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魔族の娘のたのみごと  作者: 言吹木鉄人
現実世界編――無理難題――
1/17

プロローグ――異世界少女との遭遇――

「今日からここが俺の城だ!」


 築三十年のアパート。二階の角部屋内。

 リュックを床に置いた木之柄(このえ)(あきら)は、大きく伸びをして高らかに叫んだ。

 眼前には数個の大きな段ボール。窓からは新居への引っ越しを祝福するかのように爽やかな陽が差し込んでいる。

 部屋の隅にはベッドや机、鉄製のラックなどの家具がすでに置かれてある。

 綺麗に掃除されてはいるが、少々歴史を感じさせる雰囲気は隠せない一室だ。

 雰囲気もさることながら、実家とは違う部屋の香り。それが明の心を大きく躍動させた。

 窓を開けて外気を取り込む。窓からは町が一望できなくとも、いつもと違う風景に明は口角を僅かにあげた。

 そして、その窓から風の滑り台に乗っているかのように桜の花びらが部屋の中へと舞い込んできた。


「さて、と」


 明は部屋を見回した。スキャニングするように部屋の様子を脳内に叩きこむ。


 そして、前から思い描いていた部屋の配置上面図を脳内スクリーンに投影する。


「イメージもバッチリ!」


 明は前もって持ち込んでいた物資を移動させ始めた。

 



 それから十数分後。一部の大きな段ボールの移動を終え、一回り小さめの段ボールから衣類を取り出した。

 学校の制服などは乱雑にベッドの上に放り投げ、机の上に工具箱を置いた。

 工具箱には、彫刻刀、針金、ものさし、ニッパー、ペンチ。机上に置かれた本棚には、上下逆さまになってもお構いなしの教科書。

 しかし、『フィギュアの作り方』と題された本は、いつでも取り出せるように目立つ場所へ収めた。まるで聖書あつかいだ。

 そして、最後に高校から送られた入学式の案内状を机上へと放り投げた。


「まぁ、こんなもんだろう……」

 

自室の配置を終えた明は、身丈より少し高い鉄製のラックを見つめる。そして、そこにガラスケースを慎重に置き始めた。

 ケースの下には何やら名前が書いてあり、一つ一つに違う名前が書かれてある。

 明はケースの配置を一旦やめ、窓のある方向へ顔を向けた。そして、なんどもラックとの位置と場所を確認する。


「大丈夫かなぁ……」


 明は差し込む陽ざしの位置と方角を考える。結果、ラックの角度を何度も修正し再び作業へと取り掛かった。そして、『おさわり厳禁!』と書かれた段ボールの封印(・・)を解き始めた。

 中から取り出したのは――。


「今日からここが俺達の新居だ! セリカちゃん!」


 大きな魔女っ娘帽子をかぶった美少女フィギュアだ。しかも、段ボールの中にはもう一体同じものがある。

 手にしたフィギュアを開封し、明はショーケースの中に丁寧に収めていった。その隣には垂れたウサ耳のような髪が特徴的な少女のフィギュアがおかれた。

 満面の笑みの明は満足げに鼻から息を吐いた。


 その後も、明はラックの上に段ボールに収納されていたフィギュアを飾り続ける。そして、最後に“開封厳禁”と書かれた箱を取出して部屋の隅に置いた。


「絶対婆ちゃん勘違いしているよ……。俺がなりたいのはこういった職人じゃないってのに……」


 開封厳禁と書かれた段ボールを一瞥し、明は嘆息した。

 



