首都到着
「こ、腰が痛い」
「首都までの急行の二等に乗ってそこまで腰を痛めた人は初めてだよ」
首都の駅について中々降りられずにいると、巡回に来た車掌さんが何とも言えない表情で助けてくれた。
言い訳をするなら、現代日本の急行クラスのシートのレベルを想定していたら、博物館に置いてある車両クラスのあんまり柔らかくない座席だったからだ。少しずつ体勢を動かしてはいたけれど、窓側に座ったから通路を歩けなかったのが敗因だと思う。
「ふぁあ。やっと着いたのか。もうちょっと陽が傾いているかと思ったが、まだ高いのだな」
「ダルケと首都の間の移動にそんなに時間がかかったら、首都防衛戦力を置く意味がないでしょう」
「それもそうか。……まだ外に出てはいかんのか?」
そわそわとしたリリィの言葉に苦笑すると、それで分かったのかリリィが落ち込んだのがなんとなく感じられた。
「もっと自由に出られればいいのだが、こればかりはどうにもならぬものよのう」
「私もリリィに乗れると楽なんだけどね」
腰をさすりながらしみじみと言うと、リリィが絶句していた。何をそんなに驚いているのかと思うと、呆れた様な言葉がとんできた。
「なぁ、治癒魔法はどうしたのだ?」
「あ、忘れてた」
この体は魔法で回復ができるんだった。久しぶりの列車のせいで日本にいた時の感覚が強くなって魔法の事が意識からとんでいたようだ。
治癒魔法を使って腰の痛みをマシにしながらホームを歩いていると、あちこちから視線を感じる。その視線のほとんどは街中で有名人を見かけた時の反応という感じだから居心地悪くはないんだけど、やっぱり気にはなる。
受勲から時間が経っていないからこうなるのであって、何か月かすれば気にされなくなるだろう。それに明後日からはどこかで訓練だ。訓練の間は問題なんて起きないだろう。
「……楽観的だな。だが、それもまたいいだろう」
「気になることを言わないでよ」
たわいない話をしながら駅の中を進んでいき、エントランスへと抜けてきた。
壁にあった周辺地図を確認する。駅と宮殿の位置関係を確認しながら、市内にどんな交通機関があるのか確認するためだ。
「思っていたより微妙な距離なんだね。どうしようかな」
駅から宮殿までどう移動しようか少し悩む。ある意味で観光名所のため、乗り合いで近くまで行くことができるけれど、また腰とお尻が痛くなるのは避けたい。私が全力で走れば文字通り「すぐ」到着するけれど、勝手の分からない場所でそんな無茶をすると後が怖い。
「……普通に歩いていこうかな」
叙勲の時は観光どころじゃなかったし、道を覚えがてら歩くのも悪くないのではないかと思う。トランクを持って歩くとか良いカモに見えるかもしれないけれど、スリやら強盗やらは実力で排除すれば問題ないだろう。今の私の見た目なら、急に襲われて怖かったといえば多少やりすぎても許されるだろうしね。
そんな黒いことを考えながら駅舎から出たけれど、抜けるような青空と日差しを受けて思わず手で目を隠すようにして立ち止まってしまった。
「いい天気は気持ちいいのだけれど、外に出た時に視界がすぐに慣れないのはちょっと不便ですね。そうは思いませんか?」
私が視界をほとんど隠したまま言った言葉に、私の四方から近づいてきていた人たちが驚いて戸惑っているのが分かる。
「気配を隠そうともしていないのですぐわかりましたけれど、私に何か御用でしょうか?」
魔法で探知するまでもなく、私に向けられている視線の種類が違う人たちが居るのは気付いていた。近づいてこなければ無視するつもりでいたけれど、駅の玄関という人目のある場所で近づいてくるのは少し予想外だった。もし害をなそうとする相手なら市民に被害が出る前に制圧しなければならない。
「何か答えられてはいかがですか?」
私の背後にいる、おそらくまとめ役だろう相手に向けて問いかけながら振り返ると、そこにはつい先日にお世話に立った宮殿護衛官が立っていた。
