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魔族の娘のたのみごと  作者: 言吹木鉄人
現実世界編――無理難題――
13/17

第十二章 突破口

 夕食を終えた明にネフィエが一枚の紙を手渡してきた。よくよく見ると、何かの絵が描かれてある。どこかで見たことあるような形だが、はっきりとは思いだせない。


「これ、何とかできる?」


 そう尋ねるネフィエの背後には、いくつかのモノが散乱していた。全てこの家にある物だ。土鍋にヤカン、靴ベラに目覚まし時計エトセトラ……。紙に描かれた絵よりも、彼女の後ろにある物に目が行く。


「いや、何それ?」


 彼女の背後にあるそれらを指さし明は尋ねた。振り返ったネフィエは、「えっと」と声を発し、目を瞑った。


「今日読んだ文献に、面白いことが載っていたの」


 そう切り出したネフィエは、本の内容を語り始めた。彼女が言うには、異界へと帰還するためのゲートに関することだった。自分の魔力で直接ゲートを開くのではなく、一定の物を配置し、魔法陣を描くというモノだった。


「ここに来るとき、メイドが何かを配置していたの。それに似た文献があったからそれを試そうと思ったんだけど……これだけがどうしても見つからなくって」


 ネフィエは明に手渡した紙に目を落とす。座っている動物のように見える。


「うーん」


 唸る明に、ネフィエは続ける。


「一応それに近いものはこの世界にもあったのだけど、あれは明がダメだって言ってたし」


 その一言に、明は首を捻った。


「ダメ?」


 考え込む明はふと昼のことを思い出した。


「まさか」

「神様の居住区に安置されていた石像かな……」


 頷いたネフィエの言葉に、明は額を押さえた。思いもよらない物の要求に、「うー」と喉を鳴らした。


「さすがにこれは……」


 そう告げると、ネフィエは「だよね」と落胆の表情を伺わせた。


「……大きさと材質とか、そこらへんに縛りはあるのか?」


 明が尋ねると、ネフィエは天井を仰いで思考し始めた。しばらく、彼女の喉が鳴る音がする。腕を組んだり、眉間に縦ジワをつくったりと、忙しく体勢を変えるネフィエ。


「たしか――」


 ぞうきんを絞るかのように記憶を捻りだそうとする。


「縛りとか、指定とかはなかったと思うわ。ただ、パッと見のデザインとかがあの石像に似ていたからで……。実際にエルネスタでの魔法で使われていた物は――」


 ネフィエは掌の上で「これくらい」と円を描いてみせた。察するに、小さめの手のひらサイズらしい。


「材質は……。ごめんなさい、よくわからないの。ただ、そんな堅そうな感じじゃなかったと思うんだけど……」


 ネフィエの回答に、明は顎を撫でた。


(犬っぽい置物、と思えばいいのか? それなら――)


 明は先程購入した消しゴミを取り出した。それをドン! と机の上に置くと、「さぁて」とスマートフォンを使って狛犬の画像を検索し始めた。


「俺が何とかする」


 工具箱から彫刻刀を取り出す。巨大な消しゴムを睨みつつ、最適な画像検索を探してタップを繰り返していく。


「でもそれって、新しい物を彫るための物じゃ……」

「いいんだよ。消しゴムは手に入れようと思ったらいつでも買える。でも、ネフィエのは今じゃなきゃダメだろう? 時間がほしい」


 検索を終え、明は目を閉じて狛犬を頭の中で描いた。そして、六面すべてに各方向からの柄をペンで描きこんでいった。


「俺に任せとけって、な?」


 描きこんだ絵を確認し、ネフィエに告げる。彼女は微笑み、「ありがとう」とソッと明の手に、自分の手を添えてきた。柔らかく繊細な手を添えられ、明は顔を赤面させる。鼓動が早くなる感覚を覚え、「あ、あぁ」とぎこちなく答えた。


 ネフィエをチラッと確認すると、彼女もまた、頬を朱に染めていた。


(お、落ち着け、おれ!)


