第二章 暗中模索
市内にあるショッピングエリア。そこには様々な店とデパートが立ち並んでいる。
ファッション、アクセサリー、家電量販店だけはない。ゲーム、本屋、パチンコなどの娯楽施設も多数開店している場所だ。
そこにやっていた明は、同伴者のネフィエをコンビニの前で待機させていた。
「ありがとうございました」
店員の常套句を聞き流し、ペットボトルのお茶が入った袋を抱えて外に出た。
待機させている場所へと向かうと、ネフィエが二人組の女性に囲まれていた。
「ねぇ、私達と遊ばない?」
「なっ……! 私は女だ!」
カッと頭に血をのぼらせたネフィエは、相手二人を睨んで威嚇していた。
女とわかるとなると、興味はないといった具合に態度を変えた女性二人。
「怒るくらいなら女らしくしろよ」
悪態をつき女性二人が去っていく。
その様子を眺めつつ、明はネフィエの横に駆け寄った。そんな明に、ネフィエはうんざりとした顔で見つめてきた。
「そんな目で見るな」
「私って、そんなに女に見えないの?」
ペットボトルを受け取ったネフィエが呟いた。
「そんなことはないけど――」
明はお茶を一口含んで息を吐いた後で、ネフィエを窺った。
「そんな緊張した顔じゃあなぁ……。眉間に力入れ過ぎだろうよ」
背後にあるコンビニのウィンドウを見るネフィエ。そこに映った自分の姿に「ふん」と背を向けた。
「なんでそんなに顔を強張らせるんだよ?」
その問いにネフィエは答えない。緊張した顔のまま彼女は口を開こうとはしなかった。かわりに、言葉を模索するように小さく瞳が動いている。
「こ、ここが初めてなんだから仕方がないでしょう?」
ようやく口にした彼女は力押しをするような勢いで告げてきた。若干語尾が弱々しく感じられた。
力任せな物言いに、明は脱力して「あのなぁ」と切りだした。
「何でそんなに喧嘩腰なんだよ? 俺が気に入らないのはわかるけど、外では落ち着け。帰ってからいくらでも不満は聞いてやる。まぁ、全部聞き流すけどな」
その一言にネフィエの眉がピクリと痙攣する。小さく「違うわよ」と聞こえた気がした。
「あんたに不満があるわけじゃないわよ。だって――」
「だって、なんだよ?」
明は口を尖らせる彼女の回答を待った。そして数十秒後。
「何でも、ないわよ」
弱々しい反応があった。
「じゃあ落ち着け……。イラついてたら探し物も見つかりにくいぞ」
そう言い明は歩き始めた。飲み干したお茶をゴミ箱に捨ててネフィエを待つ。
「行かないのか?」
そう促すと、彼女は二、三歩跳ねるような足取りで近付き明の後ろについた。
徐々に人通りが少なくなってきた。人口密度が少なくなるにつれ、ネフィエの眉間のしわも少しずつ減っていった。
「人間酔いか?」
背中から感じる同伴者の気配の変化に気づき、明は前方を向いたまま尋ねた。
「人間……何?」
「に・ん・げ・ん・よ・い。人の沢山いるところに居ると体調悪くなることだよ」
交差点で立ち止まった明は、スマートフォンを手に地図を見る。顔を上げて右を向くと細い道が続き、突き当りに石段が見えた。
「こっちか」
進路を右へと変える。視線をやや上へと向けると、立体駐車場の看板と電灯の灯っていない飲み屋の看板が見える。
先を歩く明は、返事のないネフィエの方へと顔を向けた。
「たぶん。そういうことにしておいて」
投げやりな返事だった。
「ふぅん。ま、とりあえずこの先にある古本屋に行くか……。いくぞ」
そう言って足早に行動をする。ネフィエは「待ちなさいよ」と言い、先行する明に駆け寄ってきた。
「オタク街から少し離れるだけでこうも違うのか……」
一人呟いた明は、目的地の看板の目の前で立ち止まった。
――よぉこそ。
少々草臥れた文字で書かれてあったそれから、ゆっくりと顔を上げていく。ヒビの入った外壁から年季ある店だと窺える。
「ボロボロの店ね、大丈夫なの?」
「わからん」
一呼吸も置かずにネフィエの問いに答える明。
そんな彼に、「ちょっと……」と声をかけたネフィエだが、明はさっさと入店していった。
背後からブツブツと文句を言っている彼女を無視する。そして、山積みにされた本が明を出迎えた。
「すごいなこれ……」
マンガ、小説、雑誌。多方面の本が並べられたり、詰まれたりしている。
