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魔族の娘のたのみごと  作者: 言吹木鉄人
現実世界編――無理難題――
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第七章 小アクシデント

 掃除時間が終了し、クラスメイトがゾロゾロと帰室し始めた。いち早く戻ってきた明は教室の最奥の場所から周りの様子を窺っていた。明は「開けてもいい?」と隣の女子に声をかけ、了解を得てから窓を開けた。


 外から爽やかな風が入ってきた。校舎の四階から見える景色はそんな気分を吹き飛ばしてくれるかのように爽やかだ。

 一面に見渡せる住宅街と商店街。青空に浮かぶ白い雲が気持ちよさそうに泳いでいる。一部だけだが自分の拠点となっているアパートの一部らしきものも見えた。

 そうしていると、「起立」と声が響いた。明はハッとなり、ワンテンポ遅れてから立ち上がった。


「礼!」


 バラバラと統一感のないお辞儀があった。

 当然、着席も揃ってはいない。それは呆然とネフィエの事で頭がいっぱいの明でもクラスメイトの椅子の音で把握することができた。


「今日もお疲れさま。で、配布物があります」


 白髪交じりの壮年の女性が抱えてきたプリントを配り始めた。教諭はおっとりとした印象を受けるがベテランの風格を感じる。ゆったりとした動きだが、プリントの枚数を瞬時に分けて机に置いている。回ってくるプリントを受け取り軽く目を通す。内容は図書館にいこうというものだった。


(図書館、ねぇ……)


 明は布製の筆箱から消しゴムとカッターを取り出す。消しゴムには六面それぞれにボールペンで線が入っている。

 上面から見るとそれが犬の頭であることがわかる。


(まったく、どうすりゃあいいんだろうね。そもそも、なんであいつはここに来たんだ? 来たくて来たわけじゃないとか言ってたけどさ――)


 心ここに非ず。明は線に沿って削っていく。


(いい加減に手掛かりが見つかるといいんだけどな。じゃなきゃ、痺れを切らして何するか――。そんなことするならとっくにやってるか……)


 深々と息を吐く。削った消しゴムの破片が息によって机から零れ落ちた。


(異世界の家族事情がどうかは分からないけど、やっぱりネフィエにも家族とかいるんだよな? 両親とかはやっぱり心配とかしているんだろうな……)


 さすがの明も同情の念が押し寄せてきた。

 

 もし自分が同じ目にあったら?

 明自身、魔法モノや異世界召喚ものの漫画・小説の類は大好物だ。好きなキャラクターとの妄想もする。

 しかし、実際に行ったとなるとどうだろうか?