 気付けば夕方になっていた。

 陽はすでに室内に入り込まなくなっており、冷たい風が入り込むようになっていた。

 空は朱に染まり、買い物帰りであろう主婦の声がわずかに聞こえてくる。


「……もうこんな時間かよ……」


 窓を閉め、明は改めて部屋の様子を確認する。

 まだ完全に自分色に染まっていないが、それなりの形になり始めている。そのことに明は満足げに笑みを浮かべた。


「まぁ、明日また増えることになるんだし、今日はこの辺でいいか……」


 明は屈伸を一回し、テレビのリモコンを持った。



『待って! お母様!』



 不意に声が聞こえた。女の子だ。

 電源を入れようとした明は、顔をしかめてスイッチから指を離した。


「なんだ? お隣さんか?」


 明は部屋の配置で音を立てすぎて怒らせたのかと、並べられているフィギュアを見つめた。


「謝る準備でもするか」


 ただ、扉がノックされるのを待つが一向にその気配はなかった。


「気のせいか」


 明は気分を新たに、テレビをつけた。

 ご当地番組のキャスターの声を聞きながら夕食の支度を始める。

 台所に立った明は、少し外れた場所に取り付けられた鏡に映った自分の顔を見つめた。幼さの残る中性的な顔がうつる。


「男らしく、男らしく」


 キリッと眉に力をこめ、明は包丁を手にした。




「何なんだよ、まったく……」


 深夜。

 明は余分に息を含ませた声を発した。

 夕食の支度を始めた後で何度か不可解な事が起きたのだ。

 食事中に電気が異常なまでに点滅し、テレビはノイズが何度も入った。

 おかげで楽しみにしていたアニメもまともに見ることができず、明は不貞腐れてベッドに転がっていた。

 何とか気を静めようと、スマートフォンのメールをチェックする。親からのメールが届いていた。

 内容は、「我が子を心配するもの」と、「破目を外しすぎるな」といったものだった。


「破目なら、もう外したかな……。いや、これからか……」


 そう呟き新着メールのチェックを進め、最後にアミューズメントに関するメールを開いた。明日解禁されるフィギュアの情報がのっている。


「明日は朝一で行かないとな……」


 ――ザ、ザザー!


 電源を切ろうとした時だった。一瞬画面が砂嵐に包まれた。

 スクリーンは急に暗転し、直ったと思うと画面の向こうに渦のようなものが見え始めた。まるで、すべてを吸い込むブラックホールのような感じだ。


「な、なんだ?」


 瞬きを数回。スマートフォンのディスプレイは何事もなかったように元の画面を映し出していた。明は電源を落として手にしていたそれを放り投げた。


「明日、管理人さんに文句を言ってやる! ここ、“出る”んじゃないだろうな?」


 冗談交じりの一言を発し、明は体を起こして部屋を見渡す。

 時計の音が異常なほど耳につく感覚がした。奥に見えるラックのフィギュアが目に入る。

 魔女っ娘の少女が痛々しいステッキを振りかざしてウインクしている。


「……疲れてんだろう、寝よう。明日は早い……」


 明は布団をかぶり、丸まって目を閉じた。


 ベッドと天井の間の空間がグニャリと歪んだことに、彼は気付いていなかった。





 コチ、コチ、コチ、コチ……。

 時計の音が鳴り響く。丸くなっていた明も、いつしか布団を蹴飛ばし、足を枕に乗せて寝ていた。

 訳の分からない寝言を言い、情けなく露わになった腹をポリポリとかいている。


 ふと、バチバチと雷のような音が鳴った。それは徐々に大きくなり、周辺のモノを小刻みに振動させる。

 初めは小さく軽いものだけが震えていたが、次第に周辺のモノまで反応し始めた。明が横になっているベッドも例外ではない。


「うるせえなぁ。……いてっ!」


 一筋のスパークが明の頬を弾いた。その感触に声を上げて明は目を覚ました。そして、眼前の出来事に絶句した。

 目の前に繰り広げられているのは、発電所を舞台に事件が起きている映画そのもの。電気のような筋がのた打ち回っている。

 その中心には黒い真珠のような球があり、徐々に巨大化している。


「な、なんだこれ?」


 うっすらと文字のようなものも見える。象形文字にも見えるし、楔形文字にも見える。

 わかるのは、明らかに日本で使われている文字ではないということ。

 その場を離れようと体を動かすが、急に吹きすさんだ風に明は体勢を崩した。

 その後も事象の中心点は大きくなっており、それと連動するかのように文字もハッキリと浮き上がってくる。


「おいおい洒落にならないぞ、これ……ヤバいって」


 逃げようと再び体勢を整えようとした時、文字を帯びた黒い塊が一気に膨れ上がった。

 まるで、空中に出来上がった落とし穴だ。

 ガタガタと震える周りのモノと、巻き上がりそうになる布団。明はその中で必死に耐えた。

 ただ、黒い塊は吸い込もうとしているのではなく、何かを吐きだそうとしている感じがする。

 その証拠に、風の発生源は目の前にある塊からだ。


 吹き付ける風はピークに達し、そこから徐々に弱まっていった。そして、不定期ではあるが風が止む時ができ始めた。


「いまだ!」


 一瞬だけ落ち着いた僅かなタイミングを見計らい、明はベッドから飛びのこうとした。


 しかし――。


 ズン!


