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邪神さまの玩具  作者: 黒夜沙耶
幼少期編
30/52

銀翼と勲章

 ヨムラの空へ舞い上がると、全ての状況が手に取るように分かった。

 痛みに呻く声が、目の前で親しい人間が傷付いている姿を見た悲痛な叫びが、消えかけている命の灯が揺れる姿が、救いを求める祈りが、全て伝わってきた。

「絶対に助けます」

 私の影が分かれ、救いの手を差し伸べなければならない相手の元へ降りていく。全てが影であるはずなのに、見ている風景や助けようとしている相手を理解できる。

「これが、最後の最後に貸してくれる力……」

 銀色の彼女が貸してくれた力が私をアンジュ達に近い領域まで押し上げている。それが実感できるほど術式の精度が高まり、自分が何人もいるような感覚でも混乱せずに認識できていた。

 人々の傷を癒し、安心を与えるために微笑みを向ける。何人もの私が同時に何か所でも同じことをしている。ただし、傷はそれぞれ程度が違うし、場所や体の細部も違う。実際に治療するのはとても集中力が必要な作業を同時並行でやるのは、普段の私なら不可能なのだ。

「これで一通り治療の山は越えた。あとは、この残滓をどうするかだけ」

 十分もしないうちに市民と兵士全員の治療が終わった。業腹だけれど、中継役のケガも治している。

 残る問題はヨムラを包んでいた魔法に使われていた魔力。魔法が崩れて指向性を失った魔力は大気に溶けるように漂っていた。どこから集められた魔力か分からないけれど、ただこのまま消えるのを見ているのはもったいない気がした。

「薄く私の魔力を混ぜて……集束」

 空間の魔力を集めて集束魔力砲とかする訳ではない。誰かの悪意で災難に見舞われたこの町の将来が少しでも良い方向に向くように祝福をするのだ。

 彼女が力を貸してくれる今ならそれができると確信していた。

「さぁ、祝福よ。この地に力を」

 魔力が大地に降り注ぐ。尾を引く光となって空を埋め尽くしながら魔力が大地へ還っていく。それは流星雨のようであり、傷付いた都市への慈雨のようでもあった。

「あ、やば。調子に乗って魔力を使い過ぎた」

 一時的に増大した魔力で使い放題だったけれど、さすがに都市への祝福は魔力をごっそりと持っていった。翼は消えかけ、銀色に変わった髪も灰色まで輝きを失っていた。

 よたよたと墜落するように飛び立った教会まで落ちると、ぶつりと意識を失った。



「ああ……。あの人はまだ生きていた。生きていてくれた」

 その言葉を漏らしたのはアンジュだった。

 銀色の翼と髪を帯びて都市上空に現れたユリアの姿を見て、七柱の女神全員が歓喜の涙を流していた。

「まだこの世界を見捨ててはいない……というよりは、あの子の姿にもう一度希望を見たということかしら」

「何でもいいです。あの人の力をまた感じられたそれだけで十分です」

 Dが涙を流しながらもどこか淡々とした声色で口にしたが、ラヴィーの答えがDも含めた女神の総意であった。

 女神達はただヨムラに舞う銀色を見つめていた。



 ヨムラに居た人々全員が、空を舞う少女の姿を見た。

 写し身を放ち、傷付いた人々を助け、傷を癒していく姿は神殿に描かれる女神そのものとしか思えなかった。

「大丈夫。諦めないで」

 壊れた建物に埋もれ、潰された人を救いだしては笑みを向けて希望を与える。銃弾で瀕死の傷を負った者は傷一つ残さずに癒す。

 その姿は市民からも兵隊からも畏怖と崇敬の念を集めるに十分だった。

 そして、その姿を都市の外から見ていた者もいた。

「どうしてだ! その姿で信仰を伝えるのは私達だ! どうして邪教のものがその姿になる!」

 見てくれは妙齢の美女といってよい女は血走った目でユリアを睨みながら、狂ったように叫び続ける。

「なぜ真実の信仰に目覚めた者達の邪魔をする! 邪教に染まった者たちがまたしても邪魔をするのか!」

 女は長い髪を掻き毟ると、外套を身に着けて自然に溶け込むように姿を隠す。

 外套を纏ったその姿は、かつて手駒を始末したその時から何一つ変わっていなかった。




「知らない天井どころか、知らない天蓋だよ……」

 目が覚めるとお伽話に出てくるような天蓋付きベッドに寝かされていた。どんなに間違っても基地にある私のベッドではないし、こっちの世界ではこんな物を見た記憶もない。

「いっそのこと、あっちの世界であって欲しかった……」

 目覚めてすぐの動作が頭を抱えるというのはなかなかない気がする。

 あちらの世界でアンジュかブランが寝かせてくれていたというほんの僅かの可能性にかけてみたけれど、どこからどう探っても生身のあるこちらの世界だった。

 つまり、魔力を使い果たして教会で気を失った後に回収されてこんな立派な場所に寝かされているということが確定した。

「あっちの世界に呼ばれることなくこっちで目が覚めた理由を考えるのは後回しで、とりあえずはこの場所がどこか確認しないと」

 部屋の中を見回すと、絢爛とはいえないけれど品のよい品々が置かれていた。窓もはめ殺しとか、鉄柵付きとかでないから敵意はないはず。まあ、イリスお姉ちゃんのところか、ベアトのところだろうなぁとは思うものの、確証はない。

