堀が埋められている状態で教官を辞退するなら、士官学校への入学自体を辞退しなければならないだろう。

 逃げられないと悟ると、恨みがましい目でおじさまを見ながら口を開いた。

「分かりました。同期生への教導の任をお受けいたします」

「そうか。受けてくれて感謝する」

 おじさまの声を聴きながら、どうしてこうなったという疑問が頭の中を埋め尽くす。いつもなら馬鹿笑いするだろうリリィも気の毒そうに気を遣ってくれているのが分かる。

 こうして予想外な学校生活の一歩が始まったのだった。


100名を超える方にブックマークしていただけました。ありがとうございます。

これからも頑張って続きを書きますので、楽しんでいただければ幸いです。

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