「うぐ――ハッァ……」


 肺ではなく、腹にある空気を全て吐き出されるような重い一撃。鉄球をドスンと落とされた感覚だ。

 それを押しのけベッドの下へと転がり落ちる。


「うぅ……」


 息を吸い込もうにも何かに遮られ横隔膜の機能が疎外される。

 なんとか力いっぱい呼吸し、湧き上がってくる出してはいけないものを引っ込めた。

 涙が一滴零れ落ち、濡れた目元を袖で拭う。


「う、っく……はぁはぁ……」


 耐えた明は呼吸を荒げて腹の上に落ちてきた何かをみようと、這いつくばる様に明かりをつける。

 そして、明らかになったモノを見て驚愕した。


「お、女? いや、男……か?」


 中性的な顔立ちの人物が横になっている。服装もただの服ではなく、軽装備の甲冑のようなものを纏っている。

 藍色の胸部甲冑に、澄んだ青い宝石がはめられた肘まである金属製のガントレット。スラッとした足は黒の革で守られ、脛から下は腕と同様金属製のブーツで守られていた。

 明は天井を見上げた。先程あった黒い穴はすでにふさがっており、吹き付けていた風も、雷のような筋も綺麗さっぱりなくなっていた。

 僅かにパリパリという音がする。


「夢でも見てんのか? 俺……」


 唾を飲み込んだ明はベッドに横になっている人物に近付いた。蛍光灯の明かりに照らされ、金色の髪がキラリと輝いている。絹のように滑らかだ。見とれていた明は頭を振り、露わになっている相手の肩を揺さぶった。


「あ、あの……もしもし?」

「う、ううん……」


 どこか聞き覚えのある感じの声だ。

 ゆっくりと目を開ける声の主。少し威圧的な印象を受けるが、綺麗な青い瞳をしていた。普通の人間に見える。ただ、全身からにじみ出る高圧的な気配が気になる。

 相手の気配に戸惑いながらも生きていることに明は安堵する。


「もしもし?」


 今一度肩を揺さぶった。しかし――。


「ぶ、無礼者!」


 金属で覆われた張り手をくらい、明は右方向へ吹っ飛ばされた。


「い、いてえ! 夢じゃないのか。っていうか、いきなりなにするんだよ!」

「それはこっちの台詞! 誰が触っていいと許しを与えた!」


 目くじらを立てる明に、相手も噛みつくように言い返してきた。

 その言葉に、若干寝ぼけ気味だった明の脳みそも一気に回転を始めた。


「いきなり殴っておいて高飛車な事を……。突然人の腹の上に落ちて挙句の果てに。新手の泥棒か何かか? 変な現れ方してきて、何なんだよ!」


 頭に上った血が沸騰する。

 普通ではありえない方法での登場の相手だが、明はそんなことも忘れて唾を飛ばした。

 対する相手だが、容赦なくマシンガンのように言葉を浴びせる明に眉を吊り上げていっている。


「私が泥棒ですって? 魔族王の娘たる私を泥棒扱いとはいい度胸ね! 今すぐミンチにしてやろうかしら!」

「何が魔族王の娘だよ! 痛すぎ! コスプレとごっこ遊びは、相応の場所と時期でやってくれませんかね! ここは会場じゃないんだよ! ……ん?」


 明は言葉を飲み込み、目を細めて相手を上から下へと見つめる。


「なによ?」

「娘って、女? それに、魔王の、え?」


 無言の鉄拳制裁。

 明は正面からの正拳突きを首を傾け紙一重で避ける。その拳圧で髪の毛が僅かに揺れた。


「あ、あぶねぇ! 何すんだよ!」

「うるさい、無礼者! 私は女よ! 殴り飛ばされたいの?」

「性別を間違えたのは謝るって。全力パンチするほどのことかよ?」


 相手が男なら殴り返してやろうと握り拳を作ったが理性で押さえつけて質問した。

 そして、少しクールダウンした脳で頭の中で会話を巻き戻し始めた。


(こいつ、魔王の娘って……。あの穴から出てきたって……どういうことだ? 本物か?)


