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邪神さまの玩具  作者: 黒夜沙耶
幼少期編
12/52

七人目の女神さま

「なんぞコレ」

 温泉でぐったりとして戻ってきてみれば、メイド服を着たDが見知らぬ相手に給仕していた。餌付けのように食事を運ばれているのは外見的には今の自分より何歳か上くらいの女の子である。でも、それは大事なことじゃない。

 その女の子の耳が尖っててエルフにしか見えないとか、髪の色が若草色だったりするとか、人ひとりの胃の容積に収まりそうにない皿の量だとか、そっちの方が重要だ。

「ラヴィーが外に出てくるなんて珍しい」

「お日様に当たらないと体に悪いと思うのですけど、記憶が確かなら一月ぶりですね。でも、このタイミングで出てくるなんて、まさか……」

 瑞穂とユキは知っている相手のようだ。つまり、七柱と言っていた最後の一人なのだろう。エルフっぽいし農業系とかの権能を持っているのだろうか。

「あれも女神さまということでいいですか?」

 私の言葉に瑞穂もユキも微妙な表情になった。

「一応、私たちの仲間ではあるのだけれど……」

「私たちと同じ存在かと言われるとちょっと難しいような……」

 歯切れが悪い。何だろう。別に正社員と派遣社員みたいな隔たりはないだろうし、神様とエルフ的な人間に近い存在という違いなのだろうか。

「本人も記憶喪失でよく分からないみたいですから、私たちが詳しく話してしまうのも問題でしょう。食べ終われば自分の口で話すことだと思いますので、その時に聞いてあげてください」

 作った笑顔で流された。正論を言っているだけに何も言えない。

 そうしていると、給仕していたDがこちらに視線を向けてきたのが分かった。そして、手にしている大皿に乗っているものに目が行く。そこで、微妙に感じていた違和感の正体が分かった。

「サラダばっかりですけど、菜食主義者なんですか?」

 Dがよく給仕できると思っていたら、出されているのはサラダばかりだった。最悪、野菜とドレッシングがあればサラダと言い張れるけれど、さすがに野菜だけは栄養が偏る気がする。でも、エルフとしたら納得だけど。

 それに対してユキから帰ってきたのは否定の言葉だった。

「肉類を体が受け付けないみたいで、穀物のほかは野菜と果物、乳製品しか食べられないみたい。あ、果実でもザクロは一口齧って吐き出したくらいだからダメみたい」

 肉がダメで、ザクロもダメって確実にアレな経験があるとしか思えないのですけど。記憶喪失っていうのも心因性で、そういうのを食べないといけなかった状況で発生するトラウマがあるんじゃないんでしょうか。

 そんなことを思っていると、ビュッフェで置かれていそうな皿に山盛りのサラダを食べ終わった少女がこちらに顔を向けてきた。その段階で気付いたというよりは、食べ終わったので顔を動かせるようになったというような動きだった。

「予測より早かったですね。運動場に行ってからならもう一皿くらい食べる時間があると思っていましたけれど」

「それはアンジュさんが教えていたのが基礎の基礎の段階だったから、運動場はパスしたんです」

 華奢な声で言われたことにユキがすました顔で答えた。しかし、温泉で私を玩具にしなければ十分は早く戻って来れたはずだ。……後が怖いから何も言わないけど。

 少女がユキと小声で会話をしている間にDが皿の片づけを始めていた。見た目聖女がメイド服でそういう仕事をしているのを見ると、何かいけない気持ちに目覚めそうだ。まあ、二人の会話の間にユキの視線がDに向くたび、ビクビクしているので何か理由があるのだろう。

 そうこうしているうちに、少女が私の目の前にいた。外見は十代前半ってくらいかな。

「ラヴィーです。ユリアちゃんですね? よろしくお願いします」

 朗らかに笑みを浮かべる少女としか思えない相手に丁寧に頭を下げられると、どう対応すれば良いのか悩む。元大人として対応するか、現幼女として対応するか、はたまた人間として神様にひれ伏すか。一瞬だけ悩んで、とりあえず他の神様にしているように幼女ベースで対応することにした。

