第三章 初体験のアミューズメント
その場所は楽しげな音楽がガンガンに流れていた。リズムカルな音が四方八方から聞こえ、老若男女の歓喜の声と悔しがる声が混ざっている。
店中に人形やお菓子、クッションなどが入ったボックス――クレーンゲーム機が立ち並んでいる。そして、フロアの隅には何十台ものガチャガチャが整列している。
その光景に明の顔がパッと明るくなり幼い子供のように目を輝かせた。対するネフィエはというと、雑音の中に入れられ拷問を受けているような顔をしている。
「なによ、ここ?」
ネフィエが苦しそうに尋ねた。絞り出すような声に明は「なんて?」と耳を近づけた。
「ここはどこって聞いているの! 雑音まみれじゃない」
音に統率性はなく不協和音の嵐。ガシャガシャと小銭が零れ落ちる音がしている。
「ゲームセンターだよ。こういうところは初めてか?」
明が尋ねると、ネフィエがコクリと頷いた。
一階は小物系のクレーンゲームが多数稼動している。フロアを一巡した後でエスカレーターへと向かう。明はフロアで楽しむお客を眺めつつエスカレーターへと足を上げた。しかし、襟を後ろから引っ張られ行く手を遮られる。
「ぐえぇ……。何すんだよ!」
目くじらを立てる明に、ネフィエは動く階段を沈黙のまま指さしていた。
「なんだよ?」
「う、動いているわ……」
恐怖に近い声の振るわせようだった。
「これに乗るの?」
「そうだけど」
絶望に顔を歪めながら尋ねるネフィエ。対して冷静に返す明。引き返そうとする彼女に眉をひそめる。
「怖いのか?」
「怖いというより、階段は動くものじゃないでしょう?」
「この世界では動くんだよ。まぁ、そういう機能を付けないといけないけどな。乗ってしまえばなんてことはない」
ネフィエの反応に、明は初めてエスカレーターを体験した時の自分を思い出した。ちょうど彼女と同じ行動をとっていた記憶がある。
「怖くないって行くぞ」
明が一足先に乗った。ネフィエとの距離が徐々に開いていく。彼女はその場で上がってく明をじっと見つめている。
「おいおい……」
明は逆走してネフィエの近くまで下りる。
「何してんだよ」
その問いに答えはなく、ただひたすら彼女は流れる段差を凝視している。
「おい、早くしてくれ」
周りの目がネフィエに集まり始める。羞恥心がジワジワと膨れ上がり、明は俯き気味に辺りを確認した。
時折、「何しているのあの子?」という声が聞こえてくる。
「おい!」
たまらずネフィエの元まで駆け寄り、明は彼女の手を引っ張り強引に乗せた。
「きゃぁ! な、何すんのよ!」
「何ボケっとしてんだよ! 変な奴だと思われたらどうすんだ」
明はネフィエの手を引っ張り、急ぎ足で二階へと向かう。
「離してよ!」
上り終えるとネフィエが腕を振り下ろして明から離れた。握られていた所を手で覆い、目尻を吊り上げる。
「れ、レディの手を勝手に、しかもいきなり握って引っ張るなんて……非常識よ!」
噛みつくネフィエ。明は言い返そうと口を開くがスッと閉じた。そして、決まりが悪そうに彼女から目を背けた。
「悪かったな……」
そう言い、財布片手に目的のモノを探して歩き始める。
チラッと背後を確認すると、ネフィエは掴まれていた所をじっと見据えていた。その姿がますます明の心を揺さぶった。
「何やってんだよ」
千円札を取出し両替機で細かく崩す。そして、そのまま目に入ったクレーンゲームへと足を運び百円玉を二枚投入しようとする。しかし、明は手を止めもう一度エスカレーターへと視線を移した。彼女はいなかった。
「どこ行ったんだ?」
明はお金をポケットに突っ込みフロア中を捜し歩いた。
一周し終え、逆サイドのエスカレーターへと向かうとその入り口に彼女はいた。またもやそこで立ち往生している。
「……なんだよ」
苛立ちをかみ殺すような声で言い放ち彼女の元へと向かう。明の姿を確認したネフィエは「来ないで」と言わんばかりに掌を向けてきた。その態度が自分を拒絶していると感じられた明は舌を打った。
「勝手にしろ」
ネフィエに背を向け、明は床に苛立ちをぶつけるように歩いた。そして、気分を紛らわせようと近くの景品を押して下に落とすタイプのゲームにお金を投入した。
