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魔族の娘のたのみごと  作者: 言吹木鉄人
現実世界編――無理難題――
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第六章 回想

 明が家を出てから数十分後。着替えを終えたネフィエは、鏡に映った自分の服装にため息をついた。

 仕方がないとはいえ、男物の服に慣れていく自分に危機感を覚える。そんな時だった。ふとテレビの横に目が行った。その僅かな隙間にそれはあった。


「何かしら? これ……」

 

 閉じられた段ボールを見つけた。『開封厳禁!』と力強い文字で書いてある。無駄に、何重にもガムテープで巻かれてある。


「なんだろう……中から禍々しいものを感じる。気のせいかしら?」


 手を震わせながら、段ボールの隙間に手をかける。開封可能部分に張り付けられた『開封厳禁!』の文字が、封印の呪印に見える。


「きっと力の強い物ね……」


 破っていいものなのか戸惑うネフィエ。一度は手をひっこめたものの、好奇心には勝てずガムテープを剥いで開封する。最初に見えてきたのは人形の脳天の部分だった。

 しかし、明の飾っているフィギュアとは質が違う。一本一本髪の毛があるのだ。


「な、なにこれ……」


 唾を飲み込み、ネフィエは一度それから距離をとった。

 高鳴る鼓動。動悸が激しくなり、胸に手を当てずとも鼓動を感じるほどだ。


「私は魔族王の娘よ……これくらい」


 そう自分に言い聞かせ、再び段ボールへと近づく。そして、中に手を入れてゆっくりと中で眠りについていたモノを引っ張ってみせた。

 額部分が見えた時、ゾワリと身の毛のよだつ感覚を味わうネフィエ。「南無さん!」と言わんばかりに一気に引き抜いた。

 そして、取り出したものをみて戦慄した。

 出てきたモノは着物姿の少女の人形――市松人形だった。白い肌に、つぶらな瞳。その眼は虚空を見つめているが、妙にまとわりつく視線を感じる。


「ヒィ……」


 目に涙を浮かべ、ネフィエは尻餅をついた。ネフィエの手から離れた市松人形は、コロンと床に転がった。


「い、いや……私を見ないで」


 ねっとりとした視線を送り続ける市松人形の視線に耐えきれず、ネフィエは近くにあった布団を投げつけた。その後、その場からあわてて距離をとる。布団に埋もれた人形の視線から解放され、ネフィエは何度も大きく呼吸をした。


「はぁ、はぁ……なんて悍ましいの……あいつ、どうしてこんなものを……」


 後悔の念に駆られ、ネフィエは一人その場で蹲った。そして、脳裏にエルネスタでのことが浮かんでくる。

 徐々に膨れ上がってくる感情。キュッと膝を抱えて顔を埋めた。


「お母様、みんな……」


 目を閉じれば、ここに来る時の事が思い出された。





 豪華な紅い装飾の施された一室。

 そこは一目で高貴な身分の者が住まう場所だというのがわかる。部屋を飾る宝石などの装飾だけでなく、家具に至るまで高級感が漂う。

 しかし、今はそんな優雅な空気には包まれておらず、張り詰めた気配だけがその場を支配していた。


「城門が破られた? ええい! 何をやっている!」

「うぅ……人間め……」

「ラーニャだ! 一旦引いて体勢を整えろ!」

「ぐあああああ!」


 そんな怒声と、負傷者の苦しそうな声が木霊している。

 攻めてくる人間の軍団。

 振動する居城と怒号飛び交う中、ネフィエは一人自室にこもっていた。


「一体どうなっているの?」


 従者に尋ねたネフィエは相手の反応を待った。いそいそと支度するメイド姿の少女は、ドレスを纏ったネフィエの服を脱がし始めた。メイドの腕には別の新しい服が抱えられている。


「これをお召しになってください。万が一には、ここから脱出を……」


 胸当てとガントレットをつけたネフィエは、メイドの言いたいことを察し、「そんな」と口にした。


「私も戦わないと……お母様はどうしているの?」

「指揮をとっておられます」


 手短に答えてメイドは手早くネフィエの服のしわを伸ばした。

着替えを終え髪を整えると、部屋にノック音が響いた。「どうぞ」とネフィエが答えると、入ってきた相手にメイドが深々と頭を下げた。


「お母様」


 駆け寄るネフィエ。ローブ姿の女性はネフィエと同じく綺麗な金髪をしており、妖艶な雰囲気を出している。

 女性は抱きつくネフィエをしっかりと受け止め頭を撫でた。その間は優しい母親だが、メイドに目を移した時は険しい表情に変わった。親子の触れ合いに表情を緩めていたメイドも緊張で背筋を伸ばした。


「首尾は?」

「はい。準備はできております、エネラ様」


 エネラとメイドのやり取りに、ネフィエは「何のこと?」と問いかけた。メイドは掌から魔力の塊を作りだすと、それらを様々な形に変化させた。形がはっきりせぬまま、彼女はそれらを一定の間隔で配置し始めた。