 そこは全く異なる世界で自分の事を知らない人間ばかり。それでいて頼れる者もいない。

 たどり着いた世界によっては異世界人というだけで迫害されるかもしれないし、怪しい人物の実験対象にされるかもしれない。

 人食いのモンスターなんていればなおの事命の危険すらある。


「おい、木之柄? 木之柄!」


 不意に前方から声をかけられた。

 顔を上げると、前席に座っている男子生徒からだった。少し危機感を覚える表情だ。クラスメイトは目を横に動かし、「周りを見ろ」と合図を送っている。

 促されるままに、明は頭を周囲へと向けた。少し離れた場所の一部の女子がジロッと視線を向けていた。


「なに?」


 キョトンとした反応を見せる明に、クラスメイトの男子が無言で下に指を向ける。その後で、担任の先生へと視線を移した。


 察した明からサァッと血の気が引いていく。


「す、すみません……」

「後で、掃除しておくように」


 先生に言われ、明は無言でうなずいた。




「お前さぁ、掃除した後でゴミ出すか?」


 ホームルームが終わり、前席のクラスメイトが茶化す感じで声をかけてきた。


「ちょっと、考え事してて、な」


 掃除を終えた明に対し、クラスメイトは「女か?」とニヤついた顔で尋ねた。

 そんな相手に、面倒臭そうに明は嘆息してみせた。


「お前なぁ……」

「冗談だって」

「まぁ、あれだ。年頃の女子を怒らすなよ? 後が怖いぜ」

「妙な言い方するな? 経験でもあんのか?」


 お返しと言わんばかりに問う明。クラスメイトは「経験はない」と返してきた。


「ほら、テレビとかさ。よくこの手の番組とかあるじゃん。なぁ?」


 クラスメイトは明ではなく、残っていた女子生徒に話を振った。

 声をかけられた女子数人は「なんで私達に話を振るの?」と言わんばかりだ。


「昼ドラの見すぎなんじゃないの?」


 女子たちに面倒臭そうに言い返されクラスメイトの男子は「ハハ……」と苦笑している。明はそんなやり取りを横目に掃除用具ロッカーに箒などを放り投げるように片付けた。


「掃除した後なんだからゴミは出さないでよ?」

「あぁ、ごめん」

「次そんなことしたら、演劇部で女性役をやってもらうわよ?」


 いやらしい笑みを浮かべるクラスメイトの女子に、明は「勘弁してくれ」と表情を濁す。


「割と本気なんだけど?」

「あぁ~。じゃぁそうならないように細心の注意を払わせてもらうよ」


 明はそそくさと鞄を手に取り女子生徒に気づかれないように肩を落とした。


「じゃぁな」


 明が手を上げて声をかけると、男子生徒も「おう」と手を上げた。

 教室を出た明は一人長い廊下を歩く。部活時間前のそこには人気は多いとは言えない。部活動モードの生徒が忙しく駆けていた。時折、管楽器の音が鳴っている。その方向へと頭を向ければトランペットを持った生徒がチューニングをしていた。


(部活、ねぇ……)


 階段の踊り場に張り付けられた各委員会からの掲示物を一瞥しつつ明は下駄箱を目指す。下りきった明は、正面にある扉に手をかけ押し開いた。こもって聞こえていた部活動へ向かう生徒の声が鮮明に聞こえてくる。


「あなた、何をしているの?」


 中庭を通り抜け教師用玄関前の噴水を通りかかった時に教師の声が聞こえてきた。

 声の主を探すと、生徒指導の教諭が噴水出している銅像を挟んだ向こう側へと歩いているのが見えた。


「何もしてないわよ!」

 

 直後に反論の声が上がった。無駄に棘のある聞きなれた声だ。

 明は足を止めて眉をひそめた。


「ま、まさか――」


 一抹の不安が過り、明は駆け足で銅像の反対側へ向かう。そこには教諭に睨まれてそっぽを向いているネフィエがいる。サァッと血の気が引く感覚を味わう。


「他意はないわよ。悪いことはしていないでしょう?」


 挑発的な答え方だった。これには教諭の目が吊り上った眼鏡に沿うようにつった。


「あなた、ここの生徒じゃないわよね? 何か用なの?」

「まったく、高圧的なやつね。もうちょっと穏便にできないのかしら? どこの世界にもこういうやつがいて困るのよね」


 腕組みをして嫌味を飛ばすネフィエに、教諭が「何ですって?」と髪を逆立てた。今にも掴みかからんとする勢いだ。

 しばらく様子を窺っていると、ネフィエと目が合った。「あ!」と、お互いが同時に声を発する。

 こちらに気づいた女性教諭とも目があった。


「あなたの知り合い? こっちへ来なさい!」

 

 手招きを含めて言い放ってきた。


「は、はい」


 あからさまに面倒くさそうな顔をして明は足を引きずりながら教諭の前に立った。横には「任せたわよ」とアイサインを送るネフィエ。そんな彼女にうんざりと首を垂れる。


「な、なんでしょうか?」


 まずは相手の出方を見ようと、申し訳なさそうに声をかける。爽やかな天候には似合わないほど教諭の表情は厳しい。きらりと眼鏡が光った。


「あなた、この子の知り合いよね?」


 どう答えれば一番差支えがないかを、明はできる限りの思考速度で弾き出そうとする。


(友達、じゃぁないよなぁ……。ぶっちゃければ他人なんだけど……。無関係じゃないしなぁ……)