 耳まで赤くし、挙動不審そのままに工具箱に手を伸ばす。


「え、ええと……。作業に取り掛かるからさ……。その、あの……な?」

「うん。ごめんね……」


 ネフィエが手を離し、ちょこんとその場に座り込んだ。

 明は、消しゴムに彫刻刀の刃を入れた。





「私は、いったい何をしている?」


 ラーニャは、アパートの敷地外で明の部屋の明かりを見て呟いた。図書館での一件以来、ずっと二人を見ていた。強引に襲撃して彼女をさらうこともできた。しかし、いざ行動しようとすると、“何か”が邪魔をしていた。

 今もそうだ。

 

 ――玄関を蹴破り、明を倒して彼女をさらう。


「簡単な事でしょう?」


 自問自答するラーニャ。何度も体を敷地内に入れるも、それができずにいた。苛立つ自分に腹が立ち、ラーニャはギリッと強く歯を噛む。


(魔族なんて約束を守らないでしょう? あいつは帰りたいからそう言っているだけ、明とかいう男は騙されているのよ!)


 心に刻み込むように心の中で何度も再生させる言葉。しかし、明のとある発言が、その言葉を全否定する。



『俺は、あいつを信じているからな』



 その一言と共に、明のネフィエを見守る横顔が映し出される。


(どうしてあんなことが言えるの? どうしてあんな顔ができるの? 相手は魔族なのに!)


 ラーニャは額を押さえて目を強く瞑った。

 襲撃した時。明に寄り添うネフィエの顔と図書館での明の顔が浮かび上がる。額から汗が滲み出てきた。


「本当に、仲良くなれるなんて思っているの?」


 問いかけるように明の部屋の玄関を見つめるラーニャ。返事はもちろん、ない。このやり場のない感情を処理してほしいと言う気持ちで溢れる。思わず口にした言葉を、自ら口を塞いでごまかしラーニャはアパートから離れていった。


(私はどうすれば……。一体、何をしているの?)


 明の部屋から撤退して以来、迷走を続ける自分に嫌気がさす。しかし、その嫌気もすぐに彼の言葉が吹き飛ばす。


(ネフィエよりも先に私と出会っていれば、こうなっていなかったの?)


 弱音を吐き、ラーニャは異界へと姿を消した。





 エルネスタの王国もすでに日が落ちかけていた。向こう側の世界と同じく、紅色に染まった太陽が彼女の心に哀愁を落とす。何の成果もあげることもできず、途方に暮れている彼女は太陽をただ無言で眺めた。


「おかえりなさいませ」


 帰還と同時に城で働くメイドに声をかけられた。ラーニャは落胆そのままに「えぇ」と返した。


「難しい任務なのですか?」

「い、いいえ……難しくはないのだけれど、ね……」


 表情に影を落とすラーニャ。そのまま自室へと向かう。メイドは彼女の後ろをついて歩き、そこまでお供してきた。

 部屋は白い壁に赤いカーペット。綺麗に整った部屋の隅には、剣や鎧などといった武器が並べられていた。年頃の女性の部屋とは言い難いものだ。


「その服装は、異界の物でしょうか?」


 興味ありげに尋ねるメイド。


「そうね。エルネスタと違い。かの地では目に付く戦闘はないわ。まぁ、他の地域ではどうかはわからないけれどもね」


 部屋に入ったラーニャは上着を脱ぎ捨てた。それを拾い上げたメイドは、物珍しそうにそれを見つめる。


「でしょうね。身を守る防具(もの)がありませんもの。洗濯をしておきますね」


 メイドは同じく脱がれたズボンも拾い上げた。

 用意されている服に着替え、ラーニャは銀の胸当てを手慣れた手つきで纏う。胸当てから覗く赤い布地は、彼女の瞳と同じように燃えているようだ。膝がのぞく程度の長さのスカートを着用する。鋼鉄製のブーツを穿いたラーニャは、最後にガントレットを取り上げる。


 ガシャン!