「いや、お見事ですな。魔法を使わずともそこまで気付かれるとは士官学校に入らずとも任官できそうですね」
もはや老人と呼ばれる年齢に入りかけている護衛官は好々爺じみた笑顔で私を歓迎してくれる。
「お久しぶりです。アルフレードさん。でも、どうしてここに?」
「ベアトリーチェ様が朝からそわそわとしておられまして……」
アルフレードさんが苦笑しながら私の疑問への答えを口にした。それだけでどういうことか理解できた。私も謝るしかない。
「お手数をおかけして大変申し訳ありません。ベアトにも日付しか伝えていなかったので、きっと朝からずっと私を待ってくださっていたのですよね」
「いやいや、ベアトリーチェ様のお役に立てるのであれば我々の誉れですぞ」
私の言葉に、右側から近づいてきていた別の護衛官が笑いながら答えてくれた。小太りに見える体型で、笑みを浮かべた顔はとても親しみやすく、サンタクロースの衣装か田舎農夫の衣装が似合うような人なのだけれど、確かに宮殿の護衛官なのだ。
「モンティさんもいらしてたんですか。お二人が抜けてベアトの身辺は大丈夫なんですか?」
「ユリアさんがいらっしゃるまでは間違いなく宮殿からお出になりませんからね。今日は公務もありませんし、それなら私たちがお迎えに来るのがベアトリーチェ様の御身をお守りするのに一番だったのです」
にこやかにアルフレードさんが答えてくれる。ベアトも信頼する人が迎えに行っているなら大人しく待っていてくれるから、安全な場所に居てくれるということなのだろう。
実際、この二人は好々爺のような雰囲気だけれど、私が宮殿で見たところではトップクラスの手練れだ。ベアトの近くで執事かお世話係のように見えることもあるけれど、立ち位置の取り方や視線の動きが体を張って護衛する警護官のそれなのだ。
そうは言っても、孫の年齢に近いらしい私とベアトにとってはおじいちゃん感覚で、数日滞在しただけの私も打ち解けられる穏やかな人たちなんだけどね。今も孫を迎えに来たおじいちゃんのような光景になっているし。
ただ、気になるのは他の護衛官、多分若手の人たちなのだろうけれど、その人たちが私を信じられないような目で見ていることだ。いや、二人と普通に話しているということに驚いているのかな。ま、私にはどうでもいいんだけどさ。
「宮殿まではどのように?」
「馬車を用意しています。ここからなら、それが一番ですからね」
馬車か。ある程度車が普及した社会で馬車を使うというのは、箔をつけるとかいろいろな意味があるけれど、今回は儀礼的な意味かな。現代日本でも東京駅から皇居まで大使を送迎する馬車が現役だったりするしね。
「馬車に乗るのは初めてです。ちょっと楽しみですね」
前回と今回のどちらの人生でも馬車には乗ったことがない。動物好きとしてはテレビで見た観光農場の馬車に乗ってみたいと思ったこともあるくらいなので、望外のチャンスなのだ。
「それは良かったですな。あちらを見ていると、そろそろ見えてくるはずですぞ」
指さされた方を見ていると、建物の陰から二頭立て馬車が出てくるのが見えた。かなり豪華な馬車というのが一目で分かる質の良さだ。これで駅前から宮殿まで乗っていったらかなり目立つだろう。
「あ、私、もう有名人だ」
「どうかしましたか?」
「いえ、何でもないです」
アルフレードさんが不思議そうな視線を向けたので、慌ててごまかした。
視界の隅に店先に並んだ、ドレスを着て笑っている私のブロマイドが入り込んだので、自分がもう既に有名人だったという事実を思い出した。この辺りの自己認識が改善されるのはいつになるのか分からないなと内心でため息を漏らしていると、私の目の前に馬車がつけられた。
「どうぞ、お嬢さん」
「ありがとうございます」
モンティさんが気取った仕草で扉を開けてくれたので、私も合わせて淑女らしく振る舞って馬車に乗り込んだ。馬車のシートは座っても痛くならない上質なもので、腰が痛くなる心配はなさそうだった。
来週末は会社のため、更新がないか、短いものになると思います。