 

 しばらくして、配置を終えたメイドはその場を立ち去り母がネフィエの肩に手を当てた。


「今からここは戦場になる。だから――」

「私も戦います。だって、私も魔族王の、お母様の娘として……」


 そう進言したが、エネラは首を縦には振らなかった。


「あなたを亜空間に疎開させます。大丈夫。戦いが終わって安全が確保できれば迎えにいくわ」


 頭をなでるエネラの手を跳ね除け、ネフィエは拒否の意思を示した。


「私も戦います。民が戦っているというのに、私だけ逃げるわけには――」

「そうも言っていられないの」


 エネラが手を掲げると、横にぽっかりと穴が開いた。ヴウウンと音を発し、僅かにバリバリとスパークが走っている。


「人間に気づかれると面倒だわ。早く」


 無理やり押し込まれる形でネフィエは穴の中に押しやられた。

 刹那。急に亜空間へとつながる穴が不安定になり、歪み始めた。


「く……干渉されている?」


 エネラの表情が歪んだ。中にいるネフィエは出ようとするが何かの力に弾かれるように後方へとばされた。


「ネフィエ、必ず迎えに行くわ。待っていて」


「待って、お母様!」


 第三者による干渉を受け、粘土をこねるかのように変形する亜空間の入り口。ネフィエの目に映る母――エネラの姿は消え、暗黒の中に放り出された。

 今、自身を襲う感覚は落ちているのか上っているのかもわからない。数分の間、無音の中を漂った。そして――。





 ネフィエはハッと顔を上げた。いつの間にか寝ていたのだろう、体を床に付けていた。


「時間は……」


 時計は三時を過ぎたくらいだった。


「お母様。みんな……」


 母親とメイドたちの顔を思い浮かべ、ネフィエは立ち上がった。リビングへ行き、用意された昼食をとろうとするが喉を通りそうになかった。ネフィエはため息交じりに玄関へと向かった。靴を履き替え呆然と天井を見上げる。


「どうすれば帰れるの……」


 家の鍵を持ち部屋を出る。日差しが目を刺激しネフィエは目を細めた。そして、トボトボと日課になりつつある散歩を始めた。自然と進行方向は学校へと向けられていた。





 ネフィエが家を出て数分後。明の家の前に、一つの影が近づいてきた。影の主は、今朝方、明が出会った褐色肌の少女だ。家の前にたどり着くと少女は顔を露わにした。フワリと舞った銀髪が風に振られて輝く。ラーニャだ。彼女は鋭い視線で扉の向こうを見据えて刺すような眼光を放った。


「わずかだが、気配がある……ここにいるのかしら?」


 そっと静かに、力強く玄関の扉に手を当てた。


「さて、踏みこむべきか……」


 ラーニャはドアノブに手をかけた。しかし、捻らずその場で目を閉じる。


(もう一つ、誰かいた痕跡がある……。魔力は感じない。この世界の住人か?)


 目をゆっくりと開いたラーニャは、静かにドアノブを捻り始めた。何も持たない左手に力を籠め、迎撃の準備をした。しかし、施錠はされている。開かない扉にラーニャは警戒を一度といた。


「おや? 木之柄君に用かい?」


 下から声をかけられ、ラーニャはハッとなった。手すりから下を覗くと、壮年の女性が一人、箒を持って立っていた。


「え、ええまぁ……」


 とりあえず話を合わせる。相手の反応を待ち、ラーニャは女性を見据えた。


「木之柄君はまだ帰ってきてないよ。一緒にいる子も今はいないみたいだよ?」


 女性の言葉に、ラーニャは目元をピクリと動かした。


「もう一人の子……金髪の女ですか?」


 ラーニャが問うと女性は頭を縦に振った。


「そうか、やはりここに……」


 ラーニャは口角を僅かにあげ、扉に顔を向けた。妖艶にほほ笑むとゆっくりと階段へと向かった。


「いつごろ戻るか分かりますか?」


 ラーニャは階段を下りながら女性に尋ねた。リズムよく階段から音が発せられ、その音が鳴らなくなったと同時に女性の口が開かれる。


「さてねぇ……それはわからないわね」

「そうですか。ありがとう」


 敷地から出ようと足を進めるラーニャ。すると、「木之柄君も隅に置けないわね」という言葉が聞こえてきた。ラーニャは振り向かなかったが聞き耳はたてておく。


「金髪の子と一緒にいると思えば、銀髪の子と……若いっていいわね」


 女性は箒で庭を掃き始めた。女性の漏らした言葉に、ラーニャは咄嗟に振り返った。


「……私は女の方に用があるの。コノエとかいうやつに用事はない!」


 焦るように言い放ちラーニャは逃げるように去った。残された女性はポカンと口を開け、その後で何かを察したような反応をみせた。


挿絵(By みてみん)

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