「クソッ」
なかなか上手くいかず苛立つ。何度か失敗して景品とにらめっこを続けていると、背後に人の気配を感じた。振り返るとネフィエが立っていた。
「うわ! な、なんだよ」
「何イラついているのよ?」
対照的な表情を見せる彼女に、明は「別に」とぶっきら棒に答えた。そんな明に遠慮せずネフィエは横にちょこんと立った。
「レディをエスコートするならもっと気を使った方が良いわよ。私達は別に何の関係もないからいいけど、もし本当に大切な人ができた時、困るのはあんたなんだから」
ネフィエはそう言うと手首を見せた。少し赤みがかっている。それを見た明は黙ってガラス越しに置かれて回転している景品を眺めた。うっすらとガラスに自分の顔が映り込んでいる。
「この事に関しては、私もあんたに迷惑かけたみたいだし? まぁ、アイコってことにしてあげる。でも、次やったら――」
少し意地悪気に微笑む。
「あんたの“嫁”とやらの一人を……」
「わかったよ……」
言わんとしていること察し、明はため息交じりに口にした。
納得のいった表情を見せたネフィエは大きく深呼吸してみせた。そして、相も変わらずガンガンに音を出す周囲の機械を見つめて嘆息した。
「さっさと用事を終わらせて帰りましょう? 元の世界に帰るための算段をしたいのよ」
「へいへい」
明は、もともとやるハズだった景品のある場所へと移動した。
移動し終えた二人の前には先程のモノとは違うゲーム内容の機械が立っていた。
正面には異なった美少女フィギュアが並んでいる。そして、三体あるフィギュアの手前に穴が開いており、上にはプラスチック製の棒がぶら下がっている。
「何をするの?」
尋ねるネフィエに明は黙ってお金を投入した。景気の良い音が鳴り、左側のボタンを明は押し込んだ。すると、棒が右へと移動し離すと止まった。
「ここまでが体感時間3秒か……。で?」
今度は右側のボタンを押しこむと奥側に棒が動いた。ボタンを離すと棒はゆっくり落下していった。
しかし、棒はステンレス製の透明の板に阻まれあっけなく上昇を始めた。
「何がしたいのかわからないんだけど? この棒みたいなのが右に行ってから奥に移動して、上下運動しただけじゃない……。こんなのが楽しいの?」
理解不能と言わんばかりにネフィエが目を細めている。対する明はブツブツと呟き彼女へと頭を向けた。
「棒をあの穴に入れれば景品が取れるんだよ。今のは機械の動作確認と、移動速度の把握。ワザと失敗したんだよ」
連続でお金を投入する明に、ネフィエは「プッ」と噴きだした。
「カッコつけなくてもいいって。要するに、失敗したってことでしょう?」
「いいから見てろ」
小馬鹿にするような言い方に明は冷静に返した。そして、二回目は軸合わせを完ぺきに行い、棒を穴の中に落とすことに成功させた。穴の奥にあるスイッチが押されて置かれた景品が落ちてきた。
「ほら」
「た、たまたまでしょう?」
得意げな表情を浮かべる明は、ネフィエの言葉をスルーして店員を呼びだした。
「今度は隣のを狙うの?」
「いいや」
間髪入れずに答えると、取った景品の補充がされた。
「もう一個とる」
さも当然かのように言い放つ明。
「は? なんでよ?」
「今のは観賞用。次は保存用だ」
即答。難なくフィギュアをとった明は満足げに二体のフィギュアを袋に詰めた。
「二人もいるのそれ? “どっちに誰を入れたか”分からなくなるんじゃ」
「え?」
「そのフィギュアに魂封じ込めてコレクションにするんでしょう?」
ネフィエの疑問に無言を貫く明。
(そういや、なんか勘違いしてたんだっけ、こいつ……)
真実を言うべきか、このままにしておくべきか。若干数秒考えた挙句、明の出した答えは「大丈夫」となんともあいまいなものだった。
それに納得したのか不明だが、ネフィエはそれ以上の追及はしなかった。
「帰るか」
その一言を待っていましたと言わんばかりに、ネフィエの表情が明るくなった。しかし、彼女の表情とは対照的に空が赤く変色し始めていた。店内の時計を確認すると、夕方の五時をすでに過ぎていた。
