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邪神さまの玩具  作者: 黒夜沙耶
幼少期編
14/52

現実への帰還

「……知ってる天井だ」

 目が覚めると見慣れたとまでは言えないけれど、見たことのある天井が見えた。基地の中の病棟の方の天井で、自分の部屋の天井より白っぽい。

「倒れれば病室に運ばれるのも当然か。よいしょっと」

 ベッドから降りると、お腹からくぅと可愛らしい音がなった。あちらの世界で食べた物で生きてはいけるらしいけれど、胃に何も入らなかった体は正直だった。

「体感だと何日いたかもよく分からなくなってたけど、実際には何日経ってるんだろ」

 クロとの組手と自己治療を繰り返して、十回や二十回ではきかないほどの回数魔力供給もされた。途中からブランが鯛と酒を持ってきたせいで酒盛りの余興にされた気もするけど、かなりの密度の訓練だったのは間違いない。

「考えるよりも先にご飯だね」

 もう一度お腹が鳴ったので、考えることは後回しにして食堂に向かうことにした。とりあえずサンダルがあったのでそれを履いて廊下に出ようとノブに手をかけると、がちゃりという鍵のかかっている音がした。

「うんん? 扉が中から開かないってどういうことさ」

 もう一度ノブをひねって動かすと、何かにひっかかっているような感じがした。鍵がかかっているというより、閂でもかけられて閉じられているような感じだ。

「外から閉じ込められてるって、この部屋は収容用の病室かなにか? って、やばっ、人体の機能が」

 不意に尿意が催してきた。眠っていた間の揺り戻しなのだろうか大きな波が打ち寄せてくる。

我慢しきれずに漏らすかどうにかトイレまでたどり着くか。人間の尊厳をかけた戦いになりそうだ。

しかし、扉は開かないんだった。肉体強化すれば破壊して出ていくこともできるだろうけど、子供が扉を破壊とかしたら間違いなく騒ぎになるどころじゃないし、できるだけ避けたい。

「窓からなら……」

 廊下からトイレに行けないなら、窓から外に出ればいい。お行儀が悪いけれど、室内で漏らすという死にたくなるような状況よりは数段マシだ。

「……三階かぁ」

 なんだって病棟の最上階に運ばれているんだろう。窓からは建物のほかは基地の中の緑地帯と外周の塀しか見えない。

「飛び降りは……却下」

 実際は肉体強化すれば三階から飛び降りても怪我一つせずに着地できるだろう。けれど、衝撃は体に伝わってタンクの決壊が避けられそうにない。

「アクション映画みたいな動きしかないかな」

 壁を走って斜めに下りれば着地の衝撃を幾分逃がせるはず。そして下を見回すと、ちょうどいい感じの場所に背の低い木々や植物の茂みがあった。多分花壇みたいなものなのだろうけれど、緊急避難に使えそうだ。お行儀が悪いというか、完全にアウトな行いだろうけど今回は許してもらおう。

「そうだ、書置きくらいは残そう」

 サイドチェストにあった紙に走り書きを残すと急いで窓から飛び出した。

 外壁を斜めに走り下りて、茂みに隠れると不可視の魔法を発動させ、周囲から自分を見えなくする。流石に、見られるのはまずいという認識は持っている。


 間一髪助かった。自分の体ながら、頑張りに感動した。

「葉っぱが大きいといいよね。何のためとは言わないけど」

 近くの葉っぱをちぎると、ちゃんと肌に使う前に構造解析でかぶれたりはしないことを確認している。そうやって服装を直すと、魔力を熱に変換して疑似的な炎として手を包ませる。正確には体を魔力で防護しているので表面を加熱殺菌しているようなものだ。続けて魔力を冷気に変えると、空気中の水分を凝結させて水を作ってさっさと手を洗う。

 炎の段階で不浄は焼き払っているので問題ないけれど、気分の問題だ。

「これだけ魔力を使ったというのに消耗した気がしないな。一体、どれくらい魔力量が増えたのだろう」

 あの朝の時点であれば、ここまで魔力を使用すると枯渇状態に近かったはずなのに減ったという感覚すらない。

「元の魔力量が分かっていれば、五倍以上の魔力量があるとか言えたんだろうけど、全然分かんないから言えないんだよなぁ」

 一度は言ってみたいセリフというものはあるが、そんなものを言える機会というのはなかなかないものなのだ。

 そのとき、上の方で窓の開閉音とどたどたと人の動き回る音が聞こえた。

「不可視にしてて良かった。上からだと茂みにいても見られたかもしれないし。……さて、どうするか」

 建物の間の緑地帯になっている部分にいるのだけれど、無茶な方法で移動したために自分がどこにいるのかちょっとわかりづらい。

「ま、どこかの建物に入れば分かるでしょ」

 町で迷子になった訳でないし、普段通る道の一本隣に入ったくらいのことなので涙目になったりすることもない。新宿駅とかなら大人でも涙目になったから、今の状況程度なら楽観できている。

ちょこちょことスニーキングミッション気分で近くの建物に近づくと、人気がないことを確認してから静かに侵入して建物名を表示する案内板に目を通した。

「さてと、ここはどこかな……。兵舎かぁ。遠いなぁ」

 軍の性質上、機密のある区画から孤児院は離れた区画が割り当てられている。医務室や兵舎も似た様なもので中枢からは離れているが、だからと言って別にそれぞれの区画が近い訳ではない。

 特に今回は無茶な移動をしてしまったため、兵舎から医務室を通るのが孤児院に戻る最短ルートになっていた。

「仕方ない。ゆっくり移動しますか」

 大人が利用する前提の施設を子供の足で移動するというのは結構疲れるものだ。現実での移動の面倒くささに若干辟易していると、廊下の向こう側からいい匂いが漂って来た。

 光に吸い寄せられる虫のようにふらふらと近づくと、匂いの元がどこか分かった。

「大食堂……。こっちでもいいかな?」

 いつもなら孤児院の食堂を使うのだが、基地の大食堂から漂ってくる匂いにつられてしまう。孤児院の食事は士官用食堂で一緒に作っているらしく、手の込んだ料理であったりする。しかし、基地の大食堂は兵が利用するものなので、味付けが濃く、なおかつ量があると聞いたことがあった。

 そして、今は濃い味付けの食べ物が欲しい気分だ。あっちの世界で汗をかいたことが理由ではないだろうけれど、体が塩分を求めているようだ。

 だからという訳ではないけれど、塩気の強い匂いに誘われるように食堂へ入ってみたのだった。

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