9:修業とは……
ヘイレム兄さんの言うことには、どうしてもやはり母親と妹を狙った凶行は許せなかったらしい。
聖都と呼ばれるその土地はその名前にそぐわない、権力者たちの争いの場でもあるのだという。
そもそも聖都なんて呼ばれるようになったのは、異種族婚に対する牽制としての多額の寄付金をどこかが独り占めしないようにするために、一か所に教会の本部が集められて表面上宗教争いなんてないですよーとにこにこしているそうだ。
でも当然そこには、“人間族”の繁殖力と、各国の事情、政略結婚、その他諸々。
一番陰謀が渦巻きやすい、金の巡りの良い土地でもある。
その上、その土地が選ばれた理由が遺跡があるから、だ。
攻略者そのものはいないらしいが、多くの冒険者が挑むそこは内部から敵が出てくることもないし、適度に出土品もあってもともと町として栄えていたところな上、各国の中心にある小さな国だったそうで。
とにかく現在の聖都は表面上美しい白亜の都で、暮らしていくにはちょっとだけ息苦しいところらしい。
それで、兄さんはその都で冒険者学校に通いながら冒険者を当然していたわけで。
知り合った貴族の子供と共に冒険してそれなりに名を馳せて、その友人になった貴族のツテを後ろ盾に色々探りもしたらしい。
らしいらしいとそんな曖昧な表現なのは、兄さんが少し感情的にまだ割り切れないことが多すぎるということと、私への配慮というやつなんだろう。
つまり、友人だと思っていたその貴族の青年の一族の誰かが母と私を狙ったという事実に行きついた、ということ。
兄さんの口ぶりからわかったのは、とりあえずその友人とその妹は関連していないこと。
その友人は当主筋で、当主はそういったことを好まない人物であること。
だが近しい血筋に心当たりがあるのか、詳しいことを教えてくれるどころか諌められてしまって、一度家族の元へ戻り頭を冷やせと言われて今ここに戻ったのだということ。
5年、というのは遺跡に周期というものがあって、希少な出土品が出やすくなるから兄さんもその探索に駆り出されるのだという。
断ればいいようなものだけど、その貴族には色々便宜を図ってもらったこともあるので恩義もあるし、友人のことも気がかりだという。
少し困ったように、泣きそうなように、悔しそうに。
複雑に笑ったヘイレム兄さんは、もう子供じゃなくて大人の男の顔をしているのに、小さな子供みたいだった。
◇◇◆
ということがあって翌日から、兄さんが“師”で、おじいちゃんが“先生”になった。
父さんが私の装備を用意してくれた。
「ドムがいつかお前の為の専用装備を作ってくれるから今はこれで我慢な」なんて笑っているけど、私は父さんからもらえた皮鎧で十分嬉しい。
「さてイリス、我々獣人や人族と魔獣の違いはなにかわかるかね?」
「……言葉を喋る?」
「惜しい。魔獣にも位があり、知能が高いと言葉も使える。魔獣が魔獣たる所以は、その破壊衝動の強さと言われているのだよ」
「破壊衝動?」
がさがさと葉をかき分けて密林に入り、私たちは獲物を探す。
勿論倒すためだ。
おじいちゃんは私を魔法使いにするつもりはないと言った。
魔法だけでは切り抜けられないこともあるし、魔法に偏れば自分が魔法力を有する人間ですよと宣伝するようなものだということだ。
それには私も賛成なので、今私が持っているのは初心者用のボウガンだ。
棒系で殴るとか剣で斬りつけるとかは腕力的に現在無理。
和子は片手剣を使っていたけど、あれはあれで結構重かった。
魔法がいくら無詠唱で使えるのだとしても、疲労がひどくなると重いものなんか持ってるとほんと集中しづらかった。
今背負っているボウガンは、狩人の見習いが持つ軽量型の威力も弱いものだ。
地の利、生態、そう言ったことをおじいちゃんは語りながら私たちの後ろをついて歩く。
先頭はヘイレム兄さんだ。
「オークという魔獣がいる。やつらは豚のような体躯と顔をしているが、獣人ではない。だがハイ・オークはれっきとした魔人族の国で市民権を得た一族だ。オークは食欲と殺戮を好むが、ハイ・オーク族は大変大らかで歓待好き、特に美食家が多いということでも有名であるよ。それにハイ・オークは友好的であるが肉体的に強靭で魔人国においては王立軍の一角を担うほどであるな」
「へえー」
「ちなみに吾輩たち翼人がなぜ獣人族において最も人間に似た姿に進化したと思うかね?」
「……その方が便利だったから?」
「まあ合格点であるな。」
実はそこは私にとっても疑問だった。
隣の虎人族の女の人は、指先まで虎だ。5本指じゃない、4本指でびっしり美しい虎模様の毛皮で覆われている。
ところが翼人はロットルさんや小間物屋さんの雀っぽいおじさんも、私が見た中では皆人間の様な体躯に背中に翼。