(あっちは長くなりそうだし、ご飯の支度もあるしなぁ。面倒だけど……)
エスカレーターとは別の方向に足を運ぼうと明は体の向きを変えた。しかし、ネフィエに肩を掴まれる。
「こっちでしょう?」
ネフィエがエスカレーターのある方向へ指を向けていた。
「乗るのに時間がかかるだろう?」
眉をひそめる明だが彼女も譲らない。
「いや、でも――」
周りの目もある。初めは勢いで行けた明だが、そっとネフィエの手首を見る。
「ほら」
二、三歩先に進むネフィエ。何度かこんなやり取りをループさせた。
(このままじゃ、押し問答だ)
明は仕方なしにエスカレーターへと向かった。多種にわたるクレーンゲームが目に飛び込んでくる。隣ではネフィエが物珍しそうに声を漏らしていた。
そして、あと少しでエスカレーターと言うところで彼女が足を止めた。
「どうしたんだよ?」
明も立ち止まり、ネフィエの視線の先にある物を確認した。襲い来るゾンビを銃で倒していくと言う、いわゆるガンシューティングのケームだ。
「なにあれ! かっこいい!」
そう言い放ち、ネフィエは素早い動きで明を見つめてきた。スッと顔を逸らす明。
「あれ、やってみて!」
目を輝かせるネフィエに明は項垂れた。
「俺、ああいうのやったことないんだけど」
拒否の姿勢を示す。
「お願い! 一回だけでいいから!」
ネフィエが懇願してきた。それに対してあからさまに嫌な表情をしてみせる明。すると、ネフィエが口を尖らせてきた。
「ぶぅ……いいじゃない!」
「わ、わかったよ……やりゃぁいいんだろう?」
明はお金を投入すると、手前にあったオートマチック式拳銃のガンコントローラを手にした。
(適当にやって、終わらせよう)
ゲーム開始音を聞き流し、明はコントローラを構えた。
廃れた町を進み、ゾンビが襲い掛かってくる。初めは適当に処理し、ワザとらしく見えないようにダメージを受けていた。
初めはそういった余裕があったが、後半になり敵の数も増えてきた。連続でダメージを受け、あっという間に残機が一気に減った。
「フィギュアをとるのは上手いのに、これは下手なんだ」
「な、なんだと?」
明の心に火がつきコントローラを強く握りしめた。
「この! ……見てろよ!」
熱の入った明は次々と敵を撃ち倒していく。しばらくすると、出てきた敵に一瞬で標準を合わせてトリガーを引くくらいになっていた。無駄玉もほとんどなく画面は得点で埋め尽くされている。
気付けばエンディングを迎えてリザルト画面になっていた。一位にはなれなかったが、ランクインしている。
「やればできるじゃない」
ネフィエが明の得点に手を叩いている。明はと言うとポカンと呆けていた。
(まさかクリアできるとはなぁ……)
明はガンコントローラに視線を落としてしばらくその形状を眺めていた。その後、コントローラを台座に置きなおしてリュックを背負った。
「行こうか」
明の一言にネフィエは頷いた。足早に歩いた彼女は、下へと向かうエスカレーターの前で立ち止まり明に視線を向けてきた。
「見てなさいよ」
得意げな顔を作ったネフィエは軽い助走をつけてエスカレーターへと飛び乗った。満面の笑みを浮かべる彼女に、明は「うん」とだけ言い後を追う。
「ちょ、ちょっと何もないわけ?」
わざわざ逆走してまでネフィエは明に詰めよってきた。ズイッと前のめりになり、人差し指を明の鼻先に当ててきた。
「いや、『何もないわけ?』って、何を期待しているんだよ?」
グイッと鼻を押さえているネフィエの指を払う。
「ほら、言うこととかあるんじゃないの? ねぇ?」
「いや、特にないんだけど」
そう言いかえすと、ネフィエはポカンと口を開けたまま固まった。クリスマスのプレゼントが「これじゃない」といった具合の子供のようだ。
「な、何よ! フン!」
明に背を向けるネフィエ。その勢いで彼女の髪の毛が鞭のように撓ってパシンと明の腕を引っ叩いた。
「お母様なら褒めてくれていたわ」
へそを曲げた彼女の後頭部を眺めつつ、明は「やれやれ」と肩を落とした。
帰路へとつく二人。その帰りの途中、明はモデルガンを一丁購入した。