それも、日本のモノだけでなく外国のものまである。入口の真横にカウンターがあり、そこにお婆さんがちょこんと座っている。
お婆さんと目が合い、明は会釈した後で歩き始めた。店内の本の量に圧倒されながら、明は店内をブラブラと回る。
「こんなところに手がかりあるの?」
疑いの眼差しで物色を始めるネフィエ。
「手がかりがあるかは知らんよ。ただ、帰るための方法が書いてある怪しげな本くらいはあるかもしれないだろう?」
チラッと横を見るとネフィエが本を熱心に読んでいた。表紙から見るに少女漫画のようだ。
「おい、聞いているのか?」
「聞いているわよ。魔術的な本を探すって言うんでしょう?」
読書の時間を邪魔されたと言わんばかりに、ネフィエが射抜くような視線を向けてきた。それをさも当然のように受け流す。
「協力はするって言ったけどな。どうすれば良いかなんて知らないからな? お前の言う“魔術書”も、俺にはさっぱりわからんし。実際にあったところで本物かどうかも知らないからな?」
「まったく」と鼻を鳴らす明は、それらしい本を探し始める。
日本語で記載されている物はいくつか見つけてはみたが怪しさ満点。外国語の物は解読不能。手にした物をとりあえずネフィエの元へと持っていった。
後は野となれ山となれ。ネフィエに丸投げして反応を待つ。
「さっきと言語が違うものが混ざっているけど……」
英文字で書かれた本を手にしたネフィエが明に尋ねた。
「日本の文字じゃないからな」
そう答えると、ネフィエは言語の違いに興味を持つような声を出してページをめくった。チラリと中を確認する明。六芒星の図や数字は確認できた。ただし、何が書いているのかさっぱりだ。
(読めるのかコイツ?)
静かに相手の反応を待つ。一冊、また一冊と本は積み上げられ最後の一冊が閉じられた。
「ふぅ……」
神妙な面持ちでネフィエは大きく伸びをした。第一声を待つ明は、ネフィエに対して機体の眼差しを向けた。
「どう、だった?」
明はなかなか答えないネフィエにしびれを切らし、催促するように尋ねた。
「そうねぇ……」
期待が高まる中、ネフィエはゆっくりと口を開き始めた。
「なんて書いてあるのかさっぱりわからないわ」
サラッと言い放つと、ネフィエは本を適当な場所に返す。
「お前なぁ!」
「あぁ、安心して。書いてあることはわからなかったけど、それからは何の力も感じない。魔術的なことは書いてあるんだろうけど、たぶんそれを実行したところで何も起こらないわ。期待外れね」
そう返すネフィエは首を振った。彼女の仕草に明はピクリとこめかみを痙攣させた。
「悪かったな」
お返しとばかりに、明も挑発するような言い方で返す。口をへの字に歪めスマートフォンを操作し始めた。
「何怒っているのよ?」
愚痴るような口調に、ネフィエが顔を覗きこんできた。アクアマリンのように綺麗な瞳。そこに自分の顔がうっすらと映っている。上目使いの彼女から逃げるように明は慌てて離れた。
「怒ってねぇよ」
「ふぅん。まぁいいわ。それより、次に行きましょう? ここにはないみたいだし……」
そう言ってネフィエは背を向けた。整えられた彼女の金髪が振り子のように揺れている。
「へいへい」
明は深く肩を落とすと投げやりな返事を送った。
□
結局、ネフィエがこれだと思った魔術書はなかった。
「魔術書などの怪しい本を取り扱っている店はないか?」
あまり他店のことは尋ねたくはないが、背に腹は代えられない。失礼を承知で訪ね歩いた。
しかし、それも無駄に終わった。残ったのは疲労感と、ネフィエのストレスだけだった。外れの店を出るたびに、彼女の顔は強張っていった。
「どうしてよ?」
五店目の外れの店を出終えた後でネフィエが噛みついてきた。振り返った明は想定の範囲内と言わんばかりだ。
「そりゃあなぁ」
ため息交じりに口を開く。
「この世界では、魔法とか魔術ってものがそもそもないからなぁ」
冷静に返されネフィエはますます眉を吊り上げる。
「あぁ、言わなくてもいい。言いたいことはわかっているから。『初めから言え』。そう言いたいんだろう?」
今にも掴みかかってきそうなネフィエ。顎に力が込められたのが分かった。
「まぁ今さらだけど。一応望みはかけていたんだぞ? お前がここに来たくらいだし、もしかしたらそう言った本もあるかもってな……」