よくある獣人として考えたら翼が手になっているイメージだったんだけど、何か理由がやっぱりあるんだろう。
「翼人は卵生であることを止めた。それと獣人族には珍しく魔力を有する者が多い。ただしこれは固有魔法なのであって子子孫孫というわけにはいかぬがね。リリファラには吾輩特有の魔法は使えなかった」
魔力を有している翼人は、羽ばたく翼を腕にしては身を守り切れないと人間の様な体躯に翼を得たのだという。
その体躯ゆえに卵生を捨てざるを得ず、背の翼は未発達にもなりやすい。
それでも狩られる者にならないための進化なのだとおじいちゃんは言い切った。
「イリスはよくじいちゃんの話を理解できるなあ。俺がお前くらいの時には、ちんぷんかんぷんだった」
「おじいちゃんはわかりやすく説明してくれてるよ!」
「ああ、それは俺にもわかってる。……今だから、わかる」
「おっと二人とも、足を止めてそこの草地をよく見るのであるよ。よく似ているがそこの足元に生えている草は薬草と毒草で、取り間違えるととんでもないことに――」
私の修行。
それは実地研修である。
そして二人から聞くこの大森林の話題と、外の話題に否が応でも興味がわく。
天使族、妖精族、魔人族、獣人族、人間族。
その中にもたくさんの種族がいて、たくさんの神さまがいて、冒険者たちが世界をめぐり、遺跡を探し当てる。
遺跡からは時折魔物が溢れ出ることもあるから国はある程度の階層まで到達した冒険者には報奨金を与えるだとか、時には貴族に取り上げられることもあるのだとか。
あちらの世界と似たようなシステムで、でもやっぱり違う世界。
何度も違う世界で新しい人生と自覚しているのに、また自覚するのだった。
◆◇
日中は兄さんとおじいちゃんと狩場よりもさらに危険な未開部分の密林を歩き、薬草と毒草、バスクェッツェリの大森林の歴史、開拓の歴史、獣人とはという多岐に渡る講義をBGMに様々な手ほどきを受ける。
家に帰れば家の手伝いをし、狩りで得てきた素材や食材を家族に渡す。
そして自分でできる鍛錬をこなし、時々アイテム生成も最近始めてみた。
そこで気が付いたんだけども、私のインベントリがおかしい。
前世で勇者をしていた時は、異世界から来た人がみんな持ってたインベントリシステム。
正直どういう理屈かはわからないけれど、まあ要するに異次元にある持ち物袋的な? なにかだ。
それはA級だろうがC級だろうが内容量に変化はなかった。
同じアイテムなら無尽蔵に、種類別であれば30種類。重量は関係なし。装備だろうが生ものだろうがなんでもござれ。
そんなものだった。
まあゲームと同じだよななんてその時は思ったものだったけど、今使っているだけでなんて便利な機能だろうと実感せざるを得ない。
何故なら――前は容量らしい数字が宙に見えた(これは個人にしか見えないらしい)。
0/30とかそんな感じにね。ところが今の表示は∞だ。おかしくない? 無限大だよ?
更にわかったことは、インベントリに入れた食物は腐らない。
それこそどういう理屈かは本当にわからないがインベントリ内は時間経過がないらしい。
どうしてわかったかというとイゴールにいに貰ったお弁当だ。
食べきれなかったが捨てるのに忍びなく、こっそりとヘイレム兄さんたちに隠れてインベントリに入れた。
するとどうだろう。
サンドイッチだったから、ぱさぱさになってしまっただろうかと家に帰ってこっそり齧ると昼に食べた時そのままだった。美味しかった。
だから氷を作って入れてみた。
溶けなかった。
これってすごくない?
とはいえ、このインベントリを持ってる人間なんて見たこともないので安易に使うのは危険だ。
で、似たようなアイテムを見つけた。マジックバッグだ。そのままじゃないか。
これは材料と魔力があれば作れるということは、おばあちゃんの蔵書で見かけた。
というわけで、最近はマジックバッグが作れないかなとアイテム生成に勤しんでいる。
マジックバッグが作れれば、マジックバッグに入れたかのように見せてインベントリへ、なんてことだってきっと可能だ。
とりあえず、10個入るマジックバッグは成功した。名称はマジックバッグ(小)だ。
小さなポーチサイズなので、これに大きさに関わらず10個物が入ると思えばそれはそれですごい性能だ。
ちなみに試したのはカイトシールド10個。工房のすみっこでこっそり試した。
でもできればもう少し大きめのものが作りたいので、ワイルドボアの皮をなめしたものを少し分けてもらって作っている。
いずれはこの習作であるマジックバッグ(小)はどこかに売るかなにかしたほうがいいんだろう。
でもちょっとまだ形が悪いからお金取るのもなあ。
兄弟に渡したら喜んでくれるだろうけど、不格好すぎて……前世でも家庭科苦手だったんだよね……。
いいや! これも修行だ!!
なんのかって?
いやそれはよくわかんないけど。