 明はベッドの真上にある空間を見つめる。

 何事もなかったかのように、天井付近の空間は静寂を保っている。


「とりあえず、あんた何者なんだよ?」

「名乗れってこと? 断るわ」


 少女の回答に、明は眉をひそめた。視線を彼女へと戻し反応を窺う。


「あんた、人間でしょう?」


 警戒心むき出しの少女。まるで藪の中にいる毒蛇を探すような視線だ。対する明は「何言ってんだコイツ?」と言わんばかりに眉をひそめた。


「当たり前だろう? 俺が人間じゃないなら何に見えるんだよ? 人間に見えないって言うなら一度眼科に行った方が良いな」


 さっき殴られたお返しとばかりに嫌味を言い放つ。


「ガンカ? 何よそれ? それに私ならもう名乗ったでしょう?」

「はぁ?」


 かみ合わない返答に、明は表情を歪めた。そんな彼の反応を目の当たりにし、少女もまた同様の表情をみせた。

 しばらく無言の時間が続いた。静まり返ったその場には、電子時計が時を刻む音だけが聞こえる。

 そんな中、明は少女が発した言葉のログを可能な限りさかのぼった。

 しかし、どう考えても名乗った台詞はない。


「名乗ってないじゃないか!」

「はぁ? 魔族王の娘って言ったでしょう?」


 間髪入れずに返答をする彼女に、明は舌を打って額を押さえた。


「あんたの名前って、“魔族王の娘”って言うのか? それが本当なら、凄いDQN(どきゅん)ネームだな。近年まれに見る凄さだ」


 引き笑いを浮かべる明。その返しに、少女は目を点にした。


「本気で言っているの?」

「その言葉、そっくりそのまま返してやる。変な穴から落ちてきたのか、それとも何かのトリックなのか?」


 睨みあう二人。

 しばらく意固地になっていた両者だが、少女の方が表情を和らげ始めた。腕を組み、彼女は「ねぇ」と明に問いかけ、再び長考に入った。


「な、なんだよ……」


 難しい顔をする少女に明は顎を引いて窺う。


「ここ、エルネスタじゃないの?」

「は? える……何?」


 ようやく言葉を発した少女。

 困惑の表情を浮かべる明に、彼女は人差し指を自身の唇へ当てた。


「ここは日本で、俺の家だ。変な穴ができたと思うとあんたが降ってきて、俺の腹に落ちてきた。いい加減はっきりと答えてくれ! 何なんだよ?」


 腹部に一撃と顔面に一発。あと一未遂。

 おまけに、睡眠妨害とかみ合わない会話から、再び明にフツフツと怒りが込み上げてきた。

 そんな唾を飛ばす明とは対照的に、少女は口角を僅かにあげていた。そして、その反応に明は目を細める。


「何笑ってるんだよ?」

「なるほど、ここは異世界というわけね。よくよく意識を大気に向けてみると、感じが違うわね」


 少女は明へと視線を戻して立ち上がった。

 ガシャンと金属音が鳴り、その指先が明へと向けられる。


「仕方がないから名前くらいは教えてあげるわ。その前に、あんたの名前を教えなさい。人に名を尋ねるときは自分から。あんた、私の名前知りたいんでしょう?」


 いきなりの図々しい態度に、明は怒りを通り越してポカンと口を開けたまま少女を眺めた。

 しかし、それも束の間。


「バカじゃないんですかね?」


 息を余計に吐きながら言い放つ。


「ここは俺の部屋で、優先されるべきは俺だろう! あんたから名乗れよ!」


 明の言葉に、少女は「むぅ」とへの字に口を曲げた。

 少々納得のいかない感じがうかがえたが、咳払いを一回してからゆっくりと口を開き始める。


「私はネフィエ。エルネスタの現・魔族王が娘、ネフィエ・サタナイト・アミュエルド。この私直々に名乗ってあげたのを光栄に思いなさい。人間」


 胸を張るネフィエに対し、明は頭を深くたらした。


(マジで言ってんのか? 本当に異世界人? 夢じゃないよな? さっき殴られて痛かったし……)


挿絵(By みてみん)

※初投稿ですので何かありましたらご指摘いただけると幸いです。週2、3回のペースで更新していこうと思っています。よろしくお願いします。

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