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邪神さまの玩具  作者: 黒夜沙耶
幼少期編
21/52

工房訪問前

「今、私たちは基地の東側のここを間借りしているの」

「ここですね。何度か行ったことがあるので分かります」

 基地の地図で示された場所は孤児院の区画からは少し距離のある場所だった。けれど、ずっとここで暮らしていれば行ったことのない場所の方が少ない。どの入り口がどの部屋へ入りやすいかまで知っているので問題ない。

「それじゃあ、私は皆にラヴィー様とユリアちゃんがいらっしゃることを伝えるけど、今日でいいのかしら?」

「怪我人を放り出していくつもりはありませんので、明日でお願いします」

『そうですね。そちらに行くのは久しぶりなので準備したいですし』

 ソフィアの確認に無難な答えを返すとラヴィーも同意する声が聞こえた。もちろんラヴィーの声はソフィアには聞こえていないので私への連絡でしかないのだけれど。

 万が一ラヴィーが今日行きたいと言っても、瑞穂から医療を学ぶ者としては一応の患者が寝ている時に患者の親族に案内を頼むとか受け入れがたいから無理だったんだけどね。

「明日ね。……ルキアが目を覚ましたらあまりのことで驚きそうね」

 眠っているルキアを見て楽しそうに笑ってから、ソフィアは部下に連絡すると言って医務室から出て行った。

「……そういえば、神様ってこっちに出てこれるものなの?」

 思考が落ち着いて気付いた私の口から出てきた疑問に答えてくれる声はなく、医務室にはルキアの規則正しい呼吸音だけが聞こえていた。



 テストパイロットの墜落からそう時間も経っていないうちに集合をかけられた技術者達の間にはピリピリとした空気が漂っていた。考えられるのはテストパイロットの負傷による計画の遅延。そんなことになれば計画の縮小や凍結という結果すら脳裏に浮かぶ状況であるから当然であるともいえる。

「皆、集まってくれた?」

 そこに現れたソフィアの明るい雰囲気に最悪を想像していた面々からは安堵のため息が漏れた。しかし、招集された理由が分からない面々の視線は技術者というより紳士という表現があうような人物に向かった。

