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邪神さまの玩具  作者: 黒夜沙耶
幼少期編
27/52

嵐の前の

天気が一気に変わりすぎて体調を崩しかけています。皆さまご自愛ください。

 私の目の前には届けられたばかりの士官学校の制服があった。丁寧に一着ずつ畳んでしまわれた制服は式典用と平時用の二タイプがあり、見えている部分だけでも多少の差異が見て取れた。

「これを着て入学かぁ。まずは半年の基礎課程だけど、楽しみだな」

 期待に胸を膨らませる。下世話なツッコミを考えてしまったけれど頭の奥に押し込む。

 半年の基礎課程が終わったとしても魔法使いの過程的には幼年士官学校のようなものだし、多分魔法も基礎なんだろうな。そう思うとアンジュが懇切丁寧に教えてくれた内容と被らないか気になる。

 被っていたら被ったでチートっぽいことになるから別にいいけどね。

「うん。一番の難関は入学試験を受けることだったよね」

 軍施設なのに入試の申し込み書類は手に入れるのに時間がかかって、危うく申し込みできなくなりそうだったのが第一関門。でもそのあとも試験会場まで試験を受けにいくどころか、試験官がやってきた時は驚いた。しかもそれが陛下の指示だったから下駄を履かせられたとも思ったけれど、試験官が公正に判断すると言ってくれたことは嬉しかった。

「筆記試験しかやらなかったけれど、そんなものなんだろうか……」

 魔法使いの試験なら魔力とかそういう適性も見るものだと思うんだけど。軍なんだから運動能力とか健康状態とかさ。

「……ずっと軍施設にいるんだからそれは知られていて当然か」

 そういえばこの身は人生のほとんどを軍の施設で過ごしている。そういった基礎情報として必要な部分は把握されていると考えれば、学力だけが確認の必要なところになるのか。

マンツーマンで教えてもらっているからテストなんてしたことないし。

「ま、いっか。士官学校の学生になればコレも隠さずに持てるようになるしね」

 机の上に置かれた弾倉とオートマチック拳銃を手に取ると、鏡に向けて構えてみた。銃の取り扱いはクロが教えてくれたので、それなりにかっこよく構えられたと思う。

 拳銃を見て頬が少し笑ったのが見えた。自分では気づいていなかったけれど、父親の遺品の銃を持って父親と同じ職に就こうとすることに嬉しさがあるのかもしれない。

 実は士官学校の入学が決まった時、孤児院の大人が両親の遺品を渡してくれたのが一番うれしかった。士官学校まで渡してもらえなかったのは内訳のせいだろうと思う。

 母の遺品は柘植の櫛だけだった。年輪幅に偏りがないから、かなり質の良いものなのだろう。瑞光帝国から身一つで父を追って来たらしいけれど、あちらではいい家の出だったのかもしれない。

 父の遺品は銀時計と拳銃に刀が一振り。銀時計は士官学校の成績優秀者に贈られる懐中時計で、自分の手に渡されたときには、表面が黒く錆びきっていた。誰も磨いていなかったらしく、輝かせるには時間がかかった。拳銃は士官が自費で購入する予備武装扱いのものらしい。見た目は自分の知っているモーゼルミリタリーに近いけれど、ダブルカラムマガジンを下からさして給弾するもので、弾倉から銃口までが太く強化されている。それにグリップも今の私ではちょっと握りにくい形の物だ。これも手元に戻って来た時には錆びが浮いていて、本格的な修繕が必要だった。ラヴィーに教わりながらなんとか直せたけれど、素材が魔力を通しやすい合金という普通は拳銃に使わない素材で、ラヴィーの知識がなければメーカーに修理を依頼しなければならないところだった。

 問題は刀だ。刀なのだ。サーベルでもなく、そりを持つ刀。知識としていうなら、日本刀そのものだ。それなのに保管されていた間、十年以上手入れもされていなかったはずにもかかわらず錆び一つ浮いていなかった。日本刀ならその段階で錆び付いて鞘から抜くことすらできなくなるのにだ。

「お父様の持ち物ってことだったけれど、もしかしてお母様の持ち物なのでは?」

 不思議すぎる刀はあとで瑞穂に確認をとろうと思って影に放り込んでおく。それと一緒に拳銃と予備弾倉も影に入れる。本来は士官学校卒業まで武器を持ち歩くのは犯罪だけれど、邪神の加護を持つ者として見つからなければ犯罪じゃない精神で割り切っておく。

 気付いたけれど、この能力は危険だな。武器持ち込み禁止の場所にも持ち込める。やろうとすればいくらでも完全犯罪や暗殺ができそうだ。やる気はないけどさ。

「ちょっとだけ、ちょっとだけだから……」

 恐る恐る制服を手に取ると、部屋にある姿見の前で制服の上だけ手を通してみる。

「軍人になるっていうのがまだ実感できないけど、これはカッコいいかな」

 制服の上を着た鏡の中の自分に敬礼の動作をさせてから、ふわっとほほ笑んでみた。

 自分で言うのもなんだけれどすらっとした体型に育ってきていて、伸びた髪と相まってガチな長女と花屋の娘さんの中間くらいかなという見た目になった。将来が期待できる美少女といっていいだろう。容貌は母親似だし、大きく外れたりはしないはずだ。

 そんなことを考えていると、きゅるると可愛らしくお腹が鳴った。時間を確認するといい感じにお昼だ。

「そういえば、この世界には中華料理はあるのかな?」

 会社の近くの中華料理屋さんはお昼にお弁当を買うとおまけで杏仁豆腐をつけてくれたなんて昔のことを思い出すと、無性に中華が食べたくなる。調味料がないとどうにもならないけど、作れるなら作りたい。麻婆豆腐に餃子、ラーメンといった思い出すと食べたくなるものを十年以上食べていないのだ。

「考えても仕方ないことは頭の隅に置いといて、とりあえず食堂に行こう」

 リリィが無言で急かすように尻尾を振っているので急いで部屋を出る。

 いつもと変わらない、退屈なようでいて大切な日常。

 多くの人のこんな日常を守るためなら軍人になるのもいいかなと思う。自分の力が備えとして期待されても必要にならない場所はきっと平和な場所なのだから。


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