表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
邪神さまの玩具  作者: 黒夜沙耶
幼少期編
19/52

新しく来た探究者

「何か最近、青田刈りっていうか囲い込まれているような気がする」

「何をいまさら。皇女を助けて懐かれれば当然だろう。あれから何度手紙のやり取りをしたか忘れたのか?」

「だよね。まだ半年経っていないはずなんだけどな」

 ベアトから届いた手紙を手にしながらつぶやくと、リリィから突っ込みが入った。視線を机の上の文箱へ移すと、手紙があふれそうになっているのが見える。

「これもベアトというか、陛下からいただいた上等なものだけれど、半年以内に追加が必要になるとは思わなかった」

 週に最低一通、場合によっては隔日で手紙が届いたこともある。その状況を見ての贈り物だったけれど、さすがに蜜蝋で封がされた封筒を多数入れるのは想定外なのだろう。

「電子メールがあれば楽なんだけど、技術水準が足りないしなぁ」

 あふれそうになっている手紙の一番上にある手紙を手に取る。これはベアトからではなく、陛下からの手紙だ。内容は軍の技術局に協力してほしいというお願い。断る理由もないので承諾の返事をしたけれど、具体的に何をするのかはよく分かっていない。

「で、今回のベアトの手紙は毎日新しい発見があるという、いつもの内容だな」

「私が治してから世界が新しく見えているんでしょうよ。絶望とまで行かなくても、いつ苦痛に襲われるか分からない状態なら世界は色褪せていただろうしね」

 私の言葉にリリィは鼻を鳴らしてから、皮肉気に私を笑った。

「それを理解した上で、自分が囲い込まれない理由があると思ったか? 重病を治せるほどの治癒魔法の使い手で、神の弟子だぞ。むしろ、皇帝の権力で守るためという好意すら感じるぞ」

「言葉を飾らずに言うと、子供だって思われて保護されると、好きなようにできないからもうちょっと構わないでほしい」

 見た目は子供でも中身は大人なのである。子供レベルで行動を制限されるとやりづらいことこの上ない。

 まあ、技術局への協力とかロマン溢れることができるのは、私が子供であるというところが大きいだろうからそこは感謝かな。普通に考えれば、機密に関係しそうなものに部外者の、どこの馬の骨とも知らぬ民間人を参加させるとかありえないし。

 頬が緩むのを自覚しながら、手にしたままの手紙を文箱に戻そうとして、封印に押された紋章が目に入った。

「それにしても、うすうす感づいていたけれど、ローマだったか」

 帝国の正式名を聞いて七丘ということでなんとなく予想していたけれど、最近帝国全土の地図を見て元の世界のヨーロッパ相当の位置に存在する大帝国と分かったことと、封印に使われた紋章にローマ帝国で使われたSPQRという文字が彫りこまれていたことで確信した。

 なお、予想していた理由はローマには七つの重要な丘があったためである。他の国のシンボルを採用する国ってほとんどないはずだしね。

「うむ?」

 寝そべっていたリリィが身を起こしてどこかを見るように顔を動かした。その耳も何かに反応するようにひくひくと動いている。

「どうしたの? 何か面白そうなことでもあった?」

「今までに聞いたことのない音がする。これは……外だな」

 自分の耳には聞こえないけれど、リリィの耳が良いのは良く知っている。聞いたことのない音というのが新しい装備なのか、人の動きなのかは分からないけれど、興味を掻き立てるには十分だ。

「それじゃあ、いってみようか」

「そうだな。だが、今日は歩けよ。毎回私に乗ってばかりだと鈍るぞ」

 リリィから刺された釘に苦笑いしながら、外用に身だしなみを整えたのだった。



 基地の敷地のなかでも駐車場というか、グラウンドというか、平地でだだっ広くなっている区画に見たことのない車両が止まっていた。その傍には魔法使いらしい気配がいるのを感じる。

「この距離で魔法使いがいるかどうか分かるって、大分敏感になっている気がする」

 性別も分からない、人がいるとしか分からない距離でソレを判別できるのはすごいのかすごくないのかよく分からないけれど、視覚以外からも入ってくる情報が多いとそのうち処理が追いつかなくなりそうだ。

「ユリア、何か面白そうなことをやるようだぞ」

 リリィの言葉にグラウンドへ注意を向けると、魔法使いが何かをしようとしていた。しかも、それを観察するように人々が見ているのも分かった。

「おお、浮いたぞ!」

「浮いたってより、飛ぼうとしているというのが正しいんじゃない?」

 上方向だけでなく、するすると前に進んでいることから飛行しようとしているのだと分かった。角度からして昔羽田で見た航空機の離陸に近いと思う。

「っ! 墜ちた! リリィ行くよ!」

「乗れ!」

 地上を離れて一分もしないうちに浮かび上がっていた人は墜落した。わずかな高さであっても地面に叩きつけられれば大怪我をする可能性もある。それに墜ちた時の体勢が意識を失ったように見えたのだ。頭から落ちていたらすぐに処置しないと命にかかわる。

