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邪神さまの玩具  作者: 黒夜沙耶
幼少期編
26/52

大人たちの後始末

今回も短めです。

 小走りにそれでいて可愛らしく逃げて行ったユリアを見送ってもソフィアは混乱していた。

「……あんなに精緻な術式を士官学校にも入っていない子が作れるものなの?」

 一応は魔法使いとしての教育を受けたことのあるソフィアだからそれがどれだけ異常か理解できてしまっていた。今組み込まれている術式もソフィア達が長い期間で開発した上等のものと自負しているのだ。確かに書かれていた術式はそれの修正型だったが、それを見学に来た少女が一瞥して改善したというならあの年齢で技術局に迎え入れられる天才だ。

「姉さん、みんな慌ただしいけどどうなっているの?」

「ルキア、もういいの?」

 ソフィアが呆けている間にやってきた妹の姿を見て、思考から引き戻されて妹の姿に安堵の声をかけた。

 それに対するルキアは顔を輝かせて答えた。

「軍医の先生はすごい人が治療したから大丈夫って。落ちた時に骨をやられた感覚があったけれど、今はどこも痛くないの。いつもなら魔力を使い切った後は体がだるいのにどれもないのよ。孤児院のユリアさんが治療してくれたらしいけど、姉さんはもうお会いした?」

「ユリアちゃんならついさっきまでここに居たわ。すれ違わなかった?」

「私がすれちがったのは、十歳くらいの女の子だけだけど……」

 困惑する妹の答えにソフィアは悪戯っぽく笑って教えてあげることにした。

「それがユリアちゃんよ。墜落直後に応急処置をしてくれたのもユリアちゃんだから、みんなにきいてみてもいいわよ」

「あの子、士官学校入学前の子でしょ? そこまでできるなら天才じゃない」

「しかも、才能はそれだけじゃないみたいなのよね。これもそうなのよ」

 半信半疑の妹に対してソフィアは修復途中だった設計図の隅を見せた。魔法一本で教育を受けてきたルキアにとって、その術式の価値はソフィア以上に理解できてしまうものだった。

「姉さん、これが本当なら開発は一気に進むんじゃない? ……だから、こんなにみんな動いているのね」

「いえ、これは撤収を進めているのよ」

「……え?」

 姉の言葉にルキアは固まった。輝かしい未来とは対極の言葉に理解が追いつかない。

「ちょっとやらかして、ラヴィー神が人類への助力を打ち切るかもしれない状況を作ってしまったのよ。これを陛下に報告して釈明しないことには、私たちは全人類の罪人として名を残すかもしれないわね」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 ソフィアは妹の絶叫に軽くため息をつきながら、責任者としてなすべきことをなすために妹の肩を抱いて作業に戻るのだった。



「何ということだ」

 ユリアからの手紙と技術局からの報告書に目を通した皇帝チェザーレはただそれだけ口にすると、目を閉じて思考に落ちた。おおよそは技術局からの速報で知っていたが、詳細を知れば知るほど大きな問題になっているのだ。長考もやむを得ぬものだった。

「陛下、手をこまねいている訳にはいきませぬ。ご決断いただかなくては」

 女神に関することとして呼ばれていたルキウス・クーラベラントが声をかけると、皇帝はゆっくりと目を開いて問いかける。

「今回問題を起こしたのは、特別枠で採用されたあの技術学校の最優秀生徒だったな? この制度が誤りだったのか?」

「いえ、誤りであったとは思えませぬ。優秀な人材を登用することは帝国の発展に欠かせぬこと。むしろ、今回は求められる水準に達していないものが送り出されたことが問題でありましょう」

 帝国の議員としての見識でルキウスは答えた。常に新しい血を取り込み続けなければ帝国という巨大な生き物は成長できないというのは帝国の議員の共通認識であった。

 それを理解しているチェザーレは比較的寛大と言える処置を下すこととした。

「うむ。それではあそこから最優秀生徒を無条件で受け入れることは暫く止めよう。技術局に入りたいのであれば、他の者達と同じように試験を受けて才を示してもらわねば」

「既に入局している者達についてはいかがしますか?」

「恐れながら申し上げます。すでに入局している者はよく働いております。何卒寛大なご処置をいただけますよう」

 軍への影響を考えて呼ばれていた、軍事の名門一族の帝国議員、ガイウス・フィーニスが声を上げた。

 これは本来であれば皇帝から指名される前に話し始めたとして礼を失する行為である。だが、チェザーレは笑ってガイウスの言葉に答えることで許した。

「それは当然だ。帝国に貢献した者達を帝国が切りすててはならない」

「ありがとうございます」

 ガイウスが礼を示すところを軽く頷いて見送ると、チェザーレは二人の重臣に対して信頼の言葉をかけた。

「クーラベラント翁もフィーニス翁も父の時代より帝国を支えてくれる忠臣。まだまだ私の至らぬ点を指導してもらわねば」

 その言葉に老人たちは子供の成長を喜ぶ親のような微笑みをうかべた。それは皇帝の成長を見守ってきた重臣ゆえのものだ。

 皇帝の言葉で今回の用件が済んだと考えた二人が動きかけた時、チェザーレは悪戯を思いついた子供のように含み笑いを浮かべた。

「陛下? いかがなされました?」

 それに気付いたのはルキウスであった。その問いにチェザーレは皇帝ではなく、父としての表情でその瞬間に思い出したようにしながら口を開いた。

「なに、今回の立役者であるユリアの事を思い出してな」

「ああ。あの少女でありますか」

 戸惑ったように口を開かないガイウスに対して、直接その顔を見たルキウスは皇帝に対して返事を返した。その返事に合わせるようにして、チェザーレは笑みを湛えた表情で称える言葉を聞かせるためのように言う。

「ビーチェとイリスを助けただけでなく、帝国と女神の関係すら取り持つとはユリアは聞いただけの親の背中を追ってまっすぐに育っている。ビーチェも姉と呼んで慕っているし、帝国の未来は明るいだろう」

「そうですな。孫娘のこともベアトリーチェ様のことも、ましてや今回のことも表には出せないことですが、いずれ時が来たら報いたいものです」

 申し合わせたかのようなチェザーレとルキウスの言葉にガイウスはわずかにほほ笑むようにして口を開いた。

「陛下とルキウスがそこまで評価する逸材ならば、帝国の将来のためにも目をかけるべきですかな?」

「そうだな。翁よ、あれほど女神に愛されながら研鑽を怠らぬ子供はおらぬ。陰日向に見守るべきだと思っている」

 チェザーレの言葉にガイウスは深々と礼をした。その行為に籠っていた感情は本人以外には分からない。

 ただ、この会合が終わった後の足取りはその感情が悪いものではなかったのだろうと二人に思わせるものだった。

 この翌日、皇帝の名義で帝国はラヴィー神から離れる気がないことが宣言された。そして同時にひっそりと、ある技術学校の栄光に影を落とすことになったのだった。


文化庁の調査では、手をこまねくを本来の意味とは違う意味と思っている人が若い世代ほど多いそうです。


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