「ユリア・フィーニスです。よろしくお願いします」

「はい。お利口さんですね」

 子供にするように頭を撫でられた。第三者視点であれば、どう見ても背伸びするお姉ちゃんと親戚の少女だろう。気のせいか、ユキと瑞穂の表情が、親戚の集まりで子供の成長を喜ぶ大人の表情だし。

「えと、ラヴィー様は……」

「ラヴィーと呼んでいただいて構いませんよ。本来、この時間軸ではまだ生まれていないはずですから」

 非常に意味の分からない言葉があった。生まれていないなら、存在しないはずではないだろうか。

「それはどういう意味ですか? よくわかりません」

「それは私の正体とも関係してくるのですけれど、あっちの世界出身なら、アンドロイドやガイノイドという表現をすると分かるでしょうか?」

「ふへ?」

 予想より斜め上だった。エルフとか精霊とか、最悪でも妖精系かと思いきや、人工物である。というか、女神を造れる技術ってどこの世界生まれなのか。日本でもこんな精巧な外観のロボ、しかも完全な人工知能付きとか見たことない。

「やっぱり驚きますよね? 今ではない、ここではない、どこかで神様の模倣品として生み出されたらしいです。何も覚えていないので、私にも実感はないのですけどね」

 苦笑する姿は自然すぎて全く信じられない。もしも球体関節が見えるとか、動くたびに作動音が漏れるとか、謎のコネクタがあるとか、そういう分かりやすいものがあれば信じられるのかもしれない。しかし、薄手の服になめらかな肌は人間にしか見えない。

「どうしました? やっぱり機械って信じられないですか? って、ええ?」 

 肌の質感もシリコンのような合成品ではなく、きめ細かい生身の質感だ。押せば反発してきて、中に機械が収まっているような感じはしない。つるつるして産毛も生えていない。

「そ、そこまで?」

 胸も小ぶりながら柔らかさと張りを感じさせる。今まで触れたのは瑞穂とユキの二人だけだけれど、その質感に勝るとも劣らない。これが人工物だというなら、つくった奴は分かりすぎている。

「……いいかげんに放してあげたらいかがです」

「へ?」

 いつの間にか皿を片付け終わっていたDによって思考から引き戻された。そして自分の両手を見てみれば、ラヴィーの胸を揉みしだいていた。そしてラヴィーは息も絶え絶えに赤くなっている。

「も、申し訳ありませんでした」

 本気で土下座した。セクハラとかのレベルではない。訴えられたら負けは必至。というか、こんな行動に出てしまった自分が一番びっくりなのだが、なんで初対面の相手の胸を揉むという暴挙に出たのかが分からなかった。

 よっぽど温泉で頭がゆだっていたのだろうか。

「頭をあげてください。こうなった理由も分かりましたから」

 ラヴィーが私の首筋を撫でるようにすると、何かに引っ張られるような感覚があった。顔をあげてラヴィーの手元をみると、細いテグスのような糸がどこかに繋がっている。その先を追っていくと、ユキと瑞穂の間の何もない空間で何かに結ばれているように端が浮かんでいた。

「居るのは分かっていますよ。姿を見せてください」

「ネタばらしには早いだろ~」

 空間にヒビが入るように砕けると、ふてくされたような表情でアンジュが右手を突き出していた。その右手に先ほどのテグスが繋がっている。

「まったく、邪神アピールのために人の無意識を誘導するのはやめてください」

「いいじゃない。だって、ラヴィーも怒ってないでしょ」

 悪びれることなく言うアンジュにラヴィーは怒ることなく、逆に笑顔を向ける。

「怒る訳があると思いますか? そんなクマができるまで他の神様の説得に当たってくださった人に対して」

「やーめーろーよー! 私の邪神イメージが台無しだろ!」

 口ではそういうものの、アンジュに元気はない。確かにクマができて疲労困憊という感じだ。他の神様相手によほど疲れる交渉をしてきたらしい。

「やはり、私が根本まで関与したのが問題になりましたか?」

「まぁ、それもそうなんだが、やりすぎじゃないかって言われてな。結局は自分の信者を協定の範囲内で救うのはセーフということでけりが付いたが」

 瑞穂とアンジュの会話から、どうも私を助けたことが他の神様との間で問題になったということだと理解できた。つまり、私のためだ。そうなると、途端に申し訳なく感じる。

「ん? 気にすんなよ。お前は私たちの玩具なんだ。玩具に責任を持つのは持ち主の責任ってな」

「……ありがとうございます」

 私の表情を見てアンジュが先に口を開いた。こちらを思いやってくれるような言葉に、瑞穂やユキも苦笑を浮かべている。きっとアンジュの邪神アピールは皆からもほほえましく思われているんだろうと思う。