 熟考する明だが、訝る教師の視線が突き刺さる。

 早く答えないと。と脳をフル回転さえせるものの、その焦りが余計に思考能力を低下させる。クイズ番組でわかりもしない問題に早押しでボタンを押した解答者の気分だ。


「何と言えばいいのか……」


 時間稼ぎ。

 絞り出すように言葉を発して明が頭を上げる。険しい表情で発言を促す教師の顔があった。


「その、ちょっとわけありでして……」


 下手に、相手を刺激しないようにゆっくりと切り出す。


「ちょっとって?」


 間髪入れず教師からツッコミが入った。


「えっと、その……」


 明の額から脂汗が滲み出る。その一粒が頬を伝った。

 たった一粒の汗にもかかわらず、妙にネットリとした感触がした。

 ツツツ……と流れるソレが答えを急かしているように感じられる。


「うちの、親戚でして……」


 この一言に、ネフィエから「は?」とあった。対する明は教師に気づかれないように、彼女に目を向ける。


 ――いいから話を合わせろ!


 言葉は発せず口の動きだけで伝える。それが伝わったのかはわからないが、ネフィエは眉間に筋をつくった。

 それに対し、明も誰のせいでこうなったと思ってるんだ。と牽制の表情を作った。


(何でこんなこと言っちまったんだ……。親に確認取られたら終わりじゃないか……)


 今さらながら自分の発言を後悔する。しかし、後悔先に立たず。このまま押し切るしかない。あとはネフィエ次第だ。


「そうなのかしら?」


 教師がネフィエに確認をとる。つばを飲み込む明。


「……そうなのよ」


 ネフィエが答えるまで約十秒。その十秒が今までで生きてきた中で一番長い十秒に感じられた。とりあえず、明は安堵の息を吐いた。


「すみません。何せ外国から来たもので、日本の学校のことよく理解していなくて」


 こうなった以上押し切るしかない。

 明は頭に思い浮かんだ言葉を発していった。若干、彼女が異世界の人間であることを考慮しそれとなく言葉を変える。


「家に帰ったらよぉ~く言い聞かせますので、申し訳ありませんでした!」


 大きく頭を下げる明。このまま土下座するんじゃないかという勢いだ。

 チラッとネフィエを見ると、何事もなかったかのようにこちらを見ている。


「お前も謝れ!」


 ネフィエの頭を押さえつけ強引に下げさせる。


「ちょっと!」


 抵抗するネフィエだが、教師の表情が和らぐまで明は力を緩めなかった。そのうち、深いため息が相手からあり、「行っていいわよ」との答えがあった。


「しっかり、注意するように。初犯のようだし、今回は注意で終わらせます。しかし、今後同じことが起きれば、両親に連絡を入れますよ? いいですね?」


 踵を返し、校内へと戻る教師。その背中に明は愛想笑いを浮かべる。


「どうもすみませんでした」


 その後で、十代とは思えないほどのため息をついた。


「いい加減離しなさいよ!」


 ネフィエは明の手を振りほどき、「無礼者!」と唾を飛ばしてきた。


「うるさい! ここに来るなって言っただろう!」


 明は声を殺し、腹に力を込めた言葉で応戦する。


「ここで余計な騒ぎを起こしたら面倒臭いだろうが! 自分の首を絞めるようなことやめろよ!」

「だ、だって――」

「『だって』。じゃない!」


 ピシャリと彼女の反論を遮る。嘆息した明はゆっくりと顔を上げて周囲を見渡した。


(げ……)


 周りには二人のやり取りを面白そうに見つめる野次馬が見受けられる。ヒートアップしていた脳が、一気にクールダウンした。


「帰るぞ!」


 足早にその場を後にする明。置いて行かれそうになったネフィエは「話は終わってないでしょう?」と、小走りで明を追った。

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