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邪神さまの玩具  作者: 黒夜沙耶
幼少期編
20/52

空を目指す姉妹

「また誰か怪我人を乗せてきたのかと思えば、今度は影に隠して運搬するようになるとは。全くいつも驚かせられるな」

「は、ははは、すみません。でも、必要なことですし、さぼると誰かから教育的指導が入るので……」

 運んできた負傷者をベットに寝かすと、軍医の先生が苦笑しながらも優しい言葉をかけてくれた。実際、動かせないほどの怪我をしていない限り、リリィで医務室に搬送して治療ということを繰り返してきた前科があるせいか、何をやっても軍医の先生達は優しく受け入れてくれる。まぁ、医療者の信仰対象になっているらしい瑞穂の弟子扱いのお陰かもしれないけれど。もっというと、下手を打つとその日の夜に女神の誰かから教育的指導をされるので馬鹿なことをしていないのも受け入れられている理由だろう。

「ところで、治して運んできましたが、この人は誰です? 今まで会ったことも見たこともない人ですけど」

「ああ。多分、今日からこの基地で実験をするという技術局の部隊の人だろう」

 軍医の先生が言い終わりかけたその瞬間、医務室のドアが蹴破るように開けられ、軍医の言葉がさえぎられた。

「け、怪我人の状態はどうなっていますか?」

 ドアからは白衣を着た如何にも科学者という感じの女性が息をきらせて走り込んできた。

 しかし、その疑問に答えることなく私も軍医の先生も思わず絶句して顔を見合わせた。

 負傷者と瓜二つ。思わず私が交互に顔を見て確認してしまうほど、何から何まで一緒だったのだ。

「わ、私は研究責任者で、その子の姉です!」

 肩で息をしながら言われたことに合点がいったので、落ち着ける意味でもことさら優しく症状を伝えることにした。

「大丈夫です。落下で骨折しましたが、綺麗に割れただけで体の部位を傷付けたりはしていません。ただ、魔力の使いすぎで意識を失っているだけです」

「ま、魔力の使いすぎって、い、意識は戻りますか?」

 魔法使いの理にも通じているようで、魔力の使いすぎと聞いて顔色が変わった。これは私の説明が悪かったか。

「体内の魔力を使い切って気絶しただけ。多分、一晩ぐっすりと眠れば回復する程度です。魂を削るような無茶なことにはなっていません」

 昔に私がやった無茶のように生命が怪しくなるレベルではない。普通の人間でいうなら疲労困憊でぐっすり眠っている程度のことだ。

「あの、どうして先ほどからそちらの子が答えているのです?」

「ああ。それはね、その子が処置をしてここに運び込んだ張本人だからですよ」

 ある意味で残当な疑問を浮かべた女性に対して軍医の先生が苦笑しながら答えた。すると、何かに納得したかのように表情が明るくなった。

「では、貴女が陛下のお話にあった孤児院のユリアさん?」

「ええ、私の名前はユリアですけど……」

 見ず知らずの相手が私の名前を知っていたことに困惑する。陛下がかかわっているとなるとなおさらだ。

「名乗っていなくてごめんなさい。私はソフィア。妹のルキアよ」

 にこやかに名乗られるが、名前だけで姓とか添え名に当たる部分が名乗られなかったことに尋ねようとすると、それよりも先に軍医の先生の声が聞こえた。

「ほう。君たちがあのフォンターナ姉妹か」

 軍医の先生が驚いたような言葉とともに姓を口にする。それだけで軍の中では何か有名な人物なのだと理解できた。

「若くして新設の研究室を任された才媛と聞いているよ。妹さんは士官学校を首席で卒業して引く手数多を蹴って技術局に行ったとか」

「いえいえ、そんなことはありませんよ。私たち姉妹で一つの目標のために進んでいるだけですから」

「その目標とここでやる実験というのは、落っこちた時にしていた飛行ということですか?」

 横から口をはさんだ私に対してソフィアは驚きの表情を向けた。何が驚くところなのか分からなかったが、次の言葉でやっと分かった。

「あれが飛行と分かったの?」

「ええ。それが何か?」

「大体の人は初めて見た時は浮くためのものだと思うのに、飛行実験と分かるなんて素晴らしいわね」

 自分の記憶というか、航空機を見慣れた日本人だから理解できたのだが、この世界では飛行機が飛んでいるのを見たことがないので理解されないのだろう。それを考えればあの驚きも理解できる。

「空を飛ぶ。それも新しい技術を使って飛ぼうというのは大変危険なのよ。今まで何回も実験を申請したけど、一回も認められなかったの。でも、今回は陛下がこの基地なら実験を認めると勅令を出してくださったのよ」

 どこか嬉しそうなソフィアが私の顔を見ていた。それに思わず微笑んで答えると、ソフィアは楽しそうに言葉をつづけた。

「陛下がこの基地なら最悪でも死者を出すことは避けられるだろうって。何かあれば軍孤児院のユリアが治療してくれるよう話をしていたと伺っていましたから、施設の職員だと思っていたのですけど」

 そこで言葉を切って苦笑いを浮かべたソフィアの気持ちはよく分かった。普通、士官学校にも入学していないような子供に頼れと言われたとは思わないだろう。勘違いするのも無理はない。