 リリィに乗って落下現場に駆け付けると、観察していた人たちが人垣を作っていた。しかし、手当てをしているような動きが見えない。

「邪魔だ! どきなさい!」

 私の声とリリィの唸り声で人垣が割れると、負傷者が見えた。やはり意識を失っているらしく、目を閉じたまま動かない。

「子供がなにを……」

「邪魔をするな! 動かすな! 手当てが先だ!」

 私の容姿をみて口出ししてきた相手に怒鳴りつけ、さらには負傷者を不用意に動かそうとした愚か者にも怒鳴ると、リリィから飛び降りて負傷者へ駆け寄った。

 近付くと負傷者が女性であるというのが分かった。多分二十代前半だろう彼女はこれだけ近くで騒いでいるというのに気が付く様子もない。これは危ないかもしれないと思い、急いで体内の状態を検査する。

「頭と首は大丈夫、内臓も大丈夫。あとは……右足と右腕が折れて、肋骨にヒビが入っているけど開放骨折にはなっていない。気を失っているのは魔力を使い果たしたことによる意識喪失だ」

 思ったより軽い怪我でほっとした。折れた骨が内臓に刺さったり突き出したりしていれば急がなければならなかったけれど、単純骨折なら無理に魔法で治さずとも位置を治して固定してやればいい。まあ、必要なら魔法で治すんだけどさ。

 それにしても、まあ、過去に自分がやらかしたから分かるけれど、意識を失うほど魔力を使うって大分無茶をするものだ。

「骨が折れている。添え木になるようなものと、固定できるものはありますか?」

「ああ、鉄材と布きれがある。それでいいか?」

「医務室に運ぶまで持てばいいので、それでお願いします」

「わ、分かった」

 何人かが車の方へ走っていくのを見送って一息つくと、周りのざわざわという声が気になった。とっさに一大事だと思って駆け付けたが、この基地で私のことを知らないとなると他所から来た人たちだ。怒鳴ってしまったがゆえに、人垣の中で何かささやかれているのを聞くのはとても気まずい。

「まるでフロレンティアの……」

「小さいフロレンティアとでも……」

 何か先ほどの対応について言われているようでとても気まずい。そんな居心地の悪さを感じながらも負傷者の容体急変に備えていると、資材を取りに行っていた人たちが戻ってきた。いろいろな意味で安堵の息を吐くと、資材を受け取って手当てを始める。

 折れた骨は正しい位置に戻してから資材で固定する。粉砕骨折なら手を焼くが、綺麗に折れているので固定も楽だ。最後に治癒魔法で回復を促進してやる。完全に治すより体の負担は軽いし、後々腫れても楽になるだろうという少しだけの気遣いだ。

「手当て終わりです。あとは大きな衝撃を与えないように医務室まで運んでください」

「ど、どうすればいい?」

 私の言葉に大の大人がうろたえていて、がくっと拍子抜けしてしまった。

 担架はないのか。丈夫な棒二本と丈夫なワークパンツが二本あれば即席担架が作れるけれど、その材料もないようだ。どうしたものかと思うと、リリィが私だけに聞こえるように声を伝えてきた。

『いっそ、影に入れて運ぶか? 私の居場所はお前の魔力でできているから、今なら人ひとりは楽に入れるくらい大きくなっているぞ』

『……人を入れられるの?』

『うむ。日々大きくなっているからな。そのうちに言おうと思っていたが、なかなか機会がなくて伝えていなかったのだ。これで菓子を隠匿したりできるぞ』

 リリィをみると尻尾が動くのを隠せていなかった。うん。これは自分が食欲目的に利用しようとして黙っていたな。しかし、使えるので不問にしよう。

「分かりました。私が運びますので、誰か偉い人が医務室に来るようにしてください」

 私の言葉に周りにいた大人たちがざわつく。大人が多少のことでうろたえないで欲しい。

 何か言われるのもうっとしいので、早く負傷者を運ぶことにしよう。

『ところで、どうやれば影に入れられるんだ?』

『影に触れさせて、入れようとすればよいぞ。私が咥えて入ってもいいが、その場合捕食じみて恐れられそうだからな』

 リリィが面白いことを言っただろうというように喉の奥を鳴らした。それに周囲がびくりとなるあたり、その予想は正しい様だ。

「よいしょっと」

 言われた通りにすると、影に沈み込むように負傷者を収容できた。私の影の外にある部分は本人の影に沈んだので、かなり融通のきく魔法らしい。

 今回もざわざわと雑音がうるさいので、何かを言われる前に先手を打ってリリィに飛び乗った。

「医務室に運びます。それでは、また」

「ちょっ」

 背後で巻き起こった大きなどよめきを無視して、リリィは医務室に向けて疾走した。

 後から説明が面倒だけれどおじさまに任せて逃げようという企てをしながら影の中の彼女の容体を注意して騎乗していると、医務室へたどり着いた時には軍医の先生がまたかという呆れた表情をして待っていたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