 金具が鳴った。その音を聞き、彼女はエルネスタへと帰ってきたという実感を得る。肩に取り付けられた小さな鎧からマントが延びている。それはもう片方の肩に繋がっており、振り返るとフワリと軽やかに舞い上がった。

 その姿に見とれていたのか、メイドはラーニャを見つめ固まっていた。


「どうしたの?」


 そう尋ねると、メイドは頭を振った。


「い、いいえ。その、勇ましいお姿だな、と」


 その一言に、ラーニャは「勇ましい、か」と彼女に聞こえないように呟いた。


「一つ聞いてもいいかしら?」

「何でしょうか?」

「あなたはこの戦争が始まったきっかけを知っている?」

「え?」


 ラーニャの問いに、メイドは言葉を失った。数十秒の時が流れたが、メイドからの答えはなかった。


「長すぎる戦いは、理由すらも忘れさせ、私達を縛る……。祖先が始めた戦争の操り人形となっているのかもね……」


 ラーニャはメイドを自分に重ねた。

 あの時、異世界での書庫で明に尋ねられた一言。



『なんで魔族と戦ってんだ?』



 その問いに答えられなかった自分を咎めるように呟いた。


「それと、もう一つ言いかしら?」


 ラーニャは頭の中で明とネフィエのことを思い浮かべた。しかし、二人のことはそっと心にしまい込み、言葉を模索するように目を泳がせる。


「もし、この戦が終わることになったら、嬉しいわよね?」

「もちろんです!」


 即答のメイド。


(当たり前よね……)


 自傷気味にほほ笑むラーニャ。そんな彼女にメイドは首をかしげた。


「そうすれば、ラーニャ様も普通の女性に戻れるわけですしいいじゃないですか。私、この戦が終わったらラーニャ様と行きたいところがあるんですよ」


 身を乗り出しメイドが目を輝かせた。


「なので、ラーニャ様? 自身の体、ご自愛くださいね?」


 メイドの言葉に、ラーニャはほほ笑む。


「それでね……」


 ラーニャはゴクリと唾を飲んだ。彼女の脳内で、異世界での書庫での出来事がフラッシュバックのように再生される。


 

『人間と仲良くできたら』



 明の言葉が脳裏をよぎった。尋ねるべきか控えるべきか。ラーニャは二択の中でせめぎ合った。視線をメイドに合わせると、言葉の続きを無言で待っている。


「もしね、もしの話よ?」


 強調するラーニャに、メイドは「はい」と答える。一度そっと目を閉じ、ラーニャは息を吐いた。瞼の裏側でかつての戦場が映し出される。重症の仲間の手を取り、震える体で相手が告げてきた。


『平和な世を……争いのない世界を――』


 再びあけられた目でラーニャはメイドを見据える。そして、決意を新たに発する。


「もし、その……。魔族と停戦協定を結べたらどうする? 話し合いで戦争を終わらせるってことになったら」

「え?」


 その一言に、メイドは目を丸くした。ラーニャからの発言に呆然としているようだ。腕に賭けられた衣類が床に落ちた。


「も、申し訳ありません!」

(そうよね、そういう反応が返ってくるわよね)

「向こうの世界で、何かあったんですか?」


 服を拾うメイドからの問い。ラーニャはそれに答えない。しばらく無言が続き、察したメイドは戸惑いの表情を浮かべた。一礼して部屋を出ようと踵を返し、ドアノブの手をかけた。ガチャリと音が鳴った。