 私がソフィアに関心をもった事に気が付いたのか、軍医の先生は巡回に行くと言って外に出て行った。私がルキアに掛けられた毛布を直して横を向くと、ソフィアは私の隣でルキアの前髪を直していた。

 そのままソフィアは私に優しく語り掛けてきた。

「私は空を飛びたいの。魔法使いが空を飛ぶ時、どうやるか知ってる?」

「えっと、分かりません。お伽話なら魔女のお婆さんは箒で飛んでましたけど」

 私の答えにソフィアは微笑んだ。

「今も魔法使いはお伽話のように箒を使って飛んでいるのよ」

「え? 今はあれだけエンジンとかの機械もあるのに?」

 私の疑問にソフィアは悲しそうな表情を浮かべた。それが答えだと分かると、自分の記憶のせいで口から出かけている言葉をぐっと飲み込みしかなかった。

「魔法使いは箒を使って飛べる。でも、私はもっと高く、速く、鳥の様に飛びたい。だから、あれを作っているの」

 ソフィアの視線を追うと、ルキアの履いていた長靴にたどり着いた。ずっと普通のブーツかと思っていたけれど、空を飛ぶための装備なのだろう。

 しかし、魔法使いを飛ばすと考えた場合に履く形になるのは昔見たアニメを思い出すな。

 そんなことを思っていると、ソフィアはブーツを手に取った。芯が入っているらしいブーツは持ち上げられても形を変えずにソフィアの手に収まった。

「私が設計、妹がテストという役割分担なの。私も魔法使いだけれど、そちらで出世できるほどの魔力量が無かったから技師として考えて、魔力が豊富な妹が操縦することで一緒に空を目指しているの」

 ブーツを手にした姿は何か壁にぶつかっているような印象を受ける。

「何か問題でも?」

「……魔力量の多いルキアでも空にたどり着く前に魔力切れを起こしてしまうほど燃費が悪いの。うまく向かい風に乗れれば魔力消費を抑えられるかとも思ったのだけれど」

 やっぱりか。空中で意識を失って魔力切れって段階でうっすらと気付いてはいたけれど、現状では使い物にならないガラクタも同じだ。

 で、墜落した本人は責任者の姉が居ない状況でも風が吹いたから飛び上がろうとして減らない魔力消費で落下したと。

 責任者とテストパイロットがこの体たらくでは実験許可が下りる訳もないか。

「それなら実際に飛ばすより先に燃費改善しましょうよ。順番は良く考えないと」

「そうなんだけど、ある程度成果を出さないと予算がね」

 世知辛い。現実的にはもっと長期スパンで見ないと新技術の安定化なんてできないと思うのだけれど、お金を稼ぐには目先の成果も必要というのはどの社会でも変わらないらしい。

「それにしても……っ!」

 口を開きかけた瞬間、頭の中でハウリングするような音が響いた。思わず頭に手をやると、直接頭の中に声が聞こえてくる。

『今はガラクタでも面白そうなものを作っていますね。どのような設計をしているのか気になります』

 興味深いという感じのラヴィーの声。確か技術神としての崇拝を得ているとか言っていたから興味があるのだろうか。

『ラヴィーも興味があるの? こんな状態のものでも設計図を見たら改良とかできるの?』

『それは分かりませんが、エンジンもない飛行システムというのは興味深いです』

 確かに言われてみれば内燃機関を積んでいるとも思えない大きさで、どうやって飛行しようとしているのかさっぱり分からなかった。

 そうなれば、自分の関心も湧いてくるというものである。

 急に言葉を切った私を心配そうにみるソフィアに対して、できるだけおどおどとした態度で要望を伝えてみる。

「あの、設計図とか見せてもらってもいいですか?」

「あら、興味があるの? でも、設計図は難しいと思うけど」

 年下の女の子が理解できないのではないかと心配してくれる態度。どうやら見学自体に問題はないようだ。ということは、切り札を残しておく意味もなくなったので爆弾を使う。

「私だけじゃなくて、ラヴィーも興味があるらしいので」

「分かったわ。女の子二人の見学ってことにしておくね」

「疑わないんですね。というよりも、機密になりそうなものを見せて欲しいと言っているのに拒否されないなんて」

 私の疑問にソフィアは何が疑問か分からないというように少し考えてから、腑に落ちたように私の目を見ながら口を開いた。

「昔から職人の間では言い伝えがあるのよ。『工房に少女が居たら大切に扱え。興味を持った女神が遊びに来ているのだぞ』ってね。女神ラヴィーは少女の姿で現れ、ひらめきを与えてくれると言われているから工房に女の子が入るのは喜ばれるのよ。それは技術者も同じなの。ユリアちゃんは嘘を言うような子には見えないから、今回は本当に女神本人が一緒に来てくれるんでしょう? なら喜びこそすれ断ることなんてしないわ」

 ぐっと笑顔を浮かべたソフィアは先ほどまでより親しみやすく思えた。

「よろしくお願いします」

 癖で頭を下げてしまうと、ソフィアが困惑したのが分かった。それに瑞光帝国のほうの風習としてごまかしながら、訪ねる時間を決めた。

 これで元の世界には無かった技術を見れると思うと、少し心が弾むのを隠せなかった。


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