 だから、私はただ感謝を口にした。

「んで、ラヴィーがいるってことは兵器関係の扱いでも教えるの?」

私の言葉を受け流したアンジュが口にした内容に思わず、声が出ていた。

「兵器を扱える神様なの?」

「本気で怒ると、砲撃ユニットとミサイルコンテナ、防御装甲を出してきて多重砲撃による制圧戦をしかけてくるからな」

 何それこわい。もうそれは人型戦艦と言っていいのではないだろうか。海の上ならともかく、陸上でその戦闘力はやばいどころではない。

 アンジュの言葉の内容でラヴィーを見てしまったが、ラヴィーは私の視線に気づくと頬を赤くしながら小さく咳払いした。

「私は兵器関係も扱えますが、今は技術神としての役割を任せていただいています。なので、今日はユリアちゃんに構造解析の仕方を教えてあげようと思います。……って言っても、ディ、じゃなかった、Dさんにお願いされたからなんですけどね」

 構造解析? なぜそんな技術が必要なのかが全く分からない。理由を教えて欲しいとDを見るとメイド服のまま優雅にお茶を楽しんでいる。しかも、こちらを見ることなく口を開いた。

「治癒魔法の魔力消費が大きい理由は、効果が出る場所を限定しないで使用すると全身に効果を発生させてしまうからです。必要な場所にのみ効果を発生させるようにすれば、魔力消費の軽減が可能です。構造解析は物体内部の状態や素材を把握する魔法ですから、これを使えばどのような状態で、どれくらいの強さの治癒魔法が必要かということが分かるわけです」

 言われて納得した。CTやMRIといった検査機器を魔法で代用しようということか。ケガをした場所と程度が分かれば無理矢理に魔力で効果を底上げして魔法を使わなくても、ピンポイントで治療ができる。

「……でも、それならもっと多くの治癒魔法を使える人がいるはずですよね?」

 あちらの生活は十年にもなっていないけれど、治癒魔法を使える人が多いとは聞いていない。ブランから教えてもらった時もそんな話はなかったはず。

 見ると、女神全員が苦虫を噛み潰したような表情になっていた。全員を代表するようにアンジュが忌々しいことだがと言いながら、その理由を教えてくれた。

「何度もお告げという形で教えてはいるんだ。いるんだが、既得権益となっているから広めようとしないんだよ」

 要は感覚で治癒魔法を使える血統というのがあって、一族として利益を持っているから利益を薄くするようなことには非協力的ということらしい。

 しかも治癒魔法を教えられる教師はその人たちしかいないから、絶対数を増やすのも苦労すると。

 世界が変わっても人間というのは自分の利益が大事らしい。

「分かりました。ラヴィー、よろしくお願いします。それから、瑞穂もラヴィーにこれを教えてもらうのが終わったら、正しい治癒魔法の使い方を教えてください」

「分かりました。治癒魔法の使い方を、そして貴女のお母さんが得意だった裏技を、全部教えてあげます」

 私の覚悟を感じ取ってくれたのか、瑞穂が私の目を見ていってくれた。目尻に光るものが見えるのはきっと勘違いではないと思いたい。そしてユキやアンジュの視線が優しいのも私の自意識過剰ではないはずだ。