「そう、ですね……。私的でよければお答えします」


 ラーニャが振り返ると、メイドは背を向けドアノブを傾けたまま立っていた。


「魔族は憎いです。戦争では多くの人が犠牲になっていますし……」


 メイドの言葉を黙って聞くラーニャ。言葉を発する相手は不動のままだ。


「早く戦争が終わればいい。それは、誰もが思う願いだと思います。私もその内の一人です。でももし――」


 今度はメイドが“もし”と切り出した。


「血で血を洗う戦いが、話し合いで決着をつけられるなら……。誰も傷つかずに済むのなら……。私は、嬉しいです」


 その言葉を正面から受け止め、ラーニャは天井を見つめる。長く見ていたそれが、今では遠く感じた。振り返ってきたメイドは芯のある視線を向けてきている。


(血で血を洗う戦い、か……)


 多くの魔族を斬ってきた手を見据え、ラーニャは寂しそうにほほ笑む。


(私には、そんな考えをもつ資格なんてないのかもね……。だから、そんな簡単な答えも持てない……)


 目頭が熱くなる感覚を味わう。ラーニャの視界が歪み、ポロポロと涙が零れ落ちた。


「大丈夫ですか?」


 心配するメイドは駆け寄ってラーニャの手を握る。


「もし、話し合いで決着がつけることができるなら、ラーニャ様も陛下に力を貸してくださいね? 幾多もの戦いで私達を守ってくれた、私達の勇者なんですから」


 無垢な笑顔に、ラーニャは涙を拭った。


「えぇ……」


 ラーニャは一度目を閉じた。思い浮かべるのは明だ。目を開けた時、彼女の顔からは迷いは消え一つの答えが見えたようだった。




「陛下」


 玉座から立ち上がったライオニスをラーニャが呼び止めた。


「なんだ?」


 二人を結ぶ深紅のカーペットが、城内の明かりによりさらに際立っている。足早にカーペット上を進むラーニャは、玉座手前で跪いた。


「どうした?」

「陛下は、この戦の原因をご存知ですか?」

「何?」


 ラーニャの一言に、不意を突かれたかのように目を見開くライオニス。改めて玉座につくと喉を鳴らした。ラーニャはその様子を凝視し、回答を待つ。明かりの揺れる音さえも聞こえるほどの静寂。揺らめく明かりが二人の影を揺らす。


「お答えになってはくれないのですか? それとも――」


 ラーニャは地面についている拳に力を込めた。


「お答えになれない、とか?」


 静かに相手の表情を窺うような声で尋ねる。ライオニスの目尻が若干痙攣したかのように見えた。ガチャンと、玉座の手すりを握る彼のガントレットが音を立てた。


「なぜそのようなことを聞く?」


 ライオニスからの気配が少し刺々しくなるのを感じた。その重圧に、ラーニャの額から汗が噴き出す。


「戦場を駆けた者として、知りたくなった……。とかではいけませんか?」


 そう返すとライオニスは深く椅子に座り、鼻から息を長く吐いた。


「その様子だと、ネフィエ王女の件について上手くいってはおらぬようだな?」

「申し訳ございません」


 誤魔化すライオニス。ラーニャは深く頭を下げた。しかし、「ただ――」と頭を上げ、強い意志を込めてライオニスを見据える。


「知りたいのです。もしかしたら、この戦いを終わらせる一手として――」

「知ってどうする? まさか、魔族と話し合いでもするつもりか?」


 ライオニスの言い放った言葉にラーニャは無言で頭を垂れた。彼の鋭く、空を切り裂くほどの気迫に体が震え上がる。


「猶予はない。こうしている間にも、魔族は体勢を立て直してくるだろう。それに、あやつらとて王女の捜索に必死のはずだ。少しでも有利な時にこういったことは進めておきたい」


 ライオニスは問答をする気はないと言わんばかりに一方的に話を進める。この後も、ラーニャは何度か話を切り替えようとするが無駄だった。


「話はここまでだ」

 そう切り上げ、ライオニスはラーニャの横を通り過ぎて出て行った。

 一人残されたラーニャは、気負いした自分に苛立ち床を殴りつけた。

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