「あ、いい物があるじゃない」

 ふっと視線を横にずらすとナイトテーブルにベルが置かれていた。これを鳴らすとメイドさんか執事がやってくるに違いない。

 ハンドベルを振ると思いのほか柔らかな音が響いた。そしてどたどたという慌てふためいて走るような音が部屋の外で聞こえた。いや、部屋の外で近づいてきている。

「お姉ちゃん!」

 扉を蹴破るような勢いで入ってきたのはベアトだった。少しほっとしながらも、ここが宮殿かどこかと分かったストレスで痛む胃に治癒魔法をかける。

「おはよう、ベアト。ここはどこかしら?」

「おねえちゃぁぁぁん」

 うっすらとほほ笑んでみると、ベアトは涙で顔をぐしゃぐしゃにしてとびついてきた。

 泣き止まないベアトの頭を撫でていると、ベアトの開け放った入り口に多くの人が来ていた。大体は知らない人だけれど、先頭に陛下がいらっしゃった。

「いや、そのままでよい。十日も目を覚まさなかったのだ。無理をしてはいけない」

「十日も眠っていたのですか?」

 姿勢を正そうとすると、それを制するように陛下が言葉をかけてくださった。本当ならまずは感謝の言葉を述べるべきなのだけれど、言われた内容に反応してしまった。

「そうなのだ。では、その話をしよう」

 陛下の話してくれた内容をまとめると、私が意識を失った後、態勢を立て直して都市に入城した部隊の前にリリィが現れて、教会まで案内したらしい。そこで意識を失って倒れている私が発見され、救助されたものの意識が戻らない。その報告が上がり、首都に居た陛下の元まで届いて首都、正確には宮殿への移送が決まる。大体、これで七日が経過していたらしいが、宮殿に到着しても一向に目を覚ます気配がない。肉体的には問題なく、魔力も消費してはいるものの意識を失うほどではないということで、原因不明で宮廷の医官でも匙を投げていたという。

 そして、その間にヨムラの調査は進み、私が術式を破壊しなければ悲惨な結末がもたらされていただろうとの結果になったそうだ。もちろん、私は術式破壊の段階で意識を失ったとして、その後のことは知らぬ存ぜぬを通すしかないのだけれど、術式破壊だけでも十分な働きをしたとみなされているらしい。

「この度の献身に帝国は最大の礼をもって報いたいと考えている。勲章を準備している。受け取ってもらえるかね?」

「謹んでお受けさせていただきます」

 陛下の言葉に頭を下げて答える。私のその答えにベアトが泣きながら笑っているのが分かった。


 そこから先は私の意思が介在する余地のない速さで進んでいった。しかも、それは必要なのか疑問に思うものまで準備されたのだ。自分の懐が痛まないから何も言わないけどさ。

 オーダーメイドでドレスが作られ、報道用という名目でスチル写真まで撮られた。

「まあ、貰う物の重大さを考えれば分からなくはないのだけれど……」

 着せ替え人形になったような気分になるのはどうしようもない。ため息を漏らすと、ここに来てからほとんどべったりのベアトが悲しそうな表情になるので飲み込むしかない。

「しかし、『名誉の記憶』か。随分と高位の勲章に選ばれたものだ」

 自身の命の危機を顧みずに多くの人々を救ったと認められた人間が授与される勲章だ。身分、年齢、性別の一切を問わないけれど、与えられるに足ると認められるには厳しい基準があり一般市民が授与される中で最高位とまで言われている。

 今回の私へ授与されると、女性最年少と受勲者最年少のレコードキーパーになるらしい。

 そしてその準備の間私はベアトと遊び、へそを曲げていたリリィにステーキでご機嫌とりをし、何かを隠している女神に言い訳されながらユキに礼法を学ぶという昼も夜も忙しいことになっていた。

「明日の授与式でもトラブルが起きるとかないよね?」

 今までのトラブル続きの過去を振り返って一抹の不安がよぎる。いくら何でも、ヨムラのあれがあったばかりで起きるはずがないと思いなおして、私を呼ぶベアトの声に答えた。



 結論から言えば、授与式にトラブルは無かった。つつがなく授与が行われ、私の左肩から吊るされた勲章が輝いている。式典の間はベアトも大人しく列席していたのだけれど、式典終了後は取材に囲まれる私を見て頬を膨らませているのが唯一のトラブルだろうか。

「こちらにも笑顔をお願いします」

 囲みでフラッシュが連続していると視界が白く塗りつぶされる。それを我慢して笑顔を向け、記者に尋ねられることに答え続ける。

 士官学校入学前にここまで有名になるとは想像していなかったけれど、これで両親に一層誇れる自分になったと、抜けるような青空を見上げて思うのだった。


これで士官学校入学前、幼年期編に区切りがつきました。

次回以降ユリアを士官学校に入学させます。


なお、勲章名はキリスト教由来を含む現代の勲章名を参考にはできないため、差し障りない言葉をつなげただけです。その方がラテン語訳作るときにやりやすいので。

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