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邪神さまの玩具  作者: 黒夜沙耶
幼少期編
22/52

工房訪問中

夏風邪は辛い。からいではなく、つらい。

「こんにちは」

 工房の戸をゆっくりと開きながら挨拶をする。どんな状態になっているのかわくわくしながら覗き込むと、こちらを満面の笑みで迎える大人たちがいた。

「「「ようこそ!」」」

 よほど女神の来訪というのが喜ばしいのか、気難しそうなおじさんまで笑顔になっている。それを見ると自分のことではないけれど嬉しくなる。

「お邪魔します」

「私のわがままにお付き合いくださりありがとうございます。よろしくお願いしますね」

 私に続いて部屋に入ったラヴィーの言葉に涙ぐむ人まで出た。自分は感覚がわからなくなっているけれど、普通の人にとっては女神に言葉をかけてもらえるのは名誉なのだと思う。

「設計図ともう一機残っている試作品はこちらです」

 ソフィアに先導されて進む。ぐじゃぐじゃと工具や部品が置かれているのではないかという予想に反して、室内は整理整頓された実験室の様だった。

 そして、用意された一組のブーツと設計図。ルキアのものとは色が違うのは個体識別のためだろう。

「これが我々の作った『ペルセウスのサンダル』です」

 ソフィアの言葉に驚愕した。

 ブーツなのにサンダルということにではない。それが、明らかにギリシア神話由来の名称であることに、だ。

「後で説明します。今は黙っていてください」

 視線を向けたラヴィーは私にだけ聞こえるように声を届けてきた。なので、無理矢理笑顔を作ると新しい玩具を貰った子供のように設計図を覗き込んだ。これで少しでも驚愕の理由が設計図にあるとソフィアに思わせられればいいんだけど。

 使用されていたのは危惧していたローマンフィートや私の大嫌いなヤードポンド法ではなく、メートル法だった。これで理解しやすい。

「この設計図には書き込んでも?」

「はい。これは写しですので如何様にも」

「分かりました。暫く私とユリアだけで見せて下さい」

 ラヴィーの言葉にソフィアは距離を取って技術者の中に戻っていった。ただし、視線と関心がこちらに集中しているのが分かる。きっと私たちの会話は一言も聞き逃さないという意気込みなのだろう。

「では、周囲を防音して音が漏れないようにしてください」

 またしても私だけに聞こえるようにラヴィーが言う。しかも口の動きは「これはすごいですね」なので、違和感がものすごい。フェイク会話込み意思伝達とはどっかの公安か。

 私とラヴィーを隔離するように防音空間を形成。おまけに不可視化の応用で口元の動きを見えなくしておく。

「これで何を言っても外には漏れないよ。あと、口の動きも見えない」

「さすがですね。私ではそこまですぐにはできませんから」

 本気かどうか分からないけれど、女神に褒められて悪い気はしない。もっとも、すぐにでなければこれ以上のものができるのに速度重視で私に指示したんだろう。そこまで強力なものが必要なければ私も早さを重視するし。

「で、あの名前の理由、説明してもらえます?」

 私の言葉にラヴィーはわざと悪ぶった笑顔を浮かべた。しかし、似合っていないし、すぐに表情を消して人形のような、つまりあっちの表情になる。

「後でとは言いました。しかし、それが今だとは言っていません。必要になればアンジュが説明します。ですから、もう少しだけ待ってください」

「……分かりました。理由なく女神さまがそんなことを言う訳ないって知ってますから」

 私の答えにラヴィーはありがとうと笑ってから、ブーツを手に取った。

 一瞬だけ魔力が流される。それだけでブーツの構造を解析し終わったらしい。さすがに処理能力では勝てないなと思っていると、ラヴィーは納得したように小さく頷いた。

「そういうことですか。人間を使用者としてではなく、システムの一部としてとらえる。人間のための道具ですね」

「何か面白いことでも分かった?」

 私の言葉にラヴィーはどことなく焦点の合わない目で答えてくれた。

「このブーツは科学で作られた杖とでも言うべきもので、飛行に使用する術式を展開するためだけに性能を特化させています。動力源と微細な調整を人間が担当するという極めて基本的な構成ですが、魔法を補助するものの形は何でもよいというのは盲点でした」