 この部屋は他の神様はまず利用しないというので、なし崩しにそのまま講義が始まった。

「それでは、まずはこれに魔力を通してください」

 ラヴィーが私に渡してきたのは何の変哲もない消しゴム付き鉛筆だった。日本でよく見たメーカーのもので、HBの表示が押されている。

「流すだけでいいの? なら、こんな感じ?」

 鉛筆を握ると魔力を浸透させる。すると、小さな破裂音がして消しゴムがなくなっていた。正確に言うと、撃ちだされたように消しゴムがどこかへ飛び去っていた。

「ユリアちゃんが流した魔力に耐えきれずに鉛筆が壊れてしまいました。芯も見てみましょうか」

 ラヴィーに言われて鉛筆を見ると、芯は燃え尽きた炭のようにボロボロで、指ではじいただけで周りの木の部分だけが残った。さらに言うと、消しゴムを止めていた金属は弾けたように歪んだ形に変わっている。

「魔力でボロボロになるものなの?」

 ここは神様のいる領域だし、現実世界以上におかしなことが起きてもおかしくはないと思う。しかし、返ってきたのは否定だった。

「魔力というのは指向性のないエネルギーのようなものですからね。それをただ物に流しただけでは、どこかで必ず爆発します。人体なら内部からボンッと破裂です」

「それでどうやれば構造解析になるのですか?」

「最初に鉛筆に流してもらったのは、そういう破壊が起きるということを体験してもらうためです。次の過程もありますから」

 笑顔で言うラヴィーの言葉に理解ができた。いきなり複雑な物や高価な物を破壊してしまうよりは、安くて調達の容易な物で体験した方が危険性を理解できるというものだ。

「次はこれを体の延長線のようにとらえて魔力を循環させるイメージで魔力を通してください」

 次に渡されたのは万年筆。ただし、文房具店だと千円くらいで買える安いやつだ。まあ、適度に複雑な構造をした分かりやすい物ということだろうか。

 キャップを握って魔力を循環させる。すると、頭の中にいろいろな情報が流れ込んできた。

「材料がプラスチックと亜鉛合金、バネにステンレス鋼。形状ががががが」

「そこまでです」

 情報に頭の中が塗りつぶされそうになったが、ラヴィーが私から万年筆をひったくるように奪った。それで流入してきた情報が一気に消失する。

 頭の中に入ってきた情報があまりにも多すぎた。素材、構造、形状。それが一度に流し込まれたのだ。頭の中がいっぱいになるのも当然だ。

 私があまりのことに息を乱していると、ラヴィーは笑顔のままでまた万年筆を差し出した。

「こ、こんなきついことをもう一度ですか?」

 もう一度やれと言われたら、頭の中が壊れると思う。それくらい拷問だった。構造解析って英雄願望がないと習得できないとかそういう条件があったりしないだろうかと思うくらいにはきつい。

「大丈夫です。先ほどは、制御しないとどれだけきついかを体験していただいただけです。アクティブセンサーといえばわかりますか? そういう運用をしてこそ真価を発揮する魔法ですから」

「それで、どのようにすればいいですか?」

私の疑問にラヴィーはこともなさげに言い切った。

「外形をイメージして、視覚情報に落とし込んでください。視覚は五感の中でも桁違いの情報を処理しています。言葉や文字として理解しようとするとパンクする情報量でも、視覚情報なら直ぐに理解できる程度になります」

「ええー? やっては見ますけど……」

 半信半疑ながら、視覚情報に落とし込むようにイメージする。ゲームのステータス画面か3Dモデリングのような感じで大丈夫だろうか。

 それから魔力を通してみる。先ほどの様に情報に脳が焼かれないように慎重にだ。

「これは……。なんてすごい……」

 視覚情報に落とし込んだら、頭の中が侵食される痛みもなく情報がまとまっていた。先ほどは分からなったけれど、万年筆内部にヒビが入っている。そこは自分のイメージのせいか赤くダメージ表現され、そこに意識を向けると拡大された詳細情報が提示される。

「ほら、大丈夫でしょう?」

 いたずらっぽく笑うラヴィーにただ頷くしかない。

「これであなたの魔力でも救える人が増えるでしょう。けれど、同時に救えない人も分かってしまうことを覚えていてください」

 まじめな表情で最後にそういったラヴィーに私は深く考えることなく頷くことしかできなかった。


レイテが始まりました。イベント終了まで更新速度が落ちると思います。

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