「急な招集がかかったのは悪い知らせのためではないようだが、どういうことかね?」

 居並ぶ技術者を代表するように、白髪混じりの技術者がソフィアに疑問を放つ。それに頷いたソフィアは全員の顔に視線を動かしてから楽しげに口を開いた。

「まずはルキアだけれど、意識は戻っていないけれど魔力切れで眠っているだけね。体は骨折をしているけど命に別状はなし。最初の応急処置がうまかったお陰ね」

「小さいフロレンティアは本当に医療者だったか」

 ソフィアの言葉に事故現場にいて応急処置を見た全員が感嘆の声を漏らす。そして、現場におらず目にしていない者達も説明を聞いて驚きの声を漏らす。

 そんな中で先ほどの技術者はソフィアの意図を推し量るように口を開いた。

「それだけではないだろう? それを伝えるだけであれば連絡網に流せばよいだけだ。本当に伝えたいところは別にある。違うかね?」

「さすが先生ですね。ええ、もっと大事な、事によれば計画に天啓をいただけるかもしれないことになったのです」

 先生と呼ばれた技術者とソフィアの発言に水をうったように静かになった。そして、さざ波のように騒めきが起こる。

「はいはい。説明しますから、静かにしてください」

 ソフィアが手を鳴らして注目を集めると、騒めきも間もなく収まった。それを確認するとソフィアは大きく息を吸い込んだ。

「ここにラヴィー様がいらっしゃいます!」

 ソフィアが何を言ったのか理解されるまでの僅かな無音時間の後、先ほどまでとは比べ物にならないどよめきが走った。

「な、それは本当かね? 女神様がここへ?」

 先ほどまで冷静であった先生も言われた内容から動揺を隠せずにソフィアへ詰め寄った。それにソフィアはどこか誇らしげに胸を張って答えた。

「本当です。私たちの作っているブーツに関心を持たれたということで、設計図を見るためにいらっしゃるのよ。それを神々の弟子から私が申し込まれたの」

「おお、ラヴィー様が……」

「今までの苦労は無駄じゃなかった……」

 感極まったような声を漏らす仲間を見ながら、ソフィアは希望に満ちた表情で明るく声を出す。

「いらっしゃるのは明日よ。妹の手当てをしてくれたユリアちゃんがお連れするということになっているから、くれぐれも粗相のないようにね」

「ラヴィー様に粗相をするどころか、工房に来てくれた女の子に敬意を払わんような技術者の端くれにも置いておけん奴なんかいる訳ないだろ!」

 誰かが出した声で室内に笑いが起こる。誰もがこれで失敗はありえないと明るい雰囲気で満たされていた。


 朝になり、部屋で待っているとラヴィーから今から来るという連絡を受けた。

 ファスナーでも開くように空間が割れたと思うと、中からごろんと何かが飛び出てきた。

「それはニッチジャンルじゃない?」

「ちょっと調整を間違いましたか」

四肢がない、頭と胴体だけという姿で仰向けになってこちらを見つめるラヴィーというのはとてもシュールだった。しかも、頭側からそれを見ているとなおさらだ。

肩の付け根に接続端子らしいものが見えているので、股関節も似た様な状態なのだろう。メカバレも欠損もいけるけれど、急に来られると心の準備が追いつかない。

「というか、そう簡単にこっちに来れるんだ」

「忘れているかもしれませんが、私は人造の神。元をたどればアンドロイド兵器です。実体がある分、こちらに出てくるのも皆に比べれば楽なのです」

 そう言っている間に遅れて出てきた右腕が接続されると、器用に残りの手足を右手で接続していた。私以外の誰かが見ていたら、青少年の何らかが危ない光景だ。

「正確に言ってしまうと、この体はこちらに出てくる用のレプリカです。遠隔操縦で私本来の性能の半分も出せないハリボテですよ」

 接続が終わり立ち上がって体の埃を払うと、薄手のボディスーツのような服の上からワンピースタイプの服を着こんだ。滑らかな動きでハリボテという言葉から想像するぎこちなさは感じられない。

「……ラヴィーがそれで問題ないなら私は何も言わないよ」

 今その服をどこから取り出したのとか、いろいろとツッコミを入れたい部分はあったけれど、言っても無駄だと悟ると諦めの境地で受け入れるしかなかった。

「ところで、リリィはいないのですか?」

「私ならここにいるぞ」

 きょろきょろと見回すラヴィーにリリィが影から飛び出してくると、目に見えて表情が明るくなった。

「や、やっぱりもこもこはいいですね」

「……態度が変わりすぎていないか?」

 リリィに抱き着いて頬ずりをするラヴィー。当のリリィも呆れたような声をもらす。実際私から見ても、初対面の時のあの様子とは天と地ほどの差がある。

「あちらにいる時は思考に制御をかけていますからね。それにあの時は元の世界を思い出して少しメンタル不安定でしたし。私本当は動物大好きなんですよ」

 爬虫類系は苦手なのは秘密にしておかないと拗ねられますからと笑うラヴィーに親近感を覚えた。機械っぽい印象だったのに、今は外見相応の子供のようだ。

「でも、あの空飛ぶ靴の設計図を見に行くんでしょう?」

「そうでした。それでは行きましょう」

 ラヴィーは名残惜しそうにリリィから離れると、私の手を握った。

「へ?」

「一緒に歩くならこれくらい仲良しの範囲でしょう?」

 ラヴィーは笑顔で言う。

 確かにあちらでのユキや瑞穂の行いは仲良し(意味深)くらいになっているし、クロやブランもちょっと怪しい。安パイはアンジュとDという邪神の定義を考え直さないといけない状況だ。

 それを考えれば、手をつなぐくらいは仲良しの範囲内だろう。

「それもそうだね。じゃ、行こっか」

「はい」

 一瞬、ラヴィーの笑顔が怖く見えた。しかし、次の瞬間には元通りの笑顔に戻ったので、光の関係で見間違えただけなのだろう。

 そう納得すると移動するべく廊下へ出たのだった。


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