 ラヴィーの言葉にちょっと納得がいかない。

 そら、魔法使いの爺さんが掲げるのは杖が似合うだろうけれど、魔法の補助なら宝石だろうが剣だろうが何でも行けるだろう。実際、記憶の中のアニメとかではそうだし。

 というか、現代日本を見ていたならこれだって十分想定範囲内に収まると思う。脚部装着型の飛行装置が創作に出てくる数を侮ってはいけない。

「まさか、あんなデタラメな創作物と同じ発想でいけるなんて。それではRシリーズの意味は……」

「ラヴィー? 気を確かに!」

 急にうつろな表情になったラヴィーを揺さぶって正気に戻す。どうやらラヴィーの生まれた意味を考えてしまうほどショックだったらしい。創作物でのアイデアは知っていても実用化するという考えは頭から抜けていたようだ。それが無意識の防御反応かどうかは分からないけれど。

「ええ、大丈夫ですとも。こうなったら、アンジュの記憶にある全ての可能性を試してみますとも」

「そ、そうなんだ。が、頑張ってね」

 暗い笑みを浮かべるラヴィーにドン引きである。そんな私に気付いたのか、ラヴィーは咳払いして設計図に目を移した。

 しかし次の瞬間には設計図を見たラヴィーの表情が曇った。

「着眼点は面白いですが、これは魔力消費が激しすぎます。このままの設計で実用的に運用しようとすれば私たちと同じくらいの魔力総量が必要です」

「そんなに?」

 あまりの評価に疑問が起きた。人が使うものをそんな非効率的にするだろうか。

「無駄な部分が多すぎるのです。不必要な回り道をして魔力の消費を増やしている状況なのですから」

 ラヴィーが言いながら図面の一部をとんとんと指さすが、私には何がどう悪いのか理解できない。そのため首を傾げて理解できないことを伝えるしかできなかった。

「ええ。分かりやすいように例えてあげましょう。火のついたロウソクと紙、針金の全てを使って紙に火をつけなければいけない時に、一番簡単で楽なのは針金で紙を刺して火に近づけることです」

 それは分かる。その素材全てを使う必要があるなら、それが楽だし手も熱くならない。

「それなのに今の設計では、針金を火に差し込んで、熱された針金の熱で紙に火をつけるという無駄すぎることをやっているようなものなのです。エネルギーを無駄にしているのが分かるでしょう?」

 言うなり、ラヴィーは設計図に赤鉛筆と青鉛筆を使って内部の設計にダメ出しをしていく。図面のほとんどに修正を入れると、ラヴィーは一息ついた。ここまでの所要時間十分。どう考えても規格外の速さだ。

「この設計を活かした形で効率を高めるのはこの辺りが限界でしょう」

 設計。つまりハード面である。いくらハードが良くても、ソフトウェアがお粗末では性能を発揮できない。逆に言えば、ソフトウェアで多少カバーできる部分もあるということだ。

「なら、基本術式にも手を入れた方が早くない?」

 魔法を発動させる術式については、アンジュと瑞穂のお陰で大分理解できるようになったと自負している。設計図に書かれた術式の意味と欠点を見れば、目指しているところも分かるというものだ。

「現在の術式は確実に浮くんだろうけど、そのためだけに使う無駄な部分が多いよ。人間が操作できるんだから、もうちょっと省力化していいと思うんだ」

 ちょちょいと新しい術式を設計図の余白に書き込む。端なので触れられる可能性も考えて擦れてにじむ鉛筆ではなくインク書きである。

「それで、空いたスペースに一応の墜落防止システムを書き込めば……ほら、全体として安全性と確実性はここまで上がる」

「確かに。安全性と燃費を両立できるギリギリを攻めていますね。ソフトとハードをこれぐらい改善すれば十分でしょう」

 ラヴィーが感心したように設計図に目を走らせた。流石に劇的とまでは言えないものの、燃費は改善した。最初期型の動力付き固定翼機程度の飛行性能は獲得できるだろう。

 なお、最初期型というのは数百メートル飛べるかどうかの奴である。

来週末は幕張に行ける人になりました。

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