怒りが通り過ぎたのか、ネフィエの表情が“怒”から“哀”へと変わり始めた。落胆する彼女の目が若干潤んでいるように見える。
これには慌てて明は周囲を見渡した。
「な、泣くなよ」
「泣いてない! この世界に……えっと、とにかく! 泣いてない! さぁ、次行くわよ!」
空元気を出すネフィエは拳を突き上げて足を上げようとした。
「いや、この周辺にはないよ」
「なんですって?」
明の一言に、ネフィエは体勢を崩した。何とか踏みとどまったものの油の切れた機械のようにカクカクと首を横に動かす。
「本屋がないってわけじゃない。この周辺には、そう言った“怪しい本”を扱っている店はないと言っているんだよ」
明は腕時計に目を落とした。四時を回ろうとしていた。
「今日の探索は終わり! 俺だってやりたいことがあるんだ」
強引に打ち切り、明は遠く離れた市内へと向けて歩き始めた。
「早く帰ってほしいんじゃなかったの?」
「帰ってほしいね」
即答した明は振り返った。五メートル先には、カッターシャツの裾をキュッと握って立っているネフィエがいる。
「だったら――」
「あのなぁ……」
うんざりと言った具合に明は脱力し、その場に腰を落とした。
「無・理・だ」
明は一文字ごとに力を込めて言い放った。
「どうし――」
「お前、俺を便利屋か何かと勘違いしていないか?」
耐えかねて明が口にした。
「たしかに、俺はお前に協力すると言った。でもそれは、お前が俺の“嫁”を人質に取ったからだ」
続けざまに追撃を行う明。ネフィエに口は挟ませないと言わんばかりに捲し立てる。
徐々に彼女の眉が下がり始めたが、お構いなしに明は続ける。
「ハッキリ言っておいてやる。協力はする。だけど、それは俺ができる範疇で、だ。それ以上のことを望むんなら、俺より優秀で、顔が広くて、行動範囲の広いヤツを自分で見つけてくれ」
機関銃のごとく言い放つ明にネフィエは何度か口を開いた。反論を試みようとしたのだろう。明も反撃に対して身構えるように立ちあがった。しかし、彼女が言葉を発することはなかった。
「ごめん……」
弱々しくネフィエが口にした。少し声が震えている。
ポロリと彼女の目から光るものが一滴零れたのが見えた。
明は表情を濁し、バツが悪そうに後頭部を掻いた。無言の時間が流れ、時折通りかかる人が野次馬心丸出しですれ違っていく。
冷たい風が頬を撫でる中、明は震えるネフィエの様子を窺った。ヒートアップした脳内もゆっくりとクールダウンし、罪悪感が芽生えてきた。
(なんで俺が――)
明に膨れ上がる感情。苛立ちを覚えながらも、生まれた二つのそれが天秤でシーソーをし始めた。そして、一気にそれは罪悪感の方へと深く沈んだ。
「……千里の道も一歩から」
明はネフィエに近付き、視線を明後日に向けながら語りかけた。
「何よそれ?」
答えた彼女の顔をチラッと確認する明。完全に目元がぬれている。視線が合い、慌ててネフィエから目を放した。
「物事の終着点にたどり着くためには、手近なとこから一歩一歩前進するしかないってことだよ。焦ったり、横着して端折るとゴールは遠のくばかりだ。まぁ、それでも先を行くんであれば止めはしないけどな。ただし、お前の手伝いはできない」
明はハンカチを取出し、ネフィエにそっと差し出した。
「拭けよ」
顔を上げる彼女に、明はぶっきら棒に言い放った。一瞬手に圧力がかかったと思うと掌にあった布の感触がなくなった。かわりに「ありがとう」という言葉は投げかけられた。
「焦り過ぎて機を逃す。それも確かに愚かな事ね」
ポロリとこぼしたネフィエの言葉には落ち着きがあった。
「でも、ゆっくりできないってのもあるの。あなたの言うことも確か。でも、私にも事情があるってのは、知っておいて」
ありがとうと言う言葉が付け加えられた。それに伴い、ハンカチを返そうとネフィエが手を出してきた。
「毎日こんなことはできないけど、まぁ気になることがあったら教えてやるから。帰るための手段を確実に探してくれ」
ネフィエを直視せず明はハンカチを受け取った。
「ちょっと言い過ぎた。悪い」
明は恥ずかしそうにハンカチを仕舞い、「行こう」と声をかけた。「どこに?」と訝るネフィエに、明は振り返る。
「今度は俺の番だ。こっちだ」
明が手招きをする。
それに対して、ネフィエは可愛